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世界史のまとめ×SDGs 目標⑯平和と公正をすべての人に(下):1979年~現在

 SDGsとは「世界のあらゆる人々のかかえる問題を解するために、国連で採択された目標」のことです。
 言い換えれば「2019年になっても、人類が解決することができていない問題」を、2030年までにどの程度まで解決するべきか定めた目標です。
 17の目標の詳細はこちら。
 SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)が、「発展途上国」の課題解決に重点を置いていたのに対し、SDGsでは「先進国を含めた世界中の国々」をターゲットに据えています。
 一見「発展途上国」の問題にみえても、世界のあらゆる問題は複雑に絡み合っているからです。
 しかも、「経済」の発展ばかりを重視しても、「環境」や「社会」にとって良い結果をもたらすとはいえません。
 「世界史のまとめ×SDGs」では、われわれ人間がこれまでにこの課題にどう直面し、どのように対処してきたのか、SDGsの目標と関連づけながら振り返っていこうと思います。

平和と公正をすべての人に(上)」に引き続き、今回は残りのターゲットについて、1979年~現在の世界の状況を眺めながら確認していきましょう。

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ターゲット16.5 あらゆる形態の汚職や贈賄を大幅に減少させる。

指標16.5.1 過去12か月間に公務員に賄賂を支払った又は公務員より賄賂を要求されたことが少なくとも1回はあった人の割合
指標16.5.2 過去12か月間に公務員に賄賂を支払った又は公務員より賄賂を要求されたことが少なくとも1回はあった企業の割合

そんなに公務員と「賄賂」(わいろ)って関係するものなんですか??

―これも日本ではピンと来ないことかもしれないけれど、人間というのは権力のイスに座ったとたん、自分に都合よくそのパワーを振りかざしてしまいがちなもの。
 国の仕事内容に対するチェックが甘いと、公務員が特定の企業と癒着(ゆちゃく)するのはよくある話。

 発展途上国に対して提供される援助も、受け取った人が「自分のもの」にしてしまって、ほんとうに援助するべき相手に届かないというケースも問題だ。


ちゃんと公務員の働きをチェックすることが必要ってことですね。じゃあ汚職に手を染めた政治家への罰を厳しくすればいいじゃないですか。

―まあそうなんだけど。
 でも、「汚職をしているだろ!」と相手を追及し、政治の舞台から引きずり下ろし、それで新たに政治の表舞台に就いた人が汚職に手を染めるっていう悪循環も、またよくある話だ。


ケニアでは、1978年以降キクユ人で“独立の父”〈ケニヤッタ〉(1893~1978)の長期政権が続いた。
 彼が亡くなると,第二代大統領に副大統領〈モイ〉(1924~)が昇格。彼は野党に対する圧力を強め、キクユ人を排除して自らの出身であるカレンジン人を優遇し、アメリカ合衆国を初めとする西側諸国と軍部に接近した。1982年以降、ケニア=アフリカ民族同盟(KANU)による一党国家の体制となっていたところ、1992年には複数政党制選挙が復活されました。しかし野党が分裂したため、〈モイ〉はこの選挙と1997年の選挙で再選。
 2002年にはKANUから離脱したグループと野党が結集(注:ナショナル=レインボー=コアリション,NARC)して、〈キバキ〉(任2002~)が第三代大統領に当選し、政府の腐敗を一掃する政策を実施した。しかし、2007年の大統領選挙では〈キバキ〉の再選に不正があったとする野党の主張が暴動に発展し、野党オレンジ民主運動(ODM)率いるルオ人の〈オディンガ〉派との抗争に発展しました(ケニア危機,2007年選挙後暴力)。この中で、初代大統領〈ケニヤッタ〉の出自であるキクユ人をねらう農村部の焼き討ちや、キクユ人青年組織を名乗る団体による非キクユ人に対する報復も首都ナイロビや一部の地域で発生した。


▼同じくアフリカのタンザニアでは2015年に就任した大統領(注:マグフリ大統領)が、大規模な汚職撲滅をすすめている。タンザニアは独立後一貫して同じ政党が与党を占め続けている状況だ。


▼この時期に人種隔離政策(注:アパルトヘイト)を廃止し、アフリカ初のワールドカップを成功させた南アフリカも汚職とは無縁じゃない。アフリカ民族会議の〈ムベキ〉大統領(任1999~2008)は、2008年には汚職疑惑を受けると副大統領の〈ズマ〉(2009~2018)が大統領に就任。しかし〈ズマ〉も2018年には汚職疑惑で起訴され辞任し、〈マンデラ〉に後継ぎと目されていた実業家〈ラマポーザ〉があとを継いだ。今月8日に行われた選挙でも政権の座は守られている。

 花田吉隆氏は次のように指摘する。

南アフリカでもアパルトヘイトが廃止され、新生南アフリカとして再出発した時、似たような状況が生まれた。というのも、南アフリカには白人が築いた一大産業構造があったからである。通常、アフリカ諸国は、こういう白人層の富裕資産を新政府が接収する。それが脱植民地化なのである。しかし、南アフリカはそれをせず、白人資産はそのままとし、白人と黒人が共生する道を選んだ。マンデラ大統領が目指したレインボー・ネーションである。

 しかし、片や、食うや食わずの黒人層がひしめき、他方で裕福に生活する白人層がいる。これでは社会は成り立たない。そこで南アフリカ政府がしたのが、黒人優遇政策いわゆるアファーマティブ・アクションである。民間企業は、黒人を一定割合、幹部に登用しなければならず、また、一定割合の株を提供しなければならない等である。これにより実質的に白人資産を黒人に移転した。

 ところが、どこでも、こういう時の資産移転を公平に行うことは難しい。結局、南アフリカに出現したのは、巨大な資産を抱える新たな黒人成金層だった。そして、この成金が生まれる過程で数々の汚職が蔓延したのである。


汚職がはびこるのにも、複雑な背景があるんですね。

―政府のエライ人が、麻薬の闇ビジネスとつながっていて、”副業”として収入を得ていたりっていうこともあるしね。貧困エリアにとってはその麻薬が収入源だったりするわけだけど、そういうエリアには麻薬カルテルの元締めが強い影響を及ぼす形になって、結果的に国内は分断。
 この時期はじめの南アメリカには、「アメリカ合衆国のいうことを「ワン!」としっかり聞く従順な政府が多く、アメリカ合衆国からの潤沢なマネーによって一部の富裕層が潤い、国内の貧困層は放置プレイ。それに対抗した反政府グループ(注:FARC)も、国内の貧困エリアでアメリカ合衆国向けのコカインを栽培するという、どうしようもない状況に陥ってしまっていたのがコロンビアだ。
 この時期の終わりごろには、そういったアメリカ合衆国の姿勢に批判的な政権が次々に誕生(注:そのうちの一つが、現在危機的な状況にあるベネズエラ)。

 コロンビアでも反政府グループと政権側が仲直りし、内戦(注:コロンビア内戦)がストップした。


お、一件落着ですね!

ーと思いきや、雲行きは怪しい。新たに大統領に就任した大統領が、今年に入ってFARCとの停戦を「なかったこと」にしようとしているんだ。

どうしてですか?

―反政府グループが戦闘をやめたのはいいんだけれど、その地域はながらく国による安定したコントロールがなされていなかったエリア。今なお麻薬ビジネスにからむグループが暗躍し、「平和」な状況とは言えないんだ。


麻薬を売ればもうかるわけですから、その利権を手放すのは惜しいというわけですか。

―政治権力が交替すると、こういう利権の扱いが厄介だよね。

 権力を持っている人なら「お前のやっていたことは”汚職”だ」と言ってしまえば、カンタンに利権を奪い取ることもできる。

 で、汚職撲滅が実行に移されると、撲滅される側の人権が危うくなる。

 たとえば、サウジアラビアが良い例だ。

 サウジアラビアは、アラブ人の国ながら、中東の国々よりもイギリスとかアメリカとの関係を重視してきた国だ。豊富に産出される石油のお得意様だからね。
 政治家たちのほとんどは国王の一族によって占められていて、内情はベールに包まれている点も多い。
 そんな中、2015年に即位した国王(注:サルマン)(任2015~)は、2016年に脱石油の経済改革を推進する「サウジビジョン2030」を発表。それと並行して「汚職撲滅」を口実に、自身と皇太子(注:ムハンマド皇太子(1985~))への権力を集中させている。


何か裏があるんでしょうか。 

―体制に反対する報道への弾圧も強まっており、2018年10月には,トルコのサウジアラビア領事館内に訪れた後、反体制的なジャーナリスト(注:ジャマル=アフマド=カショギ(1958~2018))が行方不明となったときには大騒ぎになったよね。おそらくトルコ側は大使館内で殺害されたとみられている。

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ターゲット16.6 あらゆるレベルにおいて、有効で説明責任のある透明性の高い公共機関を発展させる。

指標16.6.1 当初承認された予算に占める第一次政府支出(部門別、(予算別又は類似の分類別))

ジャーナリストを殺害するなんて、ひどい…。

―真相は闇に包まれている部分も多いけど、サウジアラビアは決して報道の自由度は高くない。
 都合の悪い情報をシャットアウトすれば、当然政府は腐敗する。

 当初決められた予算通りに税金を使わなくなれば、国民に対するサービスも手薄になってしまう。

指標16.6.2 最近公的サービスを使用し満足した人の割合

そんな状態で満足のいくサービスが受けられるとはいえませんね。


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ターゲット16.7 あらゆるレベルにおいて、対応的、包摂的、参加型及び代表的な意思決定を確保する。

指標16.7.1 国全体と比較して、公的機関(国及び地方議会、行政事務、司法)におけるポジション(性別、年齢別、障害者別、人口グループ別)の割合

―サービスが手薄になれば、手が抜かれるのはいつでも「少数派」の人たちだ。
 田舎や少数民族、特定の性別に対して不公平な政策は、しばしば「少数の支配者」が政治を独占しているときに起きやすい。

 今年に入ってさらに悪化の一途をたどっているベネズエラの政治危機の背景にも石油がある。


ベネズエラの政治危機?

―政府(注:マドゥロ)は反対派を厳しく押さえ込む姿勢を続けてきたけど、それに対して野党側は「もうひとりの大統領」(注:グアイド)を支持し、それぞれ石油の利権がからむ大国を後ろ盾に深刻な危機に発展している。

ベネズエラといえば、先ほどのコロンビアの隣国ですか。

―そう。ベネズエラとコロンビアはこの時期にしばしば国境紛争を起こしてきた。
 反米政策を鮮明にしたベネズエラの政権(注:チャベス政権)と、アメリカに接近していたコロンビア(注:ウリベ政権)との仲はまさに”犬猿の仲”。ベネズエラの政治が危機的な状況になると、コロンビアとの国境付近には大量の難民が押し寄せ、多くの人たちが今も危うい状態に立たされているんだ(注:ベネズエラ難民)。


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指標16.7.2 意思決定が包括的かつ反映されるものであると考えている人の割合(性別、年齢、障害者、人口グループ別)

みんなが暮らしやすい社会になればいいのに。

―ね。でも日本にあっても、そんな社会の前提が崩れつつある。
 最近、街に外国人の人が増えたと思わない?


最近かどうかはわかりませんが、街に見慣れないかっこうをした人が歩いているのはよく見ます。

―この数年、さまざまな形で国が規制をゆるめた結果、日本に住んでいる外国人の人口が増えているんだよ。
 増えているのは、旅行客だけでなく、日本で特定の技術を学びに来ている人(注:外国人技能実習制)や留学生だ(注:留学生30万人計画)。

勉強しに来ているならいいんじゃないですか?

―本当に「勉強できている」ならね。
 しかし、コンビニのバイトに明け暮れたり、本来の目的から逸れた”単純労働”(実際には”単純”ではない)に従事している人もいるのが実態だ。

 なかには法律で規制された時間を超えて働かせている雇用主もいることがわかっているよ。


そんなことが起きているんですか。

―移住した先の社会にうまく溶け込むことができない人たちが、孤独感をつのらせ、移住した社会全体への「憎しみ」を暴力という形で表現してしまうケースは、日本以外で移民を受け入れた国でよくあるケースだ。

 また、移住を受け入れた側にも、国内の問題を移住してきた人々のせいにする主張も増幅しがち。

特定の人に対して「憎しみ」をぶつけても、どうしようもない気がしますが…。

―この時期の後半にアメリカで同時多発テロが起きると、それまでは大きな「外国人移民批判」のなかったヨーロッパでも、混乱の元凶は「イスラーム教」や「外国文化」だとする主張が強まっていった。

 イスラーム教を批判していたオランダの映画監督(注:テオ・ファン・ゴッホ)が暗殺され、イスラーム教の預言者(注:ムハンマド)を批判した風刺画がヨーロッパで問題となる。

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ターゲット16.8 グローバル・ガバナンス機関への開発途上国の参加を拡大・強化する。

指標16.8.1 国際機関における開発途上国のメンバー数及び投票権の割合

―異なる文化を持つ人に対する対立が深まる背景にあるのは、国境を超える人の移動の急増だ(これについては後で見よう)。

 だからこそ、移住する人たちに対して、各国で適切な処遇がなされているか、ケアがなされているか、国際的にチェックし合うことがますます求められている(注:グローバル・ガバナンス)。

 公平にチェックするためには、国際機関に「リッチな国」だけでなく「開発途上国」の人もメンバーとして参加できるようにすることが不可欠だ。

 石油危機への対策から、石油を輸入している先進国が対策会議としてはじめたサミット(注:G7、のちロシアが加盟しG8へ、2014年にクリミア半島侵攻のためロシアが外されてG7に戻っている)も、先進国だけでなく、それ以外の国々を含む「自由な経済を世界中に広めて、みんなで発展しよう」という国際会議(注:G20)も定期的に開かれるようになった。開発途上国が新興国や先進国に物申せる機関の活動も活発だし、民間団体(注:NGO)の存在感も増している。

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ターゲット16.9 2030年までに、すべての人々に出生登録を含む法的な身分証明を提供する。

指標16.9.1 行政機関に出生登録された5歳以下の子供の数(年齢別)

移民が増えると、移住先で生まれた子どもはどうなっちゃうんでしょうか。

―このへんは、移住した人の「カテゴリー」によって扱いはさまざまだけど、国によって処遇はさまざまだ。

 そもそも出生登録がされなければ、その子どもは「いないこと」になってしまう。
 教育や福祉だって十分に受けられなくなってしまう。

指標16.10 国内法規及び国際協定に従い、情報への公共アクセスを確保し、基本的自由を保障する。

―これまで、そうやってそれぞれの国で「少数派」として困っている人の声は、「多数派」の耳にはなかなか届きにくかった。

 でも、インターネットの登場で、少数派の人の声にも少しは注目が集まるようになっている。

 でも国によっては「インターネットに自由な意見が書き込まれるのは危険だ。チェック(検閲)する!」として、ネット上の情報をコントロールしたり、都合の悪い情報が流れているときにはシャットアウトしてしまうようなこともあるんだよ。


都合の悪い情報が流れなくなったら、本当のことがわからなくなるじゃないですか。

―ネットをシャットアウトしたからといって、その意見が「なくなる」わけじゃないのにね。

指標16.10.1 過去12か月間に殺人、誘拐、強制された失踪、任意による勾留、ジャーナリスト、メディア関係者、労働組合及び人権活動家の拷問について立証された事例の数

―がんばって「本当の声」を伝えようとした人に危害が加わる例は、この時期にもたくさん起きている。

 ミャンマーでは、政府に対する批判のデモを取材した日本人記者(注:長井健司)が政府軍に撃たれて亡くなった。

 また、各国政府の不正を内部告発するしくみ(注:ウィキリークス)を公開した人物(注:アサンジ)は、それとは直接関係ない罪で告訴され、自由を大幅に制限されている。

指標16.10.2 情報への公共アクセスを保障した憲法、法令、政策の実施を採択している国の数


本当の情報を得たいという人々の願いとは裏腹な事件ばかりですね。

―政府は「都合の悪い情報を隠しがち」だというのは、歴史を見れば明らかなのにね。
 隠したことで多くの人の生活に悪影響を及ぼすことだってある。

 たとえば、1986年に起きたウクライナのチェルノブイリ原子力発電所の爆発事故では、当初ソ連の政府はこの事実を国民に隠した。
 その間に被害が拡大し、救えた命も救えなかった。
 この事故によって一層情報公開(注:グラスノスチ)が進展していくことになるけど、これがソ連崩壊への序曲ともなった。

***

ターゲット16.a 特に開発途上国において、暴力の防止とテロリズム・犯罪の撲滅に関するあらゆるレベルでの能力構築のため、国際協力などを通じて関連国家機関を強化する。

Photo by Pawel Janiak on Unsplash

指標16.a.1 パリ原則に準拠した独立した国立人権機関の存在の有無

この時期は「テロ」が世界中に広がる時代でもありますね。

―そうだね。この時期の後半、21世紀の初めの年に世界に衝撃を与えたアメリカ合衆国におけるテロは、その象徴的な出発点だった。

 当時のアメリカ大統領(注:ブッシュ)は、就任以来「自分の国さえ良ければいいという政策」(注:ユニラテラリズム)を連発し、アメリカは「ひとり勝ち」を謳歌しているようにみえた。

たとえば?

―地球温暖化の防止に向けた国際的取り決めである京都議定書から離脱し(2001年3月)、7月にはCTBT(包括的核実験禁止条約)からの離脱を宣言。
 国際的な批判を受けていた中、2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービル(ワールドトレードセンター)と首都ワシントンD.C.近くにある国防総省(ペンタゴン)のビル(ヴァージニア州)に、ジェット旅客機が乗客を乗せたまま突っ込み、多数の死傷者を出した(注:アメリカ同時多発テロ事件) 。


 暴力の連鎖はそこから始まった。

 テロ組織は「国」ではない。
 だから、これまでの戦争が「国」対「国」であったのとは事情が違う。

 「国」対「テロ組織」というまったく新しい対立構造だ。

 それでもアメリカの大統領が狙いをさだめたのは「」だった。

 「テロの首謀犯とされる男(注:ビン=ラーディン)を指導者とする暴力的な組織(注:アルカーイダ)をかくまっているのは、アメリカに敵対的なアフガニスタンの政府だ。彼をかくまっているアフガニスタンを、アメリカを守るために攻撃する!」
 こうして、2001年10月7日にアメリカやイギリスを中心とする多国籍軍が、アフガニスタンとの戦争を開始した(アメリカ合衆国のアフガニスタン侵攻)。


どうなったんですか?

―11月にアフガニスタンの政権は崩壊した。
 でも首謀者は見つからなかった。

 その後アフガニスタンはアメリカ寄りの政権につくりかえられていき、その後は「テロ支援国家」と指定したイラクの政権も戦争で崩壊させていく(注:イラク戦争)。
 それでも根本的な解決にはいたらなかった。

 テロはアメリカだけでなく、イギリススペインフランスなど、世界各地に広がっていったからだ。


あらら…。

―これを受けアメリカでは、「国内にも敵がいる可能性がある。情報を収集する必要がある」として、米国愛国者法が制定され、テロ行為に関係があると疑われる人物に対する政府による情報収集が認められた。
 しかし、政府による情報収集に不適切な行為があることをアメリカ国家安全保障局 (NSA)とアメリカ中央情報局(CIA)の元局員スノーデン(1983~)が暴露して、大きな話題になった。
 彼は2013年以降はロシアに一時的に亡命。アメリカ側は引き渡しを求めているけどロシアは応じず、対立が続いている。


なんだか終わりのない争いに引きずり込まれているような感じですね…。


***

ターゲット16.b 持続可能な開発のための非差別的な法規及び政策を推進し、実施する。

指標16.b.1 過去12か月に個人的に国際人権法の下に禁止されている差別又は嫌がらせを感じたと報告した人口の割合

―「不平等」をなくすには、その大元になっている法や政策そのものを変えることが不可欠だ。


差別を認めるルールなんて全部なくしてしまえばいいのに。

―各国には主権」(自分の国において、どのような権力を持つ政府がどんなふうに権力を行使するかを決める権利)があるからね。国際機関が各国の状況を評価して、「その制度は不平等なんじゃないか」って指摘することもあるけど、よっぽどのことがない限り、よその国の政治に首を突っ込むのは難しい。


―21世紀に入ってからも、政府が主導して国内の特定の人々に対して差別的な扱いをする例はあとを絶たない。

 たとえば、アフリカのスーダンという国をみてみよう。

 スーダンではこの時代のはじめの1983年に、イスラーム教の世俗法であるシャリーアを全国に適用することが決まり、イスラーム教徒ではない住民(伝統的な宗教やキリスト教)の多い南部の黒人による抵抗が強まった。
 これが第二次スーダン内戦だ。


 南部の黒人系のディンカ人は、ソ連や隣国エチオピアの支援を受けたガラン大佐率いるスーダン人民解放運動(SPLM) に加わり、反政府運動を起こす。
 一方、北部の政権内部では1985年にクーデタが起き〈ヌメイリ〉が、国防大臣の〈アル=ダハブ〉により打倒され、スーダン人民共和国からスーダン共和国に国名が戻された。
 その後選挙により政権を握った首相に対し、1989年には〈バシール〉大佐が無血クーデタで政権を獲得して強権を発動し、1993年には自ら大統領に就任。
 前後して1991年には隣国エチオピアで社会主義政権が崩壊し〈メレス〉政権が成立したため、スーダン南部のSPLMは重要な支援元を失うことになった。


国内のことなのに、アメリカとかソ連とかエチオピアとか、外国が首を突っ込みすぎですね。


―スーダンの利権をめぐる争いと化してしまったんだ。
 第二次スーダン内戦は、〈バシール〉が態度を軟化させたことで、2005年に包括的な和平合意が締結。
 こうして〈バシール〉を大統領とし、SPLAの〈ガラン〉を第一副大統領とした暫定政府が成立し、事態はおさまったかのように見えた。


おお。


―でも、この成立直後に〈ガラン〉の乗ったヘリコプターが墜落し、死去。さらにこうした南北和平の裏で今度はスーダン西部のダルフール地方で、北部に多いアラブ系に対し、非アラブ系の住民(遊牧民のザガワ人や,定住民のフール人)との対立が激しくなっていく。

 〈バシール〉大統領はこのうちアラブ系を軍事支援し、アラブ系の民兵組織(「ジャンジャウィード」と呼ばれました)を組織・利用して、非アラブ系の住民の集落を焼き払ったり虐殺したりいったんだ。

ひどい…。

―こういうふうに、一つの民族を「きれいさっぱり消してしまおう」という発想のことを、民族浄化(エスニック・クレンジング)とか、ジェノサイドと言ったりする。

 当時アメリカのIT企業(注:Google)は、おなじく民族浄化の対象となった過去を持つユダヤ人の団体と共同で、紛争の被害状況を可視化する取り組み(注:ジェノサイド防止マッピング・イニシアチブ)をおこなって話題を読んだ。

効果はあったんですか?


―世界にダルフールの情報を届ける効果はあったけど、紛争の歯止めはなかなかきかなかった。
 ダルフール地方の住民は隣国のチャドにも難民として流入し、同じくザガワ人であったチャドのデビ大統領とスーダンとの関係も悪化。2006年にダルフール和平合意(DPA)が成立するも人道危機は止まらず、最終的に死者約30万人、難民・国内避難民約200万人を数える大惨事となったんだ。
 これをダルフール内戦という。


そんなことがあったなんて、知らなかったでう。

―じつは政府側をソ連・中国、反政府側をアメリカ合衆国が援助する代理戦争の構図があってね。

 日本はどちらかというと後者を応援する立場だし、そもそもアフリカに関する報道の量はとっても少ないよね。


で、どうなったんですか?

―2009年に国際刑事裁判所(ICC)が〈バシール〉大統領に逮捕状を出し、人道に対する犯罪と戦争犯罪の容疑をかけている。2013年にはスーダン政府とダルフールの反政府勢力との間に停戦が合意されたけど、紛争は完全には終わっていない。

 なお、南北関係について2005年に包括的な和平合意が締結されてから6年がたち、2011年7月に住民投票が行われ,アメリカ合衆国による支援も背景として、同年同月に南部スーダンは南スーダンとして分離独立した。

 しかし,南北の国境付近の油田地帯アビエイをめぐる対立は深刻で、独立直後の2012年に国境紛争、2013年のクーデタ未遂以降は内戦状態となり、2016年には首都ジュバでも戦闘が行われる状況にまで発展した。


資源が絡む戦争ですね。

―以前扱ったことのある「資源の呪い」というやつだね。


この時期に、国内の不平等が解決された例はないんですか?

―各地で「少数派」の人々が声を上げやすい状況が生まれつつあるのは確かだ。

 でも、ある特定の「少数派グループ」の意見がとりあげられると、「じゃあ自分たちはどうなんだ?」とか「差別を受けているのは、お前らだけじゃない」などと、細かなグループごとのギスギスも生まれやすくなっている。というか、差別が当たり前になっている社会の内側では、「差別を受けているのが誰なのか」、そもそも「見えにくい」「見つけにくい」という現状がある(注:アイデンティティ・ポリティクス)。

 この時代のオーストラリアの取り組みのについて紹介しておこう。
 18世紀以来、イギリスの植民によって成長していったオーストラリアでは、白人中心の社会が組み上げられていった。
 この時期には、ようやく先住民や白人ではない人々に対する差別的な政策(白豪主義)を転換し、1970年代以降はアジア系の移民や世界各地の難民を受け入れ、多文化主義(マルチ=カルチュラリズム)の国づくりを推進するようになったんだ。1993年は「世界先住民の年」とされ、オーストラリアでは先住民アボリジニーの権利回復が推進されるようになっているよ。
 2008年には、首相がじきじきに先住民の児童(いわゆる“盗まれた世代”)を強制収容所に送ったかつての政策(1869~1969)について謝罪する演説を公式に行っているよ。

 オーストラリアでは全住民の4人に1人以上が外国生まれ。異なる文化を受け入れる土壌がある。
 そんなオーストラリアでも、この時期の国際的な人の移動を受け、民族間の摩擦も生じるようになっている。


日本も例外ではありませんね。

―途上国の急激な成長や、グローバル経済の中心地の偏った分布などを背景として、国際的な人口の移動はますます増えている。

 たとえば、力仕事や組み立て・縫製・サービスといった仕事の担い手は、「発展途上国」から「中進国(新興国)」「先進国」に向かうことが多い。多くの先進国では国民の高齢化という問題を抱えているからなおさらだ。
 反対に、ハイレベルな知識を要する仕事(法務・コンサル・経済・バイオ/ロボット/ITなどのエンジニア)は、先進国から先進国に水平移動するほか、「中進国(新興国)」の富裕層から先進国への動きも目立つ。現状ではヨーロッパやアメリカが多くの人々を引き寄せているけれども、人々の向かう先は今後「新興国」へとシフトチェンジしていくだろう。


 日本での外国人が増え続けていることも、21世紀に入って急速に進む、この国際的な人口移動の実態を抜きにして考えることはできないんだ。


日本だけは関係ないっていうことには、ならなくなっているわけですね。 

―でも、実際に起きていることと、大多数の日本人のイメージ、それに外国人を日本に入れるための制度、それぞれのギャップは年々大きくなっている。


どういうことですか?

―勉強しに来るための制度のはずが、勉強よりも働くウエイトのほうが明らかに高くなってしまっていたり、技術習得のために来日するための制度のはずが、その目的から外れてしまったり。その背景には、人口が減少する中で「働き手」がほしい産業界の要請もある。

 下地ローレンス吉考氏は、日本の「移民」政策の重点が、日本で暮らす外国人との”多文化共生”から、働き手として在留する外国人の「管理」に移りつつあると指摘する。


外国人イコール「労働力」っていう見方になっては、いろんな問題が生まれるでしょうね。

―「労働力」じゃなくて、「人間」を受け入れているんだっていう当たり前の考えを大切にしたいね。

おなじ人間っていっても、われわれ人間は、世界中のたくさんの人たちのことを理解することなんてできるんですかね。

―これだけ「争い」ばかりに注目していると、「そんなの無理」って思っちゃうかもしれないね。
 人間の本質って何なんだろうって考えてしまう。

 まあすべての人類が「分かり合う」ことなんて、根本的にはできないだろうね。
 でも、どこかで「通じ合う」ものはあるんじゃないかな。

 先ほどみたコロンビアの反政府ゲリラ(注:FARC)。数十年にもわたって政府と戦闘を続けていたわけだけど、どうやって武装解除にこぎつけたんだと思う?


交渉ですか?

―交渉、まあそれもある。
 実はこんなアイディアで兵士の投降を促した人がいたんだ。

 クリスマスの日に、かつてゲリラがゲリラじゃなかった頃、家族と一緒に過ごしたクリスマスの思い出をつづった家族のメッセージを添えてゲリラたちに伝えるというもの。

Financial Times: The ads making Colombian guerrillas lonely this Christmasより


こんなことやられちゃあたまらないですね。

ただ幸せに暮らしたい
 そういったシンプルな思いの交わる「共通項」探しこそ、「平和と公正」の目指す先にあるものなんじゃないだろうか。

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