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歴史の扉 Vol.13 バニラの世界史 

アメリカのバニラ文化


バニラはラン科の植物から抽出された香料のこと。南米のアンデス山麓からカリブ海にかけて栽培され、古くはメキシコ湾岸のオルメカ文明で用いられていた。

特にメキシコのトトナコ族によるバニラの生産が知られ、アステカの王は彼らを服属すると、これを独占しようとした。バニラは、宗教儀礼でもちいられるチョコレートの中に混ぜて供せられた特別な香料だったのだ。チョコレートは大航海時代以前は新大陸でしか知られていなかった。では、「バニラチョコレートアイス」は、いかにして世界中で食べられるようになったのだろうか?


ヨーロッパにわたったバニラ


アステカ王国は、1521年にスペインの征服者コルテスらによって滅ぼされてしまう。ここからバニラの伝播が始まった。ヨーロッパに渡り、王侯貴族を魅了する。たとえばエリザベス女王お抱えの薬剤師ヒュー・モーガンが、バニラを女王の食事に使っていた。ルイ14世の妃マリ・アントワネットも、バニラがお気に入りだった。

バニラがアメリカ大陸に伝わるきっかけとなったのは、1784年に貿易に関する条約交渉のために渡仏した第3代大統領トマス・ジェファソンによるところが大きいという。

初期のほかの大統領の例に漏れず、奴隷を抱えていたジェファソンだが、そのなかに片方の親にアフリカ系の出自を持つジェームズ・ヘミングスという解放奴隷がいた。彼によってバニラ・アイスクリームが発明されたのだ(下記文献(未読))。このレシピはさらに第4代大統領マディソンの妻ドリー・マディソンにより広まった。

バニラの普及にともない、1819年にはフランスの植民地レユニオンで栽培が始まった。レユニオンはいまでもフランスの海外県だ。
なお、有機化学の発展にともない、1874年にはドイツで香料成分バニリンが抽出されている。


コーラの誕生

1886〜97年にかけて、バニラの需要はアイスクリームとソフトドリンク向けに高まっていった。

アイスクリームの話はまたの機会として、ここではソフトドリンクに注目しよう。

1880〜90年代といえば、あのコカコーラ(1886年)やドクターペッパー(1885年)、ペプシ(1898年)が発売された時期である。
この時期のアメリカで、アルコールではなく、「ソフトドリンク」の人気が高まったのはなぜだろう?

背景にあったのは、1790年代後半から1840年代後半にかけて続いた「第二次大覚醒運動」だ。

都市化が進み、伝統的な絆が弱くなっていった社会の変動期にあって、女性解放運動、公教育の整備を求める改革運動などの社会改革運動が、プロテスタントの宗教的な情熱をともなって進められていった。
奴隷解放運動が盛り上がったのも、この大覚醒によるところが大きい。

1820年頃のアメリカにおける洗礼(米国議会図書館より)、https://www.thecollector.com/american-second-great-awakening/


禁酒運動もそのうちの一つだ。

1833年には、全米24州中21州の代表がフィラデルフィアで合衆国禁酒同盟が組織され、1855年までに12の州や准州で禁酒法が制定された。この事態は、飲酒があまりに社会に浸透していたことの反動だ。

特にウイスキーは、西部の農民が余剰の穀物を市場にはこびだす際、交通インフラが未整備だったため、輸送コストを節約するため、蒸留酒に加工していたことから、広く出回っている(貴堂嘉之『南北戦争の時代 19世紀』岩波新書、2019年、28ページ)。なお、フランスの貴族トクヴィルはアメリカ旅行中に、アメリカでは禁酒のための結社もあると、ひとしきり感心したことを著書に記している。


ところがその後、アメリカは南北戦争(1861〜65年)の渦に陥り、60万以上の犠牲者が生み出された。じつに悲惨な内戦だった。

敗北した南部では、元軍人の間に薬物中毒やアルコール依存症が、女性の間にも精神的な疾患がひろまった。


そんな彼らに、コカ入りの特製薬用ドリンクを処方したジョン・ペンパートン(1831〜1888)も、元南部連合の軍人でモルヒネの常用者だった。戦争と薬物の蔓延は切ってもきれない関係にある。ペンパートンのレシピは好評を博したが、当初のレシピには毒性もあり、アルコールが入っていたことが、1885年に制定された禁酒の州法にひっかかってしまう。そこで、1886年にシロップのレシピを改め、友人のドラッグ・ストアでシロップを炭酸水に混ぜ、「コカ・コーラ」として販売。これが大当たりした。

当時のレシピにはバニラ・エッセンスが用いられていた。

販売権は1888年にエイサ・グリッグス・キャンドラーに売却され、各国にボトル詰めの原液を販売する手法へと発展されていく。製法は門外不出の企業秘密だが、現在のコカ・コーラにもバニラが用いられているとされる。


アメリカの禁酒文化と内戦の爪痕を通して生まれたコカ・コーラ。

大衆消費社会のシンボルともなったこのソフトドリンクを通して、バニラは20世紀以降、グローバルに消費される香料へと踊り出ることになったのである。


参考


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