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記事一覧
周山街道をゆく chapter2-7 愛宕詣
→chapter2-6 清滝(2)
僕の家業は鋳物屋である。
毎年11月8日はお火炊き祭(火の神様)の日で溶鉱炉(キュウポラ)の前で神事を行い、家内安全を祈願し、酒やお火焚き饅頭を皆に配る。
京都の火を扱う所はたいてい同様のことをする習わしがある。特に老舗料理屋は月番制で毎月愛宕神社(旧称阿多古神社)にお参りし、帰りにお札を貰って来て、会員にお配りするという。京都では旧家の家庭のガスレンジ付近
周山街道をゆく chapter2-3 錦雲渓(2)
→chapter2-3 錦雲渓(1)
その時、隊を成し年齢バラバラの男女10数人位のjoggers(ジョギングをする人)の集団と出会した。
「こんにちは」とあいさつした。
「こんにちは」と軽快なあいさつが返ってきた。
その声がこだまのように連呼して聞こえた。
その集団は彩のjogging wearrに身を包み、軽快な走りで目の前からあっという間に僕の前を通り抜けて行った。小鳥が逃げたのも彼ら
周山街道をゆく chapter2-2 錦雲渓(1)
→chapter 2-1 御経峠
神護寺に向かう旧街道の左右には人家があったが、通行人には遭わなかった。時折、車の走行音がしたので周山街道(国道162号線)が近いことがわかった。少し行くと国道に出たが、そこはもう高雄バス停前だった。御経坂峠から左右にヘアピンカーブが続くので長い距離を走ったイメージがあったが、今日は旧街道をてくてく歩いてみるとそれほどの距離を感じなかった。
約3週間ぶり(5月10
周山街道をゆく chapter1-3 西明寺・高山寺
→chapter1-2 高雄神護寺(2)
秋にはこの西明橋が真っ赤に変わる(instagram spot)
西明寺の指月橋を過ぎ、道なりに行くと周山街道に出た。歩道の無い道路を車に気をつけながら少し歩くと高山寺参道に出た。
参道の階段を上がって行くと女性3人連れとすれ違った。「こんにちは」とあいさつをしたのだが、おしゃべりに夢中でそのまま通り過ぎて行った。ここ三尾界隈を半日ほど掛けて歩いてじっ
周山街道をゆく chapter1-2 高雄神護寺(2)
chapter1-1 高雄神護寺(1)→
神護寺の楼門をくぐった。快晴の下、GWの後だからか誰も居ない。小鳥のさえずりが耳に入った。幾度と訪れている大伽藍だ。早速Instagramで超有名な金堂の階段に向かった。するとひとりのカメラマンがいた。場所を変えながら望遠レンズを青もみじと伽藍に向けての連写音が耳に入ってきた。
今回はこの映えスポットのためにここへ来た。僕はcompact camera派
OMURO 88 chapter 4
chapter 3 →
僕は四国八十八ヶ所霊場を巡礼したことがない。今は何回かに分けてバスツアーやマイカーで行く人が多い。ましてや足腰が不自由な高齢者に取ってはなおさらである。思いは馳せた。そんな四国巡礼の田園風景の道端にも同じような石仏があるに違いない。
いよいよ終盤戦だ。
修復中らしいが、奥にあるのは旧修行場だそうだ。
下の池の中に御浮堂が見えた。石橋を渡ると今までの祠とは雰囲気が全く
OMURO 88 chapter 3
chapter 2→
大きく腕を広げて深呼吸した。空気が美味い。息を吐き切った時、スカイツリーより低い成就山の頂上236mに登ったくらいで有頂天になっている自分に気づき、思わず苦笑した。(写真は2024年4月10日撮影)
さぁ 出発しよう。下りは気が楽だというイメージがあった。小道はゆっくりとジグザグに下がっている。それをスピードを出しすぎないように進んだ。
また眺めの良い場所に来た。眼下に仁
OMURO 88 chapter 2
chapter1→
道中、何人かのハイカーhikerたちに追いつかれる度に道を譲った。
「こんにちは」どちらともなく声を掛け合う。追い抜かれる時もすれ違う時も同じだ。中には無言で行ってしまう人もいるけれど、これが小道で会った時のマナーだと思っている。ほとんどのハイカーは毎日のようにエキソサイズexerciseに来ている地元の人だと思う。彼らにとって札所は通過点であり、祠の仏さまには見向きもせず、
OMURO 88 chapter 1
世界遺産御室仁和寺(御室御所)は平安時代中期(888年)宇多天皇が開創した。(以下の写真は2024年4月10日撮影)
約200年前、四国八十八カ所霊場になかなか行くことができない人のために第29世門跡、済仁法親王の発願により約2時間(1日巡礼)で八十八カ所を巡礼できるよう整備された。
OMURO88(御室八十八ヶ所霊場)はこの西門から始まる。
第1札所の場所がどこにあるのかわからなかった。結