生徒のwillが授業を、学校を変える | 東京都立第一商業高校 学校改革プロジェクト【前編】
前回の記事(こちら)に続き、「都立第一商業高校三ヶ年プロジェクト」として青春基地が公立高校に携わってきた中でのエピソードをお届けします。課題解決よりも「価値創造」へ転換するに至ったきっかけでもある本プロジェクト。プロジェクトの核となるのは、創造することの楽しみを教えてくれた学生インターンメンバーたちです。今回は2年目で関わってくれた5名のメンバーの声と共にご紹介していきます。
東京都立第一商業高校:東京都渋谷区にある公立高校。「ビジネス科」を設置し、ビジネス社会で活躍できる産業人の育成を目指す。卒業後の進路は、企業就職、大学、専門学校進学など多種多様。平成30年には創立100周年を迎えた歴史ある学校です。
プロジェクトのはじまりと背景
2017年の夏、一通のメールが。「地域や社会との連携を通じた実践的な学びを積極的に進めていきたい」という第一商業高校の先生から連絡でした。その背景には、2016年から東京都において商業教育の改革に向けた商業教育検討委員会が発足しており、具体的な取り組みを検討が模索されていたことがあります。先生の学校の課題意識や想いにふれ、協働がスタートしました。
2018年より開始したこの学校改革では、第一商業高校を舞台にPBL(Project Based Learning)を実践し、高校生自身の「やってみたい!」から生まれる学びのサポートを行います。学校における授業設計や運営にとどまらず、校内外の多種多様な関係性を巻き込み、学校での学びのあり方そのものについて一緒に考えていくことを目的としています。PBLの実践を通して高校生と共に学び、変化し続けられるような、持続可能な学校の基盤づくりを目指します。
青春基地ではこれまで、福島県や山梨県の公立高校の現場に1年間飛び込み、PBLを届ける取り組みを行ってきました。今回は3年間という長期プロジェクトへの挑戦になり、その始まりにメンバーも心をおどらせていました。
ますみ:長期的に生徒と関わることは、生徒たちの日常に溶け込んでいったり、本音を話せる関係になれたりするよさがあります。毎週生徒に会うのがとても楽しみだったんです。3年後、生徒と一緒に自分もどれだけ変われているだろうか、とわくわくしていました。
「私には無理」から始まった授業
1年目は、1年生を対象に週1回の「ビジネス基礎」の授業を実施していました。「会いたい人に会いに行く!」プロジェクトと題し、対話したり生徒自ら企画書を作ったり郊外に取材に出かけたりと、まずやってみることから学ぶ経験を積んでいきます。
いよいよ授業の始まり。先生と自分たちだけの世界だった学校に突如あらわれた私たちを前に、生徒たちは警戒している様子でした。自己紹介シートを隠したり、メンバーが話しかけても半ば無視したり。これまで受けてきた一斉授業とは異なる雰囲気に生徒たちも戸惑い、面倒臭さも感じているようでした。そのため、彼らと私たちとの間にある壁を壊していくことがまず初めの一歩でした。まずは学校のこと、趣味のこと、生徒が好きなことを話題にちょっとした雑談を積み重ねていきました。
まいまい:雑談の中で「大学進学なんて私には無理。」と話す生徒がいたことが印象に残っています。話には聞いていた、自己肯定感が低い子が多いということを実感しました。高校1年生の時点で可能性を諦めてしまうのか、と驚きも感じました。一方の私自身も、大学進学を当たり前に思う子が周りに多い環境で育ったからこそ、大学に行って就職するという道しか見えていませんでした。この活動を通して色々な子たちに自分自身の可能性を知ってもらいたいんです。
大学生だからこそ、届けられる学びのかたち
実際のPBLの実践においては、青春基地のメンバーがカリキュラムの全体設計からワークシートの作成、授業のファシリテーションまで担っています。初めはいつもと違う学びだと感じてもらうために、先生方にはメンターとして生徒のグループ活動に入っていただきました。
ますみ:「先生」という立場ではなく、「生徒の伴走者」として学びを届けたい。指導目標に沿って知識や技能を伝達していくものとは異なるアプローチで、余白をもって生徒に学びを届けたい。そんな思いで毎回の授業を準備していきました。先生方は、毎日関わっているからこそ、立場上「成績はどうなってるか」「普段どんな性格なのか」というメガネで生徒を見てしまうことが多くなります。評価をしない関係性だからこそ、個性を引き出し、1人ひとりと向き合うことができるのではないかと考えています。「良し悪し」を判断する立ち位置から、生徒の目線に降りて考えることが大切だと思っています。
そーちゃん:先生と生徒という二者の関係性の中に私たちが入り込むことで、先生も生徒も違う視点で物事をみることができるのではないか、お互いの関係性を見直すきっかけになるのではないか、と期待しています。
授業が始まったものの、授業に興味のない生徒、携帯をいじる生徒。プロジェクトでやりたいことを聞いても「やりたいことないです」と瞬時に返答して思考停止してしまう生徒。そんな生徒を前に、どうしたら彼らのwillを引き出せるのだろうか、なんとしても引き出さなければと考える日々でした。
まいまい:「わからない」と生徒がいったん答えを出したとしても、雑談しているうちにその答えがポロっと出てくることもあります。生徒の興味関心を紡ぎだすために、まず生徒の話を聞くということがいかに大切であるか実感していきました。雑談をする中で見えてきたテーマに「え、そんなことでいいの?」と生徒自身が驚くことがあります。
ますみ:生徒は時折、何か正解が求められていると思っているようでした。求められる答えがわからず、「何したらいいんですか」とメンバーに問いかけてくることもありました。そんなときメンバーは生徒に小さな質問をいくつも投げかけたり、「しょうもないことでもいいからとりあえず書き出してみなよ」と提案したりして、「あ、そういうことか」と生徒自身が答えを出せるまで、丁寧に関わります。
「真面目なテーマを設定しなければならない」「実現が可能そうなテーマにするべき」などと、いつしか彼らが自身の中に築いていた壁が見えてきました。スタート時に生徒と青春基地メンバーとの間にあった壁が徐々に崩れてきたところで、今度は生徒自身の中にある「思考の壁」を崩していくアプローチが続きます。
"会いたかったあの人"に会う授業
1年目「会いたい人に会いに行く!」プロジェクトでは、9月から11月の間、慶應SFCの石川研究室やアートや建築を専攻する学生に協力を得て、まちあるきをしながら、写真や映像等の作品を作成しました。まちなかの文字を使って名刺を作ったり、自分の居場所を表す写真を撮ったりと、生徒の個性があふれる活動となりました。また、各クラスに学生・社会人メンターを招き、大人の話を聞いたり、自分の悩みや関心を話す授業も実施しました。
いよいよ12月には、自分自身が会いたい人や企業に生徒自身が取材依頼を送り、放課後にインタビュー取材を行いました。東京FCの大ファンだった男子は社長との対面が実現したり、水族館の裏舞台を取材したり、某週刊少年マンガの編集者からお話を聞いたりと、14カ所のインタビューが実現。
さらに授業時間にも、さまざまな業界・働き方をしているゲストを招きました。また2月には、これまで関わってきたメンターやゲスト講師ら、他校の教師や文科省からの見学者など、多くの方々をお呼びして、これまでの学びの集大成となる発表会を実施しました。メンター、ファシリテーター、ゲストスピーカー、プロボノボランティア、様々な立場で高校生の学びに伴走するメンバーはこの2年間で700人を超えました。
だいこん:1日だけ飛び込みで参加する学生のメンターも沢山いて、そのたった1回の授業でも、生徒の学ぶ姿からたくさんのことに気づいて帰っていきます。学びは双方向なんだなと実感しました。
"やってみたい"をカタチにするマイプロジェクト
2年目では、1年生への授業実践に加え、2年生を対象に「ビジネスアイディア」の授業を実施。それぞれの興味・関心に沿って、一人ひとり「マイプロジェクト」を考えます。まずはマインドマップやブレインストーミングを用いながら、自分自身のやってみたいことを深堀するワークショップを実施しました。そこで出てきたことをもとにグループに分かれ、グループとして取り組むプロジェクトを練っていきます。
各グループでのプロジェクトが動き始めると、授業でファシリテーターが全体に話すのはほんの5分。調べ物をしたり、スケジュールを立てたりチラシを作成したりと、自分たちでその日の活動内容を決め、それを先生方や青春基地メンバーが見守りました。
スポーツ大会を開催したり、レストランを貸し切っておでん屋を開き、60名以上も集客したり、渋谷でフリースペースを開放したり……。地域や大人、学年の仲間を巻き込んだ思い思いの企画が生まれていきました。2月には、最終報告会を実施し、これまでどのようなアクションを起こしてきたのかをプレゼンする場も実現しました。
1)自己開示と、それによる関係性の変化
1年生、2年生それぞれの授業で生徒たちの学びに伴走していく中で、次第にみえてきた生徒たちの変化。その変化には、なによりもまず「関係性」の変化があったようです。
だいこん:最初はなかなか話をしてくれなかった生徒たちですが、徐々に彼らの方から声をかけてくれるようになったり自分の話をしてくれるようになったりと、生徒がリラックスしてきた様子が見受けられ、学校の中にアットホームな学びの時間を創造できたことに喜びを感じました。
わこ:グループワークも最初は不慣れで、お互いの机をくっつけようとしない生徒もいました。対話を重ねていくうちに、安心して自己開示できるようになり他者への興味も持ち始めます。いつしか自分から机をぴったりくっつけるどころか、みんな立ち上がってグループワークをする風景も見られるようになりました。
ゲストスピーカーを招いてお話を聞くときにも、最初のころは生徒からなかなか質問が出てこないこともありましたが、後半では質問が止まらないような状況になってきているといいます。
2)学びを自分でデザインする楽しさに気づく
だいこん:自分の高校時代を思い出すと、求められたものを察してやることが多かったと思います。一方で一商の子たちは本当に自分に素直。やりたくないこと、好きなこと、何事にも素直にいれるのってなかなかできない。本当にすごいなと思う。
ますみ:楽しんでプロジェクトに取り組んでいるグループの方が生き生きして成長も加速しています。それを目の当たりにし、やっぱり楽しんで学んでいくことは大事だと確信しました。生徒の姿を見て学びが再定義されていきます。今こんな風に思えているのも、日々、生徒と歩んできた道のりがあるからこそ。生徒たちが成長を見せてくれたことにすべてがあるんだと思います。
わこ:たとえば取材先へ遅刻するのでは、何かトラブルが起きるのでは、と学校で心配されていた生徒は、楽しみすぎて遅刻どころか約束の30分前に取材先のスターバックスへ到着。取材中も従業員のお姉さんたちを爆笑させていました。「何やれば良いんですか」「わかりません」などと指示があるまで座っていた生徒たちが、いつしか授業前に準備を手伝ってくれたり、「今日何やりますか」なんて声をかけてきたりするように。発表練習をするときに、生徒から「わたしたちの発表見てください」と声をかけてきたこともありました。
「大人から与えられるもの」だった学びが、「本当にやりたいことを自分自身に問いかけて、それを自分から掴みにいく」学びに変わり、その楽しさを味わい始めたようでした。楽しさを原動力に、学校の先生だけではないたくさんの大人と出会い、新しい価値観をどんどん吸収していきました。
3)ちがいを、ちからに変える
まいまい:やりたくないのかな、反応が薄いな、という印象だった生徒が、発表の場面になるとなんとも楽しそうにオーディエンスにクイズを出していました。斬新なアイティアを持っている子、イラストが上手な子、人ぞれぞれ活きてくる個性は異なります。
生徒たちはそれぞれの得意・不得意が違うことで協働しあい、一方青春基地メンバーは自分の高校時代と目の前の生徒の違いに驚いたり学びを得たり。「みんなで同じことを、同じペースで、同じようなやり方で学んでいく学び」では障壁となりうる、一人一人の違いが「協働的なプロジェクト型の学び」においてはエネルギーとなり、プロジェクトが前に進んでいきます。まさに「ちがいをちからに変える街」渋谷区にある「ちがいをちからに変える学校」へと変化しつつあります。
そーちゃん:変われることの面白さを生徒から教えてもらいました。自分は中高一貫校を卒業して、普通に大学受験をして普通に生きていたんです。青春基地としてこの活動に挑戦してみた中で、人が成長するのはとても面白く、素晴らしいことだと思いました。それに気づけたということについて生徒に感謝しています。
第一商業高校を舞台にした三ヶ年の学校改革プロジェクト。生徒たちの学びの姿に嬉しい変化が見えてきましたが、その一方で様々な課題も見えてきました。後編ではそれらの課題や、NPOと学校の連携について考えていきます。
後編はこちらです!
《書いたひと》
取材&編集:伊原礼佳(ayak.0727i@gmail.com)
取材&編集サポート:照井将人(mterui0930@gmail.com)
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