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それでも人とつながって 001 児童1

『そうか。人には人が必要なんだな』

そんなふうに思える出来事にたびたび出会って今日がある。

いつからそんなふうに思うようになったのか。それは自分にも分からないけど、始まりになった出来事。その時の事を心と身体ではっきりと覚えている初めての体験は中学生の時。地元の保護司さんの手引で児童養護施設のボランティアに参加した時のこと。

幼馴染はみんな元気に溢れていた。親や先生に怒られることもたくさんあった。中学生にもなると段々と迷惑を掛ける内容も範囲も社会に容認されないものになってきた。そこに公的な機関の方や、一般的な生活では縁のない方との関わりも生まれてきた。その縁の一つが地元の保護司さん。

保護司さんはいつからそんな事をしていたのか。地元のお母さん方や、やんちゃな友達の親御さん。有志のグループを作って児童養護施設のイベントのお手伝いをされていた。そこに自分達が参加することになった。

地元のやんちゃな友達グループ。いやいやの参加だった。まだ行ってもいないのに随分前から早く帰りたい気持ちになっていた。当日は車数台に乗り合わせて移動。その日は施設のお祭りとバザーの日。車にはお餅つきの道具やバザーに出品する物が満載。そこに紛れて友達数名と乗り込んだ。自分達は座席には座れなかった。

そこは歴史のある閑静な高級住宅街。その閑静な住宅街にその施設はあった。車が敷地に入っていく。古びた建物、質素な空気。施設の小さなグランドにたくさんのテントやテーブルが並んでいる。キリスト教とひと目で分かる上は頭まで被る下はスカートになっている全身黒い服の女性が数名。その周りに小さな女の子達が大勢いる。

車から降りると、保護司さんと大人たちは黒い服の女性と挨拶を交わしている。みんな女性の事を「シスター」と呼んでいた。ここが何か、どの人が誰か。何もわからないけどキリスト教が基なんだということだけがなんとなく分かった。友達グループで餅つきを手伝うことになる。小さな女の子達も一緒に居るけど、自分が何をして良いのか分からない中でこの子達が誰なのか考えもしなかった。そのうち施設のグランドはたくさんの客さんで溢れて、方々に設置されたテントでは食べ物や生活用品などの販売が行わている。自分たちの手伝ったお餅も飛ぶように売れていた。途中で少し食べさせて貰えた。お餅はこんなに香りのある美味しいものだったんだと短い人生経験なりに感動を覚える味がした。

お餅つきの手伝いといっても初めてのことで、お餅をつこうとしても杵を上手く操れない。臼を叩いてしまったり、お餅を返す人の手を叩きそうになってしまったり。一緒に来た大人たちに掛け声を掛けられ応援されながら頑張った。思春期を迎えつつあるただ生意気で元気があるだけの大人気分の中学生。なんとなく自分の無力を味わう。その時も周りには小さな女の子達がたくさん居て自分と友達達を見ていた。格好悪い所を見せたくない気持ちが湧き上がるが、多分見た目は気持ちとは裏腹だったと思う。

お祭りは大盛況。出店の商品もお昼前に全て売れてしまい徐々にお客さんが減ってくる。早々とお昼過ぎには片付けが始まる。自分達ものろのろ片付けをしている間に、気が付けばグランドに残っているのは朝到着した時に居たシスター達と小さな女の子達だけになっている。自分達とあまり年が変わらないような子たちも見かけるが、個々に役割が残っているようでみんなで片付けなどをしていて、その年齢の子たちとはあまり関わりがない。理由はないのにそうされているようにも感じる。

そうこうして片付けが進んでいくと、自然発生的に自分達と小さな女の子達の間で遊びが発生する。他愛のない鬼ごっこのようなことやボール遊びだが、何だかとても楽しそうにするので、自分達も変に遊び甲斐を覚えてお餅つきより力が入る。オーバーリアクションで一生懸命遊んだ。そんな中で保護司さんと大人達、シスター達はグランドの隅で輪のようになっている。何かみんな難しい顔をして話をしているので、内容は分からなくても近寄りがたい雰囲気がはっきり出ている。

遊びも盛り上がって気が付けば夕方前。遠目に大人達がお礼を言い合っている形式的な様子から、そろそろ自分達も帰る時間が近いことを感じた。その時、ハッと自分はここに来る前から帰りたかったことを思い出して、あぁこれで帰れるんだなと嬉しくなった。友人達も自分と同じような気持ちらしく、それが言葉や動きに滲み出ているのが分かった。

ここから帰る人と残る人。自然と向かい合って一列ずつに並ぶような形になる。友達も自分も小さな女の子達に手を振ったり、またねと声を掛ける。そんな場面で一人の女の子が自分に近づいてきた。朝からずっと自分達の側に居た子だ。その子が手を伸ばして自分の足を掴んだ。

そうなんだ。自分達との別れを惜しんでいる姿が可愛らしいと思いながら、優しく足を引くと今度は両手で足を抱くようにしてしがみついてきた。そうか。本当に可愛いなぁと思って少しして、自分の心と身体が何かが違うことを感じた。

強い力。まずこんな小さな女の子からこんなに強い力を感じていることに驚いた。とても重い。女の子はその姿勢のまま、自分は足を動かそうとしても動かせない、こんなに小さな女の子がこんなに重いはずがないのにすごく重い。握る力。自分のズボンを小さい両の手で掴んでいるけど、固く握り込まれた手の力がズボンを通して伝わってくる。どんな事をしても離してもらえないような気がしてしまうような何かを感じる。今、自分に何が起きているのか分からなかった。その子のことも何も分からなかった。

帰りの車の中。来る前までは友人達と二度と行かないで済む方法について何度も拙い作戦を練っていたことを忘れ、一人黙って訳もなく『また来よう』と思っていた。

車の中で何度も同じ場面を思い出した。女の子は何人かのシスターによって自分の足から離されていた。その時に自分を見つめていた目に今まで見たことのないような意思の強さのようなものを感じた。自分の足を掴んでいた小さい手から感じた力は、未だに感覚として心と身体が覚えている。

これは児童の巻の一。この後に続く体験はまたの機会に。

もし読んでくださる方がいらっしゃったなら。お読み頂いたあなたに心からの御礼と、文章を通しての出会いに心からの感謝を捧げます。

この気持ち。文字だけではありません。今のあなたに届きますように。

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