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甲斐桂
2020年8月30日 20:50
十六歳の誕生日、ラシは側近の目を盗んで、城壁の上に立った。 見慣れた雲の下、少女は湖水の輝きとうたわれる青い眼を布で覆い、吹きすさぶ風にかまうことなく一歩踏みだした。 一歩、また一歩と城壁の上を進み、両手をのばす。 両手はむなしく空ぶって、少女の唇から乾いた笑い声がほとばしった。 悲鳴があがる。 次いで、規則正しい足音が近づいてきた。笑いとも嘆息ともつかぬ息を吐き、ラシは足もとの城壁を
2020年8月18日 16:55
イラスト:uuco むかし、ある男が、じぶんの身体的特徴を苦にして死んだ。 男を慕う人びとは、他人からみればじつに些細な、ごく個人的な悩みのために死んだとは考えられなかった。妻子さえも、男が何らかの社会的使命を帯びた末に、無力を痛感して死んだのだと考えた。そこで、男の想いを風化させてはならない、その死を人びとの記憶に刻みこむのだという決意を胸に、遺骸に保存処理を施し、棺を生前の姿そのままの彫
2020年8月11日 16:42
イラスト:uuco 隣の貸家にはカエルが暮らしている。 かれは二足歩行し、身長は大人と同じくらいあって、矢作(やはぎ)を見下ろす。TPOに配慮した服装で街を行くが、顔も手も土色でぬめり、近づくと生臭かった。 名前は「神田さん」。神田さんが越してきたとき、近隣住民は戸惑った。引越し屋のトラックに同乗してきた新しい住人を、ひと目見ようと窓からのぞきこみ、のぞきこんだ瞬間じぶんの正気を疑うはめに