執着は悪なのか
「執着」は手放そう、断ち切ろう。
そんな風潮があるが
果たして「執着」は悪なのか。
「人に執着しない孤高な私」を
軸に置いているものの、
そのシンリを説明するにも
相反することやその深さをもっと
考察する必要がある。
と感じたので、
今回は「執着」について書いてみます✍️
わたしは「執着は悪」
だとは思っていません。😌
なぜならば。
人は「執着」があるからこそ
使命が芽生え、
達成感や充実感を味わえると思っているから。
例えば。
■ずっとお肌の悩みに悩まされた。
だから肌を綺麗にしたかった。(執着)
→人よりもスキンケアの知識が豊富になった。
→スキルとして人に伝えれるようになった。
■外見に自信がなかった。
だから何としても美しくなりたい(執着)
→美容家になった。
(メイクファッションボディケアetc)
→自信をもてるようになった。
→美しさは外見だけじゃなく
内面を磨くことだと知った。
(執着を通しての新たな発見)
■幼少期は貧乏な暮らしで苦労した。
だからお金持ちになりたい。(執着)
→強靭な忍耐力とコミット力を手に入れた。
→お金稼ぎに必要なノウハウを手に入れた。
→お金よりも大切なものがあると気づいた。
(周りに回った人が達する境地)
…
わたしの場合は、愛着への執着。
■幼少期の両親の離婚を機に
※愛着障害 をもつ。
※愛着障害
養育者との愛着が何らかの理由で形成されず、
子供の情緒や対人関係に問題が生じる状態。
「愛されたい」の執着から
・人の視線を人一倍気にする。
・好かれるような態度をとる。
・他人からの評価を気にする。
・いい子ちゃん、八方美人になる。
・甘え、我儘を言えない。
⏬(執着が成長意欲に)
・人への観察力が身につく。洞察力が優れる。
・人の感情へのフィットが得意になる
・周りが私に何を求めているかを感じ取れる。
・人が喜んでくれる働きかけを無意識でとる。
・忍耐力。自己解決能力を身につける。
…などなど。
執着があるからこそ、成長意欲につながったり。
コンプレックスを克服するきっかけになったり。
短所が長所になったり。
執着があったからこそ磨かれたこと。
心は喜びを求めていても、
魂は実は喜びだけを求めてない。
魂は成熟と成長を求めている。
ただ、「執着」によって
「縛る」ことになるのは勿体無い。
「こうでなければならない」
「完璧主義」やめてみよう。
最初からなんでも上手く行ってたら
そんなの逆につまんないよ。🤷♀️
いい日1日。
普通の日3日。
悪い日3日。
一週間のうちに、
いい日が一日でもあれば、
よっしゃー‼️って思ったら
気が楽かも☺️
または、悪い日も。
わ、今日はなんて日だ!!😭
こんなに感情が、落ちてる…!
「私。生きてるな。😭❤️🔥」
「でてきたな!私の!悲劇のヒロイン💃」
(私は演者!主演女優賞めざしてんだよね!)
まで思えたら最高ね。🫶
…あれ?執着から話ズレた?笑
今欠けていることに目がいくか(成長意欲)
今在るものに目がいくか。(幸福)
でじぶんの得たいこと、
道も変わってくるよ。☺️
執着も上手く使ってみよう。🪄
I love you.Because you love you.
そのままのきみが、だいすきだよ。
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