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勝手に桃太郎 2

本校の「表現プログラム」のエッセイクラスの生徒の作品です。桃太郎をベースにした創作小説を、全4回の連載形式でお届けします。(作:E子)


★第1話はこちら

<2>

 俺は桃太郎に殺されたあと、人間として生まれ変わり、再びこの世に生を享けた。 輪廻転生?とか言うやつらしい。 俺の前世が鬼であることに気づいたのは、物心がついた時のことだった。

 生まれつき首元にある、刃物で切られたような大きな傷。 それを鏡で見た時、前世の記憶が走馬灯のように頭の中に流れた。 あの時受けた痛み、怒り、悲しみ、屈辱、復讐心。 かつて経験し たことの全てを、一瞬にして思い出した。

 俺は、小さい頃から「桃」という言葉を聞くと、妙な嫌悪感を抱くことがあった。自分でもどうしてこんなに嫌いなのか、その理由は分からなかったが、ただひたすらに、その存在がうっとおしかった。 他にも、刀を見ると突然首元の傷がうずきだしたり、とてつもなく悲しい感情に襲われるということがしばしばあった。 この奇妙な現象が起こる理由も、このとき初めて理解することができた。

 そして、この日から俺の頭の中には、ある一つの憶測が生まれた。 かつて鬼であった俺が人間 に転生し、普通の生活を送っているということは、”アイツ”も全く別の人物として、この世に転生しているのではないか?

 仮にこの憶測が当たっているとしたら、俺は”アイツ”に、復讐をしてやりたい。 俺があの時負った 傷を、果てしない悲しみを、そっくりそのまま返してやるんだ。

 そう決心した俺は、その日から復讐のためのトレーニングを始めた。 柔道、空手、剣道、拳法、ボクシング。 やれることは何でもやった。 ただひたすらに、真っ直ぐに。 いつか訪れるであろう”その日”に向けて。

 子どもの頃から、自分を鍛える毎日を送っていた俺も、ついに高校生になった。 そしてその頃には、俺は前世とは違う体格に定まっていくことに気付いた。 前世ではあんなに身体が大きかったというのに、今生ではなんと俺はやたらに小柄なのだ。

 俺は小学校からチビだった。背の順に整列させられると、悔しいことに一番前がずっと指定席だった。 これにはまいった。 前世では、人はもちろん、他の鬼も見下ろすほどの体格だったのに。 なんで今はいつも人から見下ろされているんだ? この設定だけはなんとかならなかったのか、と誰に向かって言えばいいのかわからないが、恨み言を言いたくなる。 その上に外見は細いから、俺がトレーニングをしていることを知らない奴はからかってくる。 外見から弱っちい奴、と思うんだろう。

 もちろん俺は、そんな奴は瞬殺、じゃなかった、瞬間にトレーニングの成果を見せて黙らせるけれど。 なんでこんな身体になっちゃったのかなあ。 時折ため息がでる。 成長期が来ればきっと背も高くなる、と期待したのに、他の奴らの方がにょきにょきと成長していった。 この「背の順に並ぶと一番前が指定席」という状況は、密かに俺のコンプレックスだ。

 ただ、前世とは違って友だち、というものには恵まれている。 前世ではいつも、取るか取られるか、というピリピリした雰囲気の鬼の世界にいたから、友だちなんて考えたこともなかった。 だけど今生では、意外にもたくさんの友だちができて、奴らがいじめられていると、速攻で助けに行ったりする。 それでまた、友だちが増えるんだけど。 なんだかくすぐったいような、うれしいような気分になる。

 いよいよ入学した高校。 どうか自分のクラスには、俺より小柄な奴が一人はいてくれますように・・・・。 という切なる俺の願いは、初日のHRで砕け散った。 俺は背の順に並ぶと、また先頭になってしまったのだ。 ショック!大ショックだ。 高校という新しい環境で、クラス一のチビ、という状況から抜け出し、コンプレックスから解放された人生を夢見ていたのに。 この屈辱に耐える日々が続くのかと思うと、気分が暗くなった。

 暗い気分のまま、ふと自分の列の最後の方をみたら、一番後ろ、つまり最も背の高い奴に目がいった。 奴はいわゆる「イケメン」タイプだった。 早速、お取り巻きになったらしい女子生徒が数人、アイツを取り囲んでいる。 アイツはそんな女子生徒に優しい笑顔で「ちゃんと整列しなよ」などと言っている。 けっ。 背が高くてイケメンなら、女子は飛びつくってことかよ。

 俺は心の中でアイツを妬んだ。 身長が低いことは俺のコンプレックスだ。 前世では誰をも見下ろす俺だったのに。 八つ当たりとはわかっていても、無性にアイツに対して腹がたった。 するとその瞬間、偶然にもアイツと目があった。 アイツは俺の気持ちも知らずに、にっこりと笑ってきやがった。 そのさわやかで屈託のない笑顔を見た途端に、心の中にどす黒い妬みが一層深まった気がした。 気に入らねえなあ。 こんな風にして、俺の高校生活は始まった。

 入学2日目。 席の前後にいた男子生徒と3人で、お互いに好きなアニメの話で盛り上がっていた時に、女子生徒達のちょっとウキウキした声が響いた。 
「桃く~ん!」
 すると、あのイケメンがにっこりと笑い
「どうしたの?」と答えた。
 桃。俺の前世の記憶を呼び覚ますモノ。 その瞬間、俺の身体が震え出した。

 友だちが「どうした?気分が悪いのか?」と心配してくれた。 でも俺は自分でもその震えが止められず「いや、大丈夫だから」というのが精いっぱいだった。 元々背が高い、というだけで妬ましいアイツは、その上に「桃」? アイツの名前は何なんだ?

 まだ2日目。俺はクラス全員の名前を憶えていなかった。だが、ご丁寧にもその女子生徒達が
「ねえ、桃川君、部活はどこにするの?」
「桃川君、背が高いからバスケでもできそう」と話しかけていた。
「桃川」!その名前を聞いた瞬間、俺の頭は殴られたようにびりびりした。   背が高いだけでなく、名前が桃川!俺は自分でもどうしようもないほど、アイツへの妬みが増していくのを感じていた。

 そんな俺の気分を全く無視したように、高校の日々は粛々と進んだ。 俺はできるだけ桃川のいる方向に目を向けないように努め、奴の声も聞こえないように休み時間にはイヤフォンを愛用した。

 ある日、午後一番に体育の授業があった。 腹ごなしにはちょうどいい。 俺は体育が好きだった。 何しろ子どもの頃からいつか来る「その日」に備えて各種の格闘技を身に付けてきていたから。 体育の授業は初回なので、軽く校庭を10周ランニングしてタイムを計った。 4月とはいえ、走れば汗がでるような陽気だった。 一番早く走り終えた俺は、体育の教師から
「お前、凄いなあ。陸上部に入らないか?」
「いやいや、無理っすよ」
などと話していたところに、ちょうど桃川が「終わりました~」と言いながら側に来た。 来るなよ、こっちに。そう思っていたところで、桃川が持っていたタオルで顔を拭いた。 その瞬間、俺は見てしまったのだ。 いつもは髪に隠れていたアイツの額に傷があることを。

(つづく)


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