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勝手に桃太郎 3

本校の「表現プログラム」のエッセイクラスの生徒の作品です。桃太郎をベースにした創作小説を、全4回の連載形式でお届けします。(作:E子)

★第1話はこちら

<3>

 アイツの額にある傷を見つけた時から、なんだか心がザワザワし始めた。もしかして。 もしかすると。 俺が現代に転生したように、桃太郎も転生したのではないか? 目の前にいる桃川が、桃太郎が転生した姿ではないのか?

 疑い始めたら、キリが無かった。 その日から、俺は桃川を無視するのではなく、注意深く観察するようになった。 それにつれて、俺はますますアイツが嫌いになり、妬みは強く、濃くなっていった。

 ダラダラと過ぎていく高校での日々。 俺はできるだけ桃川を見ないよう、声も聞かないようにしていた。 それなのに、ある日のHRで「秋の文化祭について」が話し合いにのぼった。 はあ?文化祭?何が面白くてそんなことをするんだか、という冷めた俺は例外で、周囲はどんな出し物にするかを声高に話していた。 そこでクラス委員長が
「みんな!出し物を考えたいのはわかるけど、初めに決めるのは文化祭委員2名だよ。立候補者はいるかな?」
と声をあげた。 しーん。 誰もいない。 楽しみたいけど、委員なんかになってお世話係りになるなんて、嫌なこった。 みんなそんなところだろう。 俺は窓の外を眺めていた。 すると
「桃川君を推薦しま~す」
と能天気な女子生徒の声が響いた。 はあ? 立候補者って言ってただろう? 推薦って何だよ? とうんざりしていた俺の耳に衝撃が走った。
「もう一人は鬼島君ね!だって太郎と次郎だもん!」
とさっきの能天気女が言うではないか。

 俺の現世での名前は「鬼島次郎」。 兄貴が修一なのに、何故か俺は平凡な次郎。 もうちょっと考えてくれてもよかったのにな、と思いながら生きてきた。 そして桃川は「桃川太郎」なのだ。 だから!? 太郎と次郎だから、文化祭委員2名になるのか? 南極で人間を待っていた犬じゃねえんだぞ!と、俺はわめいていた。 何しろ桃川と何かをする、と思うだけで身が震えるほど嫌だったから、もう必死だった。 それなのに桃川ときたら
「いいよ。鬼島君とならやるよ。よろしくね、鬼島君」
と来た! ふざけんな、俺は嫌だ!と叫んだ声は
「さっすが桃川!」
「いよっ、太郎次郎コンビ!」
という周囲の声にかき消され、無情にもクラス委員長は黒板にデカデカと「文化祭委員 桃川太郎・鬼島次郎」と書き込んだ。 その瞬間、俺は真面目にこの世から消えたい、と強く願った。

 放課後。
「鬼島君、ちょっと時間いいかな?」
と桃川が迫ってきた。 来るんじゃねえよ、でけえ身体しやがって、俺を脅そうってのかよ! 自分の背の低さがこれほど悔しかったことは無い。 そんな俺の反応を知ってか知らずか、桃川は
「よろしくね。一緒にこのクラスの文化祭を盛り上げよう」
と手を出してきた。 おいおい、握手かよ?ここは日本だろう、そんな外人みたいなことすんなよ。 第一、俺はお前がこんなに近くにいて、いつ例の発作が起きるか、気が気じゃないのに。

 こんな風にスタートした文化祭委員の仕事とは、はっきり言って下働きだ。 予算確保や出し物の決定、各種必要なものをかき集め、装飾を考えて手配する。 締め切りが迫る中、色々な準備をするからイライラもたまり、俺はどうしても桃川につっけんどんな態度しか取れなかった。 しかし桃川はそんな俺を気にするそぶりも見せず、クラスの出し物、風船吊りの準備をしていた。 しかも周囲を明るく励ましながら。 女子生徒の目がハートになっているのがわかる。 背も高く、きさくでイケメン。 その上に面倒見がいい。けっ。

 とか思いつつも、実は俺が風船の数を間違えて注文したとき、業者さんに謝ってなんとか収めてくれたのは桃川だった。 そして俺が準備をした文化祭委員会で報告する資料の部数が足りなかった時も、素早く印刷して持ってきてくれたのは桃川だ。 毎回、何も文句を言わず「ドンマイ!」と励ますことばまで口にして。 「なんか、こいつ、良い奴だなあ・・・」。 心の中にそんな思いが生まれかける。 「何バカなことを考えているんだよ!あいつはあの桃太郎の生まれ変わりかもしれないんだぞ。 俺達を『鬼だから』って理由だけで殺した、あの桃太郎の!」「でも現世の桃川は、何も覚えていないのかもしれないしなあ。それにやっぱり良い奴っぽいよなあ」「何を考えているんだ俺は!家族も友達も殺されたあの恨み、悲しみを忘れたのか⁉」と心の中で俺どうしが大激論を交わし、答えの出ない葛藤が続いていた。 だから、気づかなかったんだ。 桃川の突然の変化を。

 文化祭がいよいよ明後日になった日。 教室内の装飾を始めた。 窓は締め切り、金魚のぬいぐるみだの、海藻もどきだのをカーテンに吊るしていった。 締め切った部屋で作業をするから暑い。 俺は思わず制服のワイシャツのボタンを2つまで外した。 桃川はその日から急によそよそしくなった。 

 俺は理由がわからなくて困惑した。 桃川に話しかけようとすると、するりと逃げていく。 こんな桃川は初めてみた。 でも文化祭は明後日。 泣いても笑ってもその日までには準備をして、当日は成功させなければ。 俺はすっかり「文化祭委員」になりきることで、桃川の変化を考えないようにしていた。

 いよいよ文化祭前日。 俺は最後まで残って教室の点検をした。 風船吊りのプールが4つも並び、教室内は竜宮城もどきに飾り付けられていた。 スタッフのローテーションも組みあがり、お釣り用の小銭の準備も万全だ。 明日朝一番に風船を膨らませればもう大丈夫だ。 「ふいー、やっとここまで来たか」と心の中で伸びをしたくなった瞬間。
「あのさ、鬼島」
と声をかけられた。桃川だった。
「ん?どうした?」
俺はできるだけ平静を装って返事をした。
「ちょっとさ、時間いいかな?」と桃川。

「いいよ」と俺。

(つづく)


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