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人の死を忘れられない。

 呼吸器内科の扱う疾患群は、非常にシビアです。ほとんど治るものがない。すっきり治る可能性があるのは純粋な肺炎くらいで、それ以外は中々そう簡単にはいきません。

 呼吸器感染症にしたって、肺結核は治癒する可能性が高いけれど後遺症をのこすかもしれないし、非結核性抗酸菌症は基本的には生涯付き合うことになります。肺真菌症もなかなか治りません。
 気管支喘息は、完全に発症して時間が経ってしまうと、なんらかの治療を継続する必要があることが殆どです。肺気腫、COPD、壊れた肺は再生しません。肺がん、治るのは手術できる早期のみで、内科で扱うものは化学放射線療法の適応となる一部であっても、勝率はまだまだ低い。遠隔転移のある進行期肺がんはどんな治療をしても、いずれ死に至ります。間質性肺炎は非常に厄介で、あまり知られていませんがタイプによっては肺がんよりも命が短くなる可能性が高い難治性疾患です。


 手紙が届きました。

 療養転院をお願いした病院の先生からです。

 肺がんの終末期であらゆる治療を尽くし、合併していた間質性肺炎の進行もあっていよいよ厳しい、家にも帰れないという状態でしたから、相談を重ねて転院という形をとりました。まだ現役で仕事をしていた方で、ケジメをつけるために自分の生命予後を知りたいと覚悟をもっていましたから、積極的な治療をしている頃から病状と予測について、問われる度になるべく正確に伝えていました。

 最後の入院のときには、もう仕事の引き継ぎも全部終わったから大丈夫だ、という趣旨のことを仰っていました。


 手紙には、

『本人は最期まで渡邊先生に感謝の言葉を申しておりました。』

と書かれていました。

 瞬間、診断するところから関わり、共に数々の治療に挑戦した彼との思い出が走馬灯のように蘇り、私は涙を止めることができませんでした。


 こんなに人の死が近い仕事をしているのに、いつまで経っても死に慣れるということがありません。忘れるのは得意なはずなのに、亡くなった患者さんや家族との記憶を、私という人格は手放したくないようです。それはやがて無意識の底に沈んでいって、私という人間の一部になります。

 私は年賀状を書きません。年賀の挨拶はしますし、形式上は慣習に合わせますが、私にとってはずっと喪中のようなものなのです。

 だから私は祈ります。

 現存する生命と、還っていった生命と、これから誕生する生命のために、私は祈ります。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、現在過去未来のすべての生命が、自身の輝きを全うできますように。



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