見出し画像

柔らかく、あたたかく。

「すごく良くなったよね。雰囲気が変わって。仕事も生活も支障なくできてるみたいだし、目の色が違うっていうのかな。あれが、治療がカチってハマったときの感じ。数値化できないけど。」

 数値化できないと言いながら、彼は嬉しそうでした。心の領域を専門にする精神科医の視点は、いつ触れても興味深いものです。

 精神科医である彼との付き合いは、15年以上になります。関係性に名前をつけるなら友人といえるでしょう。時々交流する仲で、遠くも近くもないような、心地良い距離感の人です。

 良くなったのは、一緒に診療した統合失調症を患う女性です。彼女の抱える身体疾患についての相談を受けて、彼がこころを、私はからだを治療しました。日常生活に著しい支障をきたし仕事も食事も睡眠もままならない状態で入院した彼女は、それぞれの治療が「ハマった」ようにみえて、その人生を取り戻しつつあります。


 統合失調症は古来より精神医学の中心的疾患概念です。2002年8月までは精神分裂病と呼ばれ、この名称は人格否定的イメージが付き纏うという歴史背景から、改名に至ったそうです。

 生涯有病率は約1%ですから、決して稀ではありません。幻覚や妄想が目立ちますが、その根底に独特の自我障害と不安や恐怖の感情が存在することは、一般にはあまり知られていないことです。身体科医からの理解は得られ難く、抵抗感を持つ医療者も少なくありません。

 昨年から縁あって「精神疾患の治療中に身体疾患の治療が必要になった人」の内科診療も始めました。自分の専門領域以外にはなるべく触れないように、必要最小限の診療で済ませる身体科医が多いのは寂しいことですが、ならば私は一歩踏み込もうと思いました。

 内科的疾患が精神症状の原因になることもありますし、そもそも精神疾患を診断するためには身体疾患の否定が前提になります。私の専門領域は呼吸器内科学と漢方医学ですが、一般内科領域は守備範囲です。幸いなことに、必要に応じて専門科に相談しながら、有機的に内科診療を進めることができています。


 世間の精神医学領域に対する偏見や先入観を、私はゆるりと溶かしていこうと思います。戦うわけではありません。がんばることでもありません。異質な雰囲気への恐怖心は容易に拭えるものではありませんし、手放しに受容できるほど安全な領域ではありません。必要十分な知識と心構えを前提にしなければ、ときに危険に直面することもあるでしょう。


 だから、ゆっくりすればいい。

 成果も何も数値化できるものではありません。

 柔らかく、あたたかく。

 私は私の触れる人生に、等身大で臨みましょう。



 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、いつか貴方の悲しみも、何処かへ溶けていきますように。




#多様性を考える
#仕事について話そう
#精神医学 #精神疾患 #統合失調症 #精神分裂病 #自我障害 #恐怖 #不安

この記事が参加している募集

#多様性を考える

27,917件

#仕事について話そう

110,303件

ご支援いただいたものは全て人の幸せに還元いたします。