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安心安全とは ―映画『ドローン・オブ・ウォー』を観て

恐怖が人間らしさを担保する

映画『ドローン・オブ・ウォー(Good Kill)』(2014年)を観た。
主人公はラスベガスの空軍基地のエアコンがきいた部屋でコーヒーを飲みながらドローンを操縦する。そして命令に従って、モニターにうつるアフガニスタンのタリバン兵をミサイルで「排除」する。ターゲットは、地上からは見えないドローンによる攻撃だと気づくこともなく吹き飛ばされる。ターゲットの周囲にいる非戦闘員も殺される。非戦闘員に配慮してターゲットを逃した場合にテロによって殺されるだろう人間の数と、この一撃で殺される非戦闘員をも含めた人間の数を、天秤にかけた結果の決定だ。仕事を終えると主人公はどこにでもいるふつうのサラリーマンのように家に帰って妻の小言を聞く。

主人公はまた昔のように本物の戦闘機に乗りたいと言う。夜の荒波に浮かぶ空母に帰還するときの恐怖が懐かしいと言う。ドローンで敵を殺すようになって、自分がますます臆病者になっていく気がする、彼はそう告白する。

恐怖こそが生きていることを実感させ、自分が人間でいることを再確認させてくれるのだろう。人間として、同じ人間である敵を殺したいのだ。たとえ軍事技術の優劣が大きい非対称戦争であったとしても、自分も敵も人間同士とみなすことができれば、フェアな条件で命のやり取りをやっていると思い込むことだってできる。

恐怖するからこそ勇気が必要になる

古来より、戦争では、恐怖を感じないところ、つまり安心安全なところ、つまり傷つかないところにいることは「悪いこと」だった。それは「卑怯」あるいは「臆病」と呼ばれた。反対語は「名誉」あるいは「勇気」だ。勇気とは恐怖におののきながらも敢えて危険な場所に行くことであり、それこそが「人間らしい」行為であった。(もちろん「真の勇気」と「蛮勇」「匹夫の勇」は区別されたが。)

例えば18-19世紀の軍人にとって、無抵抗の捕虜を殺すのは悪いことだった。ナポレオン帝政期、スペイン戦役に参加したフランス軍人アルフォンス・オープルは、自分が捕まえたゲリラの隊長を、ナポレオンの命令に従って殺すことに対して、動揺し、苦悩し、そして最終的に殺すのだが、その後「深い悔恨」を覚えたと回想録に書き残している。オープルは無抵抗の人間を殺す=自分は恐怖を感じない安心安全なところにいて他人を殺す、そういう非人間的な行為に苦しんだのだ。おそらく自分が人間ではなくなる契機をそこに感じたのだろう。

日本でも武士は火縄銃の使用を軽蔑した。自分は安心安全なところにいて敵を殺傷するからだ。洋の東西を問わずそれは悪いことだった。

恐怖しながら殺し合うほうが人間的

「味方の兵士が殺されないように配慮しているのだから、ドローン戦術は人間的なのではないか」という意見に対しては、「殺されないことは、それだけでは人間らしく生きることにはならない」と反論できる。
「だって効率的ではないか」という意見に対しては、「それはあくまでも短期的な結果を重視したときの見解に過ぎない。長期的な視野、そして結果よりも手段が及ぼす影響を考慮に入れたときは、必ずしも『効率的』ではない」と反論できよう。実際、映画のなかでも、ドローン戦術に反対する女性兵士が「アフガニスタンの子供たちはいずれアメリカに銃を向ける」と言っていた。

畢竟、自分が安心安全なところにいて傷つくことはないと知りながら、他人を傷つけるのは卑劣で臆病で非人間的な行為なのだ。そして非人間的な行為をしたひとは非人間的になる。映画の主人公はどんどん精神的におかしくなっていき、奥さんからも捨てられる。

現代社会は卑怯者のパラダイス

以上の考察は戦争だけではなく日常生活にもあてはまるだろう。
現代社会では、個人情報保護法やSNSの匿名性に保護されて、安心安全でいられることが大事である。そのうえで、ひとはつげぐち、かげぐち、裏切りと、監視カメラにうつらない罪を犯す。貞潔を守らない。他人を自分のための道具としてしかみなさない。そして何食わぬ顔で、罪の意識を感じることなく他人の人生を破壊して「仕方ないじゃん。自分の夢のほうが大事なんだもの」と自己正当化をする。その鉄面皮のロジックで自分自身は傷つかないように武装しながら。

街では今日もまた卑劣漢たちが偉そうに、酒を飲み、腰を揺らし、人生をエンジョイしている。
彼らはみじめだ。自分が呪われていることに気づいていない。
そして私は、彼らと同じ星の同じ空気を吸うことに、いいかげん愛想が尽き始めている。

参考文献

Alphonse Hautpoul, Mémoires du général marquis Alphonse Hautpoul, Paris, Perrin et Cie Libraires éditeurs, 1906.
西願広望「功利主義の戦争文化とバレールの革命戦争論―世界史再考のために」『日仏歴史学会会報』31号(2016年)。

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