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「もの」を信頼して愛するということ

秋も深まったとある日、ぽっかりと空き時間ができた。
そんなとき、ふらふらと私の足が向かってしまうのは、いつだって本屋だ。

入った店内で、あてもなく目を泳がせながら、文庫本コーナーへ。

すると1冊の本に吸い寄せられるように目が奪われた。

森絵都さんの「獣の夜」というタイトルの短編集だ。

特に目立つような装丁ではなく、どちらかというと茶色やくすんだ緑色、グレーという色合いでいかにも獣を感じさせる雰囲気だ。

森絵都さんの本というのにも惹かれて手に取ると、のっけから面白く、ページをめくる手が止まらなくなった。
今、まさに私が味わいたかった類の世界観と感情。今の気分にぴったりな小説だった。そういうことってないですか?

普段だと、誰かがすすめてくれたとか、評判をみて本を買うことが多いのだけど、直感で本を手にとったのは、随分と久しぶりな気がする。

その本の中で、特に心に残ったのが「太陽」という短編だった。

この話には原因不明の歯痛を訴える女性が出てくるのだけれど、それは、どうやら心因性のものらしいことが分かるというストーリー。

ここからは、ネタバレになってしまうのだけど、恋人と別れたとか、コロナ禍でずっと家に居てさみしいだとか、色々な理由が候補としてあがるのだけど、実はどれも心の痛みの原因ではなく。
最終的に心の支えのように、ずっと大切にしてきた、ある「もの」を割ってしまったことが原因だと気がつくという話だ。

ものであっても、毎日のように愛をもらったり癒しをもらったりすることがあるし、それが割れれば心が深く傷つく事もある。

その事実を受け入れるという、一風変わったストーリーだった。

・・・

その話が、不思議と深く心に残った。

そうやって心に残ると、それに関連するような出来事が次つぎと起こるものだ。

少し前の、寒さが一気に深まった冬のある日、私は久しぶりに風邪をひいた。

身体がとてつもなく重く、息も絶え絶え。いつか、このしんどさは終わると分かっているはずなのに、永遠に続くように感じる心細さ。

なんとか重たい体を起こして温かい白湯でも飲み、自分を元気づけたいなと思った。

私には、とてもお気に入りのマグカップがある。
もう10年以上大切に使い続けているのだけど、そのマグカップに熱々のお湯を注いだ。

それは、どこかのカフェで偶然見つけた、作家さんの手作りもので、いかにも土から作られましたという雰囲気を持っている。

外側は白い塗料の上から細かい筋がびっしりと刻まれていて、手で包むように触ると、木肌のようなごつごつした感触がある。マグカップにしては高価なものだったけど、どうしても欲しくなって買ったものだった。

あちこち不調な重い体を感じながら、お湯を注いだマグカップを手でふんわり包んだとき、私は何とも言えない安らいだ気持ちに包まれた。


湯の熱気だけではなくて、作家さんの想いも含めて、そのマグカップから愛をもらったみたいな感覚が確かにあった。

「もの」から愛をもらう。それは確かにあるなぁと思った。

これからは身の回りを、自分が心から気に入って、想いのこもったもので、できるだけ満たしたいという気持ちがふつふつと湧いてきた。

・・・・

そして、もしかすると。

人以上に、ものから何かをもらうこともあるんじゃないか?そんな考えが頭をよぎる。

たとえば、人を愛する、というのは、なかなかうまくいかないこともある。子どものことを心配し過ぎてしまって煙たがられたり、愛あるが故にすれ違いが起こったり、お互い傷つけ合うなんてこともあるかもしれない。

でも、「もの」はそういうことがない。

ただ、そこにあって静かに一緒に時を重ねられる。無言だが、ものに愛情を注ぐことはできるだろう。

ものとの信頼や愛は、年月とともに確実に深まっていくものなのかもしれない、と、ふと思ったりする。

だからこそ、「太陽」の短編の中で、主人公は、その信頼しきっていた「もの」を失った悲しみを感じたのかもしれない。

今まで私は、身の回りの「もの」というのは、なんとなく人よりも頼りにできないような気がしていた。

でも、実はそれは少し違っていて、人と同じくらいの、いや、人以上に日用品が、自分を満たしてくれる可能性もあるかもしれない。

そんなふうにとりとめなく考えてしまう。

そして私だけではなく、「太陽」の主人公だけでなく、もしかしたら、色んな人が、そういう大切な「もの」をひっそりと持っていたりするのかもなぁと考えると、なんだかそわそわと嬉しい気持ちになったりする。

皆さんには、そういう「もの」ってあったりしますか。






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