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「6秒間の奇跡」のアート

掃除をしていたら、2010年発行の雑誌が出てきた。『月刊バスケットボール』という名前の雑誌。久々にその表紙を見て、10年前の「奇跡」の出来事を思い出した。

私は、初めて聞く人には、信じられないという顔をされるけれど、バスケットボールが大好きである。

小学生の時には、バスケ部に入っていて、ほぼ毎日、放課後には体育館に行って、無心にシュートを打ち続けるということをしていた。

試合をするのももちろん楽しいけれど、私は、シュートの練習をしているだけでも、ボールに触っているだけでも、床をボールが打つ音を聞いているだけでも楽しかった。

今思えば、あれは私にとっては、アートのようなものだったのだろうと思う。

同じように打ったつもりでも、入る時もあれば、入らない時もある。
打った瞬間に、「入った」と思える場合もあれば、「あ、ちょっとずれちゃったかも」と思う時もある。ボールを放ってから、そのボールがゴールに吸い込まれるか、はじかれるか、その軌跡を一心に見つめる瞬間は、一瞬だけれど、まるでスローモーションのように長い。

シュートがゴールに入るかどうかは、0.01ミリ、0.001秒の判断の差で決まる。そして、シュートを打ってしまったら、できることは、入ってくださいと祈るのみ。

すーっとゴールに吸い込まれてくれることもあれば、何回かバウンドを繰り返し、「入るの?入らないの?」とやきもきさせられながら、ポロっ入ることもあるし、一瞬ではじかれてしまうこともある。

そのコンマ何秒かの間の、ボールとゴールの攻防が、見ている人にはたまらない。

そんな大好きだったバスケの部活も、いろいろ事情があって、小学校だけでほぼ終わってしまったのだけれど、2007年に、栃木にバスケットボールのプロチームができた。

リンク栃木ブレックスという名前のチームには、あの有名な田臥勇太がいた。日本人で初めて、NBAでプレーした選手である。これは、栃木出身の私が、応援しないわけにはいかない、ということで、それから、バスケの試合を時々、見に行くようになった。

男子のバスケでは、「アイシン」というチームが昔から強くて、2008年~2009年の間は、男子バスケリーグをアイシンが二連覇していた。

そして、2010年。

三連覇をねらうアイシンは、1位でプレーオフへのチケットを勝ち取った。リンク栃木ブレックスは2位、3位はパナソニックトライアンズ。4位は日立サンロッカーズ。

この4チームでプレーオフが行われる。準決勝では、1位×4位、2位×3位の対戦となり、先に2勝したチームが決勝に進む。そして、決勝で先に3勝したチームが、チャンピオンとなる。

アイシンは、問題なく、2連勝で日立を下し、決勝に進んだ。

注目されたのは、2位のリンク栃木と3位のパナソニックの対戦。2位と3位で実力が拮抗しているチームなのだから、当然だ。初戦は、パナソニックが勝利し、第2戦は、リンク栃木が勝利した。第3戦で、どちらのチームが決勝に進むかが決まる。

その決勝への切符をかけた戦いで、1つ目の奇跡が起きた。

バスケの1試合は、10分間のクォーター×4回なのだけれど、第3クォーターが終わった時点で、パナソニックが大きくリードし、19点差もあった。こんなにも大きく差がついてしまっては、リンク栃木の勝利はほぼ絶望的である。

バスケの試合は、点が入るごとに攻守が交代するから、普通に両チームが点を入れ続けていくなら、点差は縮まらない。19点差を縮めるには、相手にゴールを外させるか、相手のボールを奪うか、そのどちらかをしながら、かつ、自分のチームが点を入れ続ける、という難儀なことをしなければならない。

観客は、この時点で、ほぼ勝利を諦めていたのではないかと思う。ところが、そこから「奇跡」の快進撃が始まった。

田臥が神がかったように点を入れ続け、流れはリンク栃木の方へと大きく変わり、57-59と2点差まで詰め寄ったかと思うと、残り1分30秒で、なんと同点になったのである。

この時点で、会場は総立ちである。

そして、残り39秒のところで、リンク栃木がシュート。点が入り、81-80と逆転。観客の歓声が止まない中、リンク栃木がそのまま勝利をおさめた。観客は、19点差をひっくりかえすという、あり得ない「奇跡」の逆転劇を目撃することになったのである。

ヘッドコーチも試合後のインタビューで、「19点差をひっくりかえすという信じられない偉業を、選手たちはよく成し遂げてくれた」と言っていた。

続く決勝戦。

アイシンとリンク栃木との決勝戦でも、2つ目の「奇跡」が起きた。決勝戦の会場は、代々木体育館。

第1戦、第2戦ともに、アイシンのリードで始まったものの、9点差、15点差をくつがえし、リンク栃木が逆転勝利した。

迎えた第3戦。この試合に勝てば、リンク栃木の優勝が決まる。
対して、アイシンはここで負けたら終わりの崖っぷち。両者の白熱の戦い。

第3戦も、第1戦、第2戦と同様、アイシンのリードで始まり、一時は10点のリードをされるものの、リンク栃木が怒涛の追い上げをみせる。

そして、なんと……試合終了まで残り6秒で、3点差。

55-58。

リンク栃木は、ここで、タイムアウトを要求。
観客もみんな分かっていたけれど、ここでできることは1つしかない。

6秒の間に、スリーポイントシュートを打って、3点差を縮めて、同点にすること。それしか、方法はない。そして、延長戦に持ち込むこと。
リンク栃木に残されている手立てが、それしかないことは誰の目にも明らかだった。

ただ、それをどうやるか。

6秒の間に、スリーポイントの成功率が高い選手にパスを出して、シュートを成功させること。それをどうやって成し遂げられるか。コーチと選手たちがそのことを必死に考えているのだろうことは、誰にでも予想がついた。

観客は、みんな息をのんで、試合再開を待つ。
観客たちは、きっとみんなこう思っていたに違いない。

「一体、どんなプレーを見せてくれるの?」

6秒しかないのだから、何か1つでもミスをしたら、それでもう終わり。試合終了。少しのミスも許されない。そんな緊張の中、選手たちが、コートに戻る。

試合再開。

6、5、4、3

スリーポイントの成功率が高い選手にパスが通る。ディフェンスを振り切って、スリーポイントシュートが放たれる。

綺麗な放物線を描いて、ゴールに向かっていくボール。その行方を固唾を飲んで、見守る観客たち。

ビーっと試合終了のブザーが鳴ると同時に、ボールは、すーっとゴールに吸い込まれていった。

ブザービーター。
わーーーっと歓声が鳴る。

試合終了の直前にゴールに向かって放たれ、そのシュートがゴールに入ることで試合が終わるショットのことを、「ブザービーター」と言う。

そんなシュートは、そうそう見られるものではない。しかも、6秒間で完璧に成し遂げられたスリーポイントシュート。そして、それで同点になるという奇跡。

「6秒間の奇跡」を目にした瞬間だった。

そうして、延長戦に突入しても、リンク栃木の勢いは止まらず、リンク栃木は、その年の王者になった。

チャンピオンになったことはすごいことだけれど、私は、勝つとか負けるとかには、そんなに興味はない。

私が魅かれるのは、綺麗な放物線を描いて吸い込まれるように、ゴールにボールが入る瞬間とか、0.001秒の判断の差で通ったパスとか、0.01ミリずれていたら入っていなかったかもしれないシュートが入る奇跡とか、そういう類のもの。

それはアートと言って良いと思う。

例えば、音楽も同じ。音楽は、その時、その瞬間にしか出せない音を出すために全力をかける。その時、その一瞬にしか経験できない奇跡。そこにアートの本質の1つがあると思う。

バスケットボールは、一秒にも満たない一瞬に全力をかけて、奇跡を起こすアートなのである。人は、その一瞬の奇跡のアートを見たくて、会場に足を運び続ける。


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