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桜の散りゆく意味 #2〈終〉


「どこか行きたいところ、ある? 」

イヤフォンから届く、くぐもった声
時折、車が通り過ぎるザーッという音が
二人の会話を容赦なく遮った

「えっとね、桜が見たい 」

叶わないってわかってること
意地悪でお願いしてみた

「無理じゃない? まだ咲いていないでしょ」

「そうかな」

そうだよね
わかってるわよと微笑んだ

でもその微笑みは
あなたには届かない

桜の美しく咲く時期がこんなにも短いなんて
気づくこともなかった

あなたと一緒にいられる時間が
限られている僅かなものだったからこそ
花の散りゆく意味を
考えることができたのだと思う

「なら、ここ行きたい」

「どこ?」

「豊洲」

会話しながら
トーク画面にURLを貼り付け送信する

「行ったことある?」

「いや、ない」

「決まりね」

すぐに二人分のチケットを予約した

「もうすぐ家に着くから」

「そっか」

何とも伝え切れない想いを燻らせたままま
スマホを持ち替えた

「お仕事帰りで通話してくれて、ありがとね」

声で笑顔を伝えなきゃいけない

「こちらこそ、ありがとう」

ポロンっと音を最後に
イヤフォンはただの塊と化して
耳に不快な痕を残す

通話を切ることなんて
もうとっくに慣れたはずなのに

白いコードを引っ張り
強引に耳から異物を取り除くと
また解くのが大変だとわかっていても
ぐしゃっと丸めてカゴに放り込んだ

考えないようにするために



「日本列島桜前線のゴールが見えてきた」

そんなニュースをスマホで流し見していたら
あっという間に駅に着いていた

改札であなたの姿を見つけると
ほっとした次に天候が気になりだしてしまう

高層ビルが間隔を空けて立ち並ぶ開放的な臨海地区
広く見通しの良い洗練された美しい都会の風景

少し薄曇りだけど晴れて良かった

「最近気持ち安定してるのかも」

「雨女出てこないね」

意地悪く言うあなたの目元を下から見つめ上げる

いつものようにあなたの左手に
わたしの右手を滑り込ませて
心地よい位置を探して何度か握り直した

「ゆりちゃんから手を握ってくれたのが嬉しい」

そう言われてから
会えた時は自然と
あなたの手を求めるようになった


薄暗く狭い一本道を
お化け屋敷のようにワクワクしながら
手を繋いだまま進んでいく

水が流れてきたり、安定しない凸凹の床を進んだり
生花の香りが漂ってきたりと
五感が刺激される新しい形のテーマパーク

「今日は、桜を見にきたの」

現実ではとっくに散ってしまったそれを

何度も何度も
あなたに伝える

わかったわかったと、
わたしのペースに合わせて
ゆっくり手を引きながら
あなたはわたしの隣にいる


暗闇の道を抜け
いくつか部屋を通り過ぎていくと
メインの大広間にたどり着いた

多くの人々が宙に浮いている

あなたは二人分のスペースを見つけると
寝転ぶ人の合間を上手に縫って進み、腰を下ろした

座り込んだつもりだったのに
心が騒つくような浮遊感に
気持ちが落ち着かない

360度どこを見渡しても
全てに散りゆく花々が映り込む

荘厳な音楽に聴覚も奪われて
上下左右の感覚も失いかけた

こっちにおいでと手を広げて寝転ぶあなたに
もたれかかるようにしてゆっくり体を倒す

確かにあなたの存在を感じながらも
正体不明な不安が押し寄せてくる

パッと目の前を大きな向日葵が通り過ぎて
思わず顔を背けてしまった

紫陽花、朝顔、桔梗、百合、彼岸花、コスモス、
菊、牡丹、椿、パンジー、チューリップ、ガーベラ、、、

次々と宙を舞い散る四季折々の花々

花びらや花冠かかんだったり、葉だったりと
散り落ちた姿のまま、時の中を飛び去っていく

あぁ、一年が流れてゆく

この一年で
あなたから何を受け取ったのかしら

この一年で
わたしは何を与えられたのかしら

確かにキミの隣にいる意味って
いったい何だったのかしら


視界の全てがピンク色に染まった時
不安を拭い去るような大風が吹く

大木から生命を分け与えられ生まれた桜の花
首だけになって宙を舞い、花である形を次第に失っていく

そう、これは幻想デジタル

現実リアルの美しく咲く桜を
隣で一緒に見たいって

現実リアルの四季が変わりゆく様を
隣でずっと感じていたいって

現実リアルのあなたが
どうしても欲しくなったって

全ては叶わぬ幻想デジタルだって

わかったから



いつの間にかまた
向日葵が目の前を通り過ぎていった

「一年ありがとう、桜一緒に見られて良かった」

手を引いて体を起こしてあげながら
できるだけ笑顔で伝えた

「うん、ありがとう。今日は楽しかったね」

あなたはいつもと変わらない
返事をした

***

もう榎を直視できなくなっていた

手元の白い紙袋だけを
ただ見つめ続ける

自分をめぐってくるえにし
必ず意味を持って巡ってくるものだと
信じていたいのに

大切にすべき本当に必要な縁が
わたしには
もう、わからないの

心に燻る残痕が残恨へと
まもなく変わってしまうことに
気づいたから

あなたにとってわたしは
未来ある本物リアルの良縁なのかと

わたしをめぐる大切な人の名前を
絵馬に書き連ねる

あなたがたにとって
わたしが悪縁となりうるのならば

どうかそのご縁は
ここで解き切ってくださいと

願わずにはいられない

あと何回、
美しく咲く桜を見ることができるのだろうかと

余命に例えられることの多い桜

散り終えた後
たとえわたしがいなくなっても
一年経てば花は変わらず咲きほこる

十分な生命エネルギーを蓄えて
次の春に美しく咲くために
散っても再度、生き始めるの

再生へ向けて

終わりは始まり

散りゆく縁は
また廻るのだから



ゆっくりと絵馬を結びつける

鳥居を抜け礼拝をすると
不安を拭い去るような大風が吹いた



あぁ、わかったわ


あなたの隣は
間違いなく

居心地が良かったんだって



「桜の散りゆく意味」

~END


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恋し続けるために顔晴ることの一つがnote。誰しも恋が出来なくなることなんてないのだから。恋しようとしなくなることがわたしにとっての最大の恐怖。いつも 支えていただき、ありがとうございます♪