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ロシアによる戦争から「SDGs」を考える

1.SDGsに関する誤解 環境問題の解決=SDGsではない


近頃、SDGsは、単なるマーケティングのための道具として、すっかり成り下がってしまった印象を受ける。理念や仕組み、中身が理解されないまま「SDGs」という言葉だけが、一人歩きしてしまっている。SDGsバッチってなんか胡散臭いよね(笑)といわれてしまう始末。高々とSDGsを掲げながら、同時に大国が戦争をしている矛盾だらけの世界だ。こんな矛盾を抱えた奇妙な歴史的転換点はそう多くないはずなので、文章に残したいと思う。

SDGs の認知度は2021年12月時点で76.3%となり、30%以上(昨年比)増加した。2021年6月現在では、おそらく9割近いのではないかと思われる。「聞いたことがあるか」という問いなので、理解しているかどうかは別として、まあ、そのくらいのパーセンテージになるよなあと納得。

出典:朝日新聞社 第8回SDGs認知度調査

というのも、ここ半年〜1年の間、テレビでSDGs 特集が本当に多かった。未だ世論の支配者として君臨しているテレビ局様の影響は絶大なようだ。「SDGs week」なるものが複数局で放送されれば、急速に社会に浸透するのは至極当然。それ自体は良かったんだけど、その際、「地球に優しく、地球を笑顔に」みたいな表現を多用したせいで、SDGsは環境問題の話、という画一的で誤解を生むような認識が増えてしまった。もちろん脱炭素は重要だが、プラ削減や節電をすることが最も重要な目的ではない。

環境問題を解決することがSDGsではないのだ。どうしても□□□□=SDGsといった等式が欲しいなら、貧困をなくすことがSDGsである。SDGsが最も重視しているのは、貧困の根絶だ。SDGsが採択された際の文章「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中には、冒頭に"極端な貧困を含む、 あらゆる形態と側面の貧困を撲滅することが最大の地球規模の課題"とある。世界から貧困を無くすことが一丁目一番地なのである。SDGsという言葉だけが独り歩きしてしまっているので、今一度、多くの人に原文を読んでほしいと思う。「情報は原典にあたれ」という基本に忠実でありたい。原典にあたって、その言葉と対峙し、深く味わおうとしない限り、その言葉は単なる流行り言葉で終わってしまう。後ほど触れるが、原文をきちんと読むと貧困を無くすために、平和がいかに大切かについて語られている。貧困問題の鍵を握る「平和」についても改めて考えていきたい。

ちなみに僕は、流行り言葉が大好きだ。newspicksを漁ったり、deepLに頼り論文をディグったりして、流行りを探すことを意識している。教育では「ICT」「SDGs 」「探究」全てに飛びついている。単に飛びついているのではない。未知のものを理解する手立ても含め、今ある社会の潮流を、まず自分がしっかりと理解して、生徒にきちんと伝えなければという気持ちが大きい。流行りに飛びついているだけでマウントをとられたり、嫌味を言われたりするが、僕の役割はVUCA(先行きを読みきれない)時代においても、時代を先回りして創っていける人その時代の激しい変化の波に取り残されない人を育てることだと思っている。肩肘はらず、時代の変化をリラックスして捉えられる人を少しでも増やしたい。

2.SDGs成立過程におけるロシアの振る舞いとは

話は本題に戻って、情報の原典に近しい書籍をもとにして、SDGs について改めて考え直してみたい。とりわけ、ロシアによるウクライナ侵攻や平和、という観点から読み解いていきたい。岩波新書からでている南博さん、稲葉雅紀さん著「SDGsー危機の時代の羅針盤」と中公新書からでている蟹江憲史著「SDGs (持続可能な開発目標)」は、SDGs の特徴や成立の経緯が載っており、示唆に富んでいる。

SDGs の仕組みや成立の経緯が載っているので、改めてSDGs を理解するのにおすすめ✨

ロシアによるウクライナ侵攻は、2015年に国連でSDGsが採択されて以来、初めての戦争といえる。それ以前にイラク戦争はあったが、今回のそれとは訳が違う。まさか、この2022年に隣国であるロシアが実際に戦争を起こすなんて考えもしなかった。世界を震撼させた出来事だ。国連によるウクライナからの即時撤退を求める決議案は、常任理事国であるロシア自らの拒否権行使により否決された。侵略戦争を強行するロシアが常任理事国として、拒否権を持つという不合理なシステムがある以上、残念ながら国連は機能不全に陥っていると言われても仕方ない。

先の見えない変化の激しい時代においては、ゆっくり民主的な手続きを踏むより、ロシアや中国のような独裁的な体制の方が、素早く対応できるので、「それはそれで有利だな、民主主義っていまいちだなあ」と思った矢先、独裁者の暴走が起きた。一人にこれだけの権力と権限が与えられるのは、本当に恐ろしい。民主主義のがまだマシなのかも。ところで、プーチンによるプーチンのためのロシアは、近年、国連でいったいどのように振る舞ってきたのだろうか。非常に気になるところである。SDGs成立過程において、その片鱗を垣間見ることができる。

MDGs(SDGsの前身)のゴールは8つであった。SDGs成立過程において、17の目標は多いと感じている国は多かったようだ。最も揉めたのは、ゴール13の気候変動に関する目標だった。ロシアは気候変動に関して懐疑的、否定的であったが、結局、市民社会や学界からの強い要請により独立のゴールとして成立した。

ヨハン・ロックストロームとバラク・オバマの言葉

SDGs成立過程において、気候変動に関するゴール13と同じく、最も紛糾したのは、ゴール16となる平和で包括的な社会に関しての目標である。元来の持続可能な開発は、社会・経済・環境の3つを調和・統合させることだとして、平和的な社会という概念は含まない。平和は、国連の分類法では、政治・安全保障の分野に入るため、持続可能な開発の範疇ではない。しかし、先進国などの推進派は、平和的な社会こそが、持続可能な開発の根本として必要になると強く主張した。また、英国のキャメロン元首相は、平和の重要性に加えて「説明責任を果たす効果的な政治体制」が重要だと述べた。SDGsが採択された際の文書にも「平和なくしては持続可能な開発はあり得ず、持続可能な開発なくして平和もあり得ない」と記載されている。

ヤン・エリアソンの言葉

しかし、ロシアは持続可能な開発の枠組みに、社会的な平和や政治的な問題が入り込むことに強く反対していた。ここに、過去、独立をめぐり国土のほとんどが焦土化し、極めて苦い経験をもつ東ティモールが平和の重要性を説いた。この国は、過去、国民の1/3が紛争や飢餓によって亡くなっている。そして、殺戮や略奪、放火は当然であり、2002年に独立したものの、失業率が8割を超えるなど、紛争に苦しめられ続けた国である。この東ティモールが、議論の中で平和的な社会に関する独立ゴールが必要であると堂々と主張したことにより、アフリカ諸国の共感も呼び、ゴール16「平和と公正をすべての人に」は誕生した。

このようにロシアは、2015年、SDGsそのものには、形式的に合意したものの、成立過程においては、環境問題に関する目標に加えて、「平和」に関する目標にまで強く反対していた。こうしてみると、今、侵略戦争を起こしているロシアという国は、もとより、これっぽちもSDGsに賛同なんてしていなかったのだと解釈できる。(ロシア国民が、とは言っていません)


3.「平和」こそ、「持続可能」そのものである 平和の崩壊がもたらすもの

そもそも「平和」と「持続可能な社会」の実現は、本当の意味で同じかもしれないと蟹江さんは述べている。辞書を引くと、「平和」の意味として、「戦争がなくて世が安泰であること」に加えて「おだやかで変わりのないこと」とある。変わりのないようにすることが持続可能だとすれば、平和=持続可能な社会という理解も正しいのではないだろうかと。ロシアは、平和という根幹を崩し、全世界の問題を連鎖的に悪化させているのは間違いない。
最重要課題である貧困問題の解消は、複雑に絡まり連鎖的に存在している問題を解決していく総力戦であるが、その根幹である「平和」を決して崩してはならない。平和は空気のようなもの。当たり前のように感じるが、無ければ皆死んでしまう。平和の崩壊は、SDGsの崩壊と等しいのだ。

実際に、ロシアによる戦争の影響として、小麦などの食料輸出が困難になることで貧困(目標1)や飢餓(目標2)がアフリカを襲っている。また、ロシアは温室効果ガスを比較的出さない天然ガスの輸出大国であり、気候変動(目標13)対策にも悪影響が出ている。ガス価格の高騰は、石油を輸入している途上国を経済的苦境と不況におとしいれる。また、人道支援のための資金が国防費や軍事費に回されてしまうだろう。戦争が長引いたら、物価・エネルギー価格の高騰は当然として、難民が増加し、いくつかの地域では、数十年前に逆戻りし、数世代に渡って深い社会的・経済的な傷跡が残るだろう。このように悪い影響を考えると枚挙にいとまがない。恐ろしいくらい世界はこんなにも繋がってしまっているのだ。つながってしまった世界において平和が崩壊することの恐ろしさを私は痛感している。

4.2022年 ロシアのSDGs達成度は何位? ちなみに日本は19位

2022年6月に毎年発表される世界各国の達成状況を評価する「持続可能な開発レポート」において、日本は19位と前年より1つ順位を落とした。具体的には目標12「つくる責任つかう責任」が新たに最低評価となってしまった。電子機器の廃棄料とプラスチックゴミの輸出量が多いことが響いている。下記の画像は、昨年(2021)の日本の結果を表現したものだ。(SDGsの桶についてはこちら)目標5、13、14、15、17が最低評価だったが、新たに目標12が追加されてしまった。13の板の隣(左端の少し飛び出ている茶色い板)まで一番低い板になってしまうのだから、より持続可能性という名の水はこぼれてしまうだろう。

2021年 日本 SDGsの桶 【18位→19位】

※「課題は国境を超えて連鎖するので、一国のみを桶として表現するのは、おかしい」とのご指摘もいただいたが、あくまでも、視覚的なわかりやすさを優先した図ですのでご注意ください。日本だけの順位を見るのではなく、様々なデータをもとにしてSDGsの達成状況を世界全体で俯瞰的に見ることが大切です。

それでは、お待ちかね、ロシアの順位は一体何位なんだろうか、と気になった方も多いのではないでしょうか。ちなみに2021年度は、46位という結果でした(下記イラストの通り)

2021年 ロシア SDGsの桶【46位→45位】

さぞかし、2022年のロシアの結果は散々なものになるだろう(世界の感情を反映させたら最下位だろう)と思ったが、なんと結果は45位だ。一つ順位をあげている。なぜなんだろう。

2022年 SDSN発表 達成度ランキング ロシア

実は、今回のレポートには、新型コロナウイルスの影響は十分に反映されている一方で、データの収集や時期的な問題もあり、ロシアによる戦争の影響は、反映されていない。そのため、このような結果になった。したがって、2023年、来年のSDGs達成度については、ウクライナ侵攻の影響が加味されるため、より悪い結果、更なる後退は確実と言ってもいい。その時には、SDGs の期限である2030年まであと7年を切ってしまっている。

5.「戦争」や「平和」の度合いを測るSDGsの指標は少ない

それでは、SDGsの達成は、どの程度ロシアによる戦争により遠のくのだろうか。どれだけ戦争が長引くかや、昨今の物価とエネルギー価格の上昇なんかにもよるだろうけど、ほぼ全ての目標に間接的・連鎖的に波及するだろう。16番「平和と公正をすべての人に」に大きく悪影響を与えるのは言うまでもない。16番に紐づく12個のターゲットの1つ目は、16.1「あらゆる場所において、全ての形態の暴力及び暴力に関連する死亡率を大幅に減少させる」である。そのターゲット16.1を測る指標として、以下のものがある。

16.1を測る指標(Grobal Indicator)

16.1.1や16.1.2は、戦争にダイレクトに結びつく指標であり、16番「平和と公正をすべての人に」の目標達成を後退させるものであることがわかる。しかし、この2つを除き、平和な状態かを測る指標や直接的に戦争の影響を測る指標はあまりない。テロや侵略の度合いを測る個別の指標は少ないのである。したがって、来年のロシアやウクライナのSDGs 達成度ランキングは、我々が思っているよりも下がらないかもしれない。つまり、ポストSDGs では、指標の見直しや実態との整合性を考える必要がある。

また、今年(2022年)のSDGs達成度ランキングに用いられている指標は以下の11個である。

自殺率 未決拘禁者の割合 住んでいる地域で夜一人で歩けると感じる人の割合
財産権 公的な出生登録 腐敗認識指数 児童労働 主な通常兵器の輸出額 報道の自由度 
司法へのアクセス 人口あたりの刑務所収容人数

こうしてみると「平和」に関する項目よりも「公正」に関する項目の方が多い。SDGs 採択時の原文を読んでも紛争や人道危機という言葉は出てくるが、戦争というワードは出てこない。この項目の中で言うと「主な通常兵器の輸出額」は戦争との関係性が深い。この指標に限っては、戦争や平和の度合いを測る指標と言えるだろう。ロシアはカラシニコフという銃を、中国は威力のある地雷を製造している。軍事産業でご飯を食べている人や軍事産業の発展によりインターネットのような最新技術が誕生することを考えると一筋縄ではいかないのだろうが、やはりESGの観点から、反社会的・非倫理的な産業を投資対象から外す(ネガティブスクリーニング)ことが重要。理想的には、通常兵器の輸出額はゼロになるべきだ。自国の防衛を考えたら憲法9条だけでは、駄目なのもわかる。かといって、兵器や核の武装・シェアリングをすれば良いという問題でもない気がする。こういった議論が盛んにおこなわれている今、ポストSDGsには「平和」に関する項目をより多く設定する必要があり、かつ、それを定量的に測る指標も今より多く設定しなければならないのかもしれない。

話は戻り、この2022年の世界において、これだけの規模の国どうしが戦うなんて、SDGs策定過程においては、誰も想定していなかったのだと思う。それゆえに、戦争の直接的な影響や平和な状態かどうかを測る指標が少ないのも仕方がない気もする。見方を変えれば、大規模な戦争が起きた時点で、SDGs はゲームオーバーだということかも。「ある一定程度」の平和という大前提のもとに、SDGs は成立していると言える。

6.SDGsは、統計の力で戦争の原因を減らし、予防してくれる

ここまで、SDGs の最重要課題は貧困の解消であり、その鍵であり根幹であるのが「平和」だということ。SDGs 策定時のロシアの態度をみるに、決してロシアはSDGs に賛同していたとは言えないこと。そして、SDGs 達成度ランキングとそれを測る指標をみるに、平和や戦争に関する指標が少なく指標の選定に課題があること等についてふれてきた。

指標の開発や選定には課題があるものの、達成度を測るのに用いられるグローバル指標には、5つの基準が設けられており、質が担保されている。
①多様な国の状況に対応でき、かつグローバルな測定に適していること
②統計的に適切性があること
③適切にアップデートされているデータであること
④当該問題の計測に適切なデータの質が確保されていること
⑤人口100万人以上の国連加盟国の80%以上の国で手に入る指標であること
これらを満たすことが条件となっているため、問題なく比較することができ、信頼性の高いデータとなっている。

SDGs 達成状況を「測って比べられる」ことは、SDGs を推進させる唯一のメカニズムであり、極めて重要な仕掛けである。ここまでデータを見てきたように数値目標がモニタリングされ、毎年、達成度合いや進捗状況が全世界に公開され共有されている。これによって、世界中の情報と現状が正しく可視化されることで、世界中で正しい行動が生まれている。SDGs は「統計の力で世界を変える」といわれる。進歩を測る指標として「経済」を第一に考える指標ではなく、「人」や「持続可能性」を第一に考える指標であることも大きい。

SDGs は統計の力で世界を変える。


SDGs は希望の光だと私は信じている。「将来の世界の姿はこうあるべきだ」という大きな目標に、世界の全ての国が合意したことは、歴史上これまでにない。政治的、地理的、経済的、軍事的パワーの違いを超えて、対話により世界の進むべき方向性が明らかになったことは、大変素晴らしいことであり、希望の光である。

今後はビッグデータなどを参照して、SDGsがもつ統計の力をより一層活用し、世界中の問題を可視化することで、正しい行動が広がるだろう。 経済を安定させ、地球環境を守り、医療や教育など生活の基盤を安定させ、最終的に、格差や不平等を減らし、貧困を解消する。そして、誰一人取り残されない社会を実現することが「争い」を減らすうえで大切である。SDGsは、戦争の原因を減らし、戦争が起こることを予防してくれる。そう信じている。

芽もりー











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