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【読書録】『真田太平記』池波正太郎

今日ご紹介するのは、私の大好きな作家、池波正太郎先生の、長編歴史小説、『真田太平記』。有名な作品であるし、テレビドラマにもなったので、ご存知の方も多いだろう。私の持っているのは、冒頭の写真の新潮文庫版、全12巻。12巻それぞれが500ページ以上に及ぶ、超大作だ。

ひとことでいうと、信州の小大名である真田一族を中心とする登場人物が、戦国時代の乱世に翻弄されながら生き抜く物語だ。主たる登場人物は、真田昌幸とその息子らである長男の信幸(信之)、次男の信繁(幸村)と、真田家の家来や、真田家に仕える「草の者」(忍者)である、お江・向井佐助などだ。

真田家が、関ヶ原の戦いと、大阪冬の陣・夏の陣にて、親子兄弟が敵味方に分かれて戦ったことは有名だが、そのような戦国時代の史実に、忍者の活躍などの創作を加えて、手に汗握る歴史ドラマに仕立ている。たくさんの武将とお城が山ほど登場する。

だから、戦国歴史ファンであり、お城ファンである私にとっては、理屈抜きで面白く読める。武田家滅亡から、本能寺の変、秀吉の小田原攻め、関ヶ原、大阪冬の陣、夏の陣、江戸幕府の2代将軍秀忠の治世まで。日本史上、最もドラマチックなこの時代の流れを、真田一族の目線から追うことができる。

そして、物語のそこここに、人間の一生の意味や、家族や愛する人との絆などについて、深く考えさせるエピソードが仕込まれている。歴史にそれほど興味がない人にとっても、物語を読んで心を震わせる、読書の醍醐味を味わうことができるだろう。

全12巻の取り扱う時代は、以下のとおりだ。

1巻 武田氏滅亡、本能寺の変
2巻 賤ケ岳の戦い、清須会議、小牧・長久手の戦い
3巻 秀吉の小田原攻め
4巻 朝鮮出兵
5巻 秀頼誕生、秀吉の死
6巻 家康の会津攻め、真田本家と分家の別れ
7巻 関ヶ原の戦い
8巻 昌幸と幸村、九度山へ
9巻 秀頼上洛
10巻 大阪冬の陣
11巻 大阪夏の陣
12巻 徳川秀忠の治世

以下、私が特に感動したシーンを書き出しておく。

(…)矢沢頼綱は、
「もしも、本家分家の争いが戦となりまいたるときは、それがし、あなたさまへ槍をつけることになりまする。その御覚悟にて、兵を養い、領国(くに)を治めねばなりませぬ」 
 烈しい気魄のこもった声で、信幸にいった。
 それが、矢沢頼綱の最後の薫陶であった。
 以後、頼綱は、あくまで本家の家臣としての態度をくずそうとしなかったのである。
(3巻p506)(昌幸の叔父・矢沢頼綱が信幸に言った言葉)
 昌幸や幸村、それに信幸などばかりではなく、この時代の、すぐれた男たちの感能はくだくだしい会話や理屈や説明を必要とせぬほどに冴えて磨きぬかれていたのである。
 人間と、人間が棲む世界の不合理を、きわめて明確に把握していたのであろう。
 人の世は、何処まで行っても合理を見つけ出すことが不可能なのだ。
 合理は存在していても、人間という生物が、
「不合理にできている……」
 のだから、どうしようもないのだ。
 人間の肉体は、まことに合理を得ているのだが、そこへ感情というものが加わるため、矛盾が絶えぬのである。
(7-139)
(......)春の陽を受け、凪わたった海原をおもわせるような微笑(......)
(8-181)(お家騒動のために親しくしていた滝川三九郎と対決しなければならないことになった、柳生五郎右衛門の笑顔の描写)
「よろしいかな。武士(もののふ)の一生は束の間のことじゃ」
「は」
「その束の間を、いかに生くるかじゃ」 
「うけたまわった」
「まいれ!」
「応!」 
(8-187)(滝川三九郎がお家騒動のために柳生五郎右衛門と対決するシーン)
 女の直感は、自分に都合のよいようにはたらくものなのである。
ゆえに、的中するときは見事なものだが、当たらぬときは、まるで見当がちがうところではたらいてしまうのだ。
(9-498)
 旧主・真田幸村の側で死ぬつもりとなり、沼田を出奔し、若き日の自分をたしかめているうちに、はからずも佐平次は、五十余年の、一瞬のうちに消え去った歳月の重味をたしかめ得た。
 そのとき、いかに人の一生のいとなみが果敢ない(はかない)ものかを知ったのであろうか。
 歳月の威厳の前に、ひれ伏したい心になったのであろうか。
 両手に頭を抱え、いつしか佐平次は嗚咽していた。
(10-210)
「(......)戦には魔性があって、この魔性に立ち向かい、戦機を得るためには、書状をいじりまわし、政令を案ずるようにはまいらぬのだ。」
(10-220)(石田三成を小西行長が評した言葉) 
(戦は内側から破れる......)
(10-258)
「人は、おのれの変わり様に気づかぬものよ。なれど、余人の変化は見のがさぬ」
(10-284)(15年ぶりに向井佐平次に対面した幸村の言葉)
(人の一生などというものは、高が知れたものだ)
 また、権勢や、それにともなう栄光も、長い目で見れば、
(さしたることでもない……)
 と、佐平次にはおもえてきた。
(10-287)
 兵は、直属の上官しだいなのだ。
 直属の上官が愚劣な場合は、
(よろこんで死ねない…)
 ものなのである。
(10-416)
 そのころの武士(おとこ)たちには、泣くべきときには、おもいきって号泣できるだけの、熱い血がながれていたのである。
(10-419)(伊木七郎右衛門が幸村との会話で男泣きに泣くシーン)
 人間という生きものは、その肉体の変化によって心も変わる。
 武将の、いや大軍をひきいる総大将は、それにふさわしい肉体をもたねばならぬ。
 りっぱな肉体でなくともよい。美しい姿でなくともよい。
(10-440)(秀頼の容貌が醜く変わったことを表現するシーン)
 女という生きものは、何事につけても、
「よいことのみ……」
 を、おもっている。
 先の見通しなどは、ほとんどもたぬ。
 すべての女が、そうだというのではない。
 しかし、それが女の本性なのだ。
 たとえ、それが真実であっても、
「悪しきこと……」
 には、強いて目をつぶろうとする。
 すべての物事を、
「よいように、よくなるように……」
 と、おもいつめる。幻想を抱く。
 それがまた、女のよさでもあり、物事をわきまえぬ強さなのでもあろう。(11-168)
「かたじけない」
「たのみ申す」
「心得申した」
(11-402)(大阪夏の陣、毛利勝永と幸村の会話)
「地獄の門にて見参つかまつる」
「うけたまわった」
(11-435)(大阪夏の陣にて、伊木七郎右衛門と幸村の最後の会話)
 幸村は、馬上から、ちらりと向井佐平次を見下ろし、
「向井佐平次、冥途で会おうぞ」
 と、声を投げてよこした。
 佐平次の口から、白い歯がこぼれた。
(11-441)(大阪夏の陣にて突撃するシーン)
「女性は、物事を、あまりに深く考えぬのが、それがしはよいと存じまする。ただ黙って、男の腕へ円満に抱かれますのがよろしゅうござる」
(12-21)(信之がインテリ女性の小野のお通へ心ひかれる様子を見て、家臣の鈴木右近が述べた言葉)

こうして書き出してみると、私の印象に残ったのは、次のようなシーンだったと思う。

●この時代の、武士たちの潔い心意気を描くシーン。

●短い言葉のやり取りで、お互いの気持ちをすべて察しあうシーン。

●不条理な運命に逆らえず、親しい人と今生の別れの言葉を交わすシーン。

●この時代の男女観を表しているシーン。

これらのシーンは、現代の社会観、家族観、男女観などとかけ離れているだけに、フィクションとしてどこか覚めた目で見つつも、鳥肌が立つような、日本人として忘れていたDNAが呼び起こされるような、なにやら矛盾した気分にさせられる。

このように、物語を通じて、自分の感情や感覚と向き合うことができるのが、優れた小説を読む醍醐味だと思う。きっともっと年老いてから読むと、また違った感覚を味わえるはずだ。そのときが楽しみだ。

ご参考になれば幸いです!

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