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【読書録】『霧の旗』松本清張

今日ご紹介するのは、松本清張先生の長編小説、『霧の旗』。映像化もされているので、ご存知の方も多いのではないだろうか。

(以下、ネタバレご注意ください。)

筋を言ってしまえば、冤罪で有罪となり獄中で死亡した男性の妹が、依頼を断った弁護士に復讐する話だ。

主人公柳田桐子は、彼女の無実の兄のために、高名な刑事弁護人である大塚弁護士に、弁護を依頼する。しかし、大塚弁護士は、それを断る。兄が獄中で死亡した後、桐子は、大塚弁護士に復讐を行う。

冤罪のおそろしさ、裁判制度への疑問などの問題提起をしながら、ドロドロとした人間の心の動きを生々しく描いている。復讐の方法も、えげつない。社会派でありながら、登場人物の愛憎のやり取りに読者を引き込むのは、松本清張先生の十八番だ。

しかし。

いつもは主人公の気分になって、ハラハラドキドキしながら松本清張作品を愛読する私だが、この作品に限っては、違和感でいっぱいで、桐子に全く感情移入できなかった。

桐子も、桐子の兄も、確かに、無念だろうし、可哀そうだ。間違った裁判の結果、無罪の人間が有罪になってしまう。実際に、冤罪事件というのは、過去に何件も起きている。決してあってはならない問題だ。そして、冤罪事件の原因のひとつが、弁護人の能力不足にあるということも、あるのかもしれない。弁護人の良し悪しで、ひとりの人の人生が奈落の底に落ちてしまう、という不幸な状況は、もちろん、あってはならない。

しかし、だからと言って、弁護を断った刑事弁護人を逆恨みしたり、復讐したりするというは、全くのナンセンスだ。この物語では、大塚弁護士のほうがずっと可哀そうだ。

大塚弁護士だって、ボランティアで弁護士をやっているわけではない。仕事を選ぶ自由はあるのだ。そして、桐子の兄には、国が雇った国選弁護人がついていたわけである。国選弁護人の腕が悪かったからといって、全く無関係な弁護士が、そんな復讐をされてよいはずがない。それに、大塚弁護士だけではなく、ほかに受けてくれる弁護士を探す方法は、どこかにあったのではないか。これは、もはや、もらい事故のようなもの。大塚弁護士は、まさに、不合理な逆恨みを買った、ストーカー被害者だと言えよう。

フィクションであることはよく分かっているが、この物語に限っては、もやもやするものが残り、読後感が良くなかった。この世の中では、弁護士の世界でなくとも、普通に行動しているだけで、思いもよらない妬みや逆恨みを買ってしまうことがあり得る。こういう逆恨みや、ストーカー被害のない世の中になってほしいと心から願う。

とは言え、松本清張の作品の中でも、人間の黒い部分をこれでもかと描いた、印象深い作品であることには変わりない。

ご参考になれば幸いです!

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