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別れの条件(フランス恋物語⑫)

思案

ラファエルとの個人レッスン翌日の水曜日。

私は、どうやってジュンイチくんに別れを告げようか考えていた。

おとといの夜、エシャンジュの会でラファエルと帰るのを目撃されてから、ジュンイチくんとは二人で話をしていない。

昨日のランチはファハッドたちと一緒だったし、放課後はラファエルと会うために「用事がある」と言って、日課のように通っていたジュンイチくんのアパルトマンにも行かなかった。


「今日のランチの時に切り出してみよう」と思っていたのだが、こういう日に限ってクラスメイトの韓国人女子二人組も同席することになり、そんな話ができる状況ではなくなってしまった。

今日は彼女らののリクエストで、学校の近くにある韓国料理屋に来ている。

トゥールに来て2ケ月も経つと、クリームたっぷりで大味のフランス料理に飽きたので、和食の他にもアジア系のレストランがあるのは非常にありがたい。

韓国人の彼女たちとは食の好みが合うので、たまに4人でランチをすることがあった。


ジュンイチくんはプルコギ定食をたいらげた後、韓国女子たちとK-POPについて楽しそうに話している。

クラスメイトたちと一緒にいる時のジュンイチくんは、いつもと変わらないように見えた。

私たちは二人きりの時、恋人のように睦み合っていたが、他に誰かがいる時は”同胞の友達”のふりを続けていた。

それが彼女らにどう映っていたのかはわからないが。

所詮拙いフランス語でしか意思疎通できない外国人同士、クラスメイトたちは私たちの関係について詮索してこなかった。


ジュンイチくんは、ラファエルと出会った後の私の変化に気付いているのだろうか・・・。

「話すなら、今日の放課後しかない。できれば、うちじゃなくてカフェとか外にしよう。」

私は、何を話そうか考え始めていた。

嫉妬と怒り

「待って、痛いったら。離して!!」

授業が終わり教室を出ると、待ち構えていたジュンイチくんが私の腕を強引に掴み、そのまま外に向かって歩き始めた。

「お願い、話があるの。今日はジュンイチくんちじゃなくて、外で話したいの。」

「・・・話はうちで聞くよ。」

今までに見たことがないくらい怖い顔をしていて、私はゾッとした。

ジュンイチくんは全てを悟っている。

私はそのまま従うしかなかった。


ジュンイチくんはうちに着くと、慌ただしく部屋のドアを閉め、私を床に押し倒した。

そのまま上に跨ると、乱暴に服を脱がせてゆく・・・。

「やめて、やめてったら。」

こんなジュンイチくん、見たことない。

怒りと興奮に燃えるその瞳を見て、彼は本気だと思った。

優しいだけだと思っていたジュンイチくんに、こんなオスの部分が残っていたなんて。

初めは必死に抵抗したが、いつもとは違うジュンイチくんに感じてしまい、気が付けば大きな声を上げてしまっていた・・・。

条件

すべてが終わると、ジュンイチくんは落ち着いた様子で、いつもの優しい好青年に戻っている。

切ない表情をして、床に寝そべったままの私を抱き締めこう言った。

「レイコ、ごめん。

おとといのエシャンジュの会の後、フランス人の男と帰ってゆくのを見て、気が気じゃなかったんだ。

あいつにレイコを取られたくなくて、どうしても自分のものにしたくて、あんな風に抱いてしまった。

昨日、なんで俺んちに来てくれなかったの?

あの男といい雰囲気になったの?」


私は、ラファエルと昨日二人で会ったこと、

「今週末の土曜も会いたい」と言われたから、ブールジュの旅行はキャンセルしてほしいこと、

ラファエルと付き合うことになりそうなので、ジュンイチくんとはただのクラスメイトに戻りたいこと・・・などを正直に話した。

「本当に自分勝手だな」と我ながら呆れた。

「・・・・・・・・・・。」

ジュンイチくんが何も応えないので、恐る恐る顔を覗くと、泣いているのがわかった。

男の人が泣くのを見るのは初めてで、私はとても驚いた。

「こんな日がいつか来るかもと思っていた。

レイコが俺のこと好きじゃないのわかっていたから。

次の彼氏ができるまででもいい、そう思っていたけど・・・。

でもやっぱり別れるのは寂しいよ。」

私はジュンイチくんに申し訳なくて、「ごめん、ごめんね。」とその背中をさすった。

「お願いだよ・・・。

今週末のブールジュ旅行までは今の関係のままでいて。

旅行に行ってくれたら、友達に戻るから。」

私の気持ちは完全にラファエルに傾いている。

でも、今までさんざんワガママに付き合わせてきたジュンイチくんを、ここで切ることは出来ない。

昨日の天使の微笑みが頭をよぎったが、今はそれを無視してジュンイチくんの最後の望みを叶えてあげようと思った。

「わかったよ。ブールジュは行こう。

今までいっぱい悩ませてごめんね。

ブールジュ、楽しもうね。」

私はジュンイチくんのおでこに優しくキスをした。

罪悪感

ラファエルには、「土曜は予定を変えられないから、私の誕生日の月曜に会おう。」と連絡した。

ジュンイチくんと別れ話をしたのが水曜日で、ブールジュ旅行は今週末の土日。

「旅行までは今の関係でいる。」という約束だったので、木曜と金曜も彼との日常を恋人のように振る舞わなければならない。

学校をサボるという手もあったが、授業はちゃんと受けたかったのでそれはしたくなかった。

水曜日は取り乱していたジュンイチくんだったが、木曜からはいつもの彼に戻って、私との時間を楽しんでいるように見えた。


私は、何も知らないラファエルへの罪悪感を抱えながらも、最後の奉公とばかりにジュンイチくんに優しくするよう努めた。

ブールジュは世界遺産に登録されたサンテティエンヌ大聖堂が有名で、ここに行くのは、ゴシック建築好きであるジュンイチくんたっての願いだ。

この2日間で旅行計画を話し合い、なるべく彼の意向に添い、ホテルや観光ルートなどを決めていった。

日曜日までは彼の恋人として、いい思い出を残してあげよう。

いい形で二人の関係を終わらせよう。

最後の最後になって殊勝な気持ちになっている自分にまた呆れた。


・・・本当にジュンイチくんは、この旅行できっぱり別れてくれるのだろうか?

最後の恋人の時間となるブールジュ旅行は、翌日に迫っていた。


ーフランス恋物語⑬に続くー

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