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恐るべし、フランス男子(フランス恋物語⑩)

依頼

語学学校の授業や、合気道の仲間との交流のおかげで、中間テストではクラスで3番の成績を収めることができた。

少しずつだがフランス語の上達を感じることができて嬉しい。

そのせいかどうかはわからないが、ある日担任の先生に呼び出され、こんな依頼を受けた。

「来週私の友人が小学校で多言語を教えるイベントをやるんだけど、あなた、フランスの子どもたちに日本語を教えてくれない?」

私はフランス人に日本語を教えたことがあってとても楽しかったので、喜んで引き受けることにした。


すると、たまたまそこを通りがかったクラスメイトのファハッドが、「何の話?」と興味津々に首を突っ込んできた。

先生が小学校のイベントの話をすると、「是非、自分もアラビア語を教えたい。」と、愛嬌のある顔を輝かせて名乗り出た。

先生も断りきれずに「いいわよ。」と承諾していた。

ファハッドは18歳のサウジアラビア人の男の子だが、フランス語の単語や文法はめちゃくちゃで、いつもジェスチャーだけでなんとか通じさせているという強者だ。

この間のテストの成績も、下の方だと言っていた。

「こんなので、フランスの子どもたちにアラビア語を教えられるの?」

・・・なぜか、自分のことよりクラスメイトを心配するはめになるのであった。

特訓

ファハッドから「どういう風に教えればいいか?」という相談を受けたので、私たちは本番までの1週間、休み時間や放課後を利用して授業の作戦会議を練ることになった。

「アラビア語を全く知らない子どもたち相手に教えるんだから、難しいことは抜きにして、まずはその言語に興味を持ってもらえる内容にしたらいいんじゃない?」と提案した。

私たちは話し合って、「簡単な自己紹介、挨拶、数字の読み方、日常会話で使う簡単な単語」を教えることに決まった。 

それから、少し迷ったけど、普段のファハッドのフランス語の単語や文法の誤りの中でも特に気になる点を指摘し、「今後のフランス生活のためにもそれは直した方がいいよ。」とアドバイスをした。

ファハッドは、「今まで誰も教えてくれなかったから全然気付かなかったよ。ありがとう。」と素直にお礼を述べた。

「やはり、この子は育ちのいいサウジの王子だな」と思った。


ついでなので、お互いに日本語とアラビア語の挨拶の言葉を教え合った。

私はファハッドによって、「アッサラーム(こんにちは)」「シュクラン(ありがとう」という言葉を覚えた。

まさかフランスでアラビア語を覚えることになるとは夢にも思わなかったので、つくづく人との出会いは不思議だなと思った。

イベント当日

ある水曜日の放課後、私はファハッドと共にその小学校に向かった。

校舎に入ると、先生とたくさんの子どもたちの笑顔が私たちを出迎えてくれた。

そのイベントは教室毎に各言語の授業を分けているようで、子どもたちは自分の興味のある授業の部屋に各々入って行った。


先にファハッドのアラビア語の授業が行われることになり、私の授業開始はその後だったので、子どもたちと一緒に見てみることにした

15人ほどの子どもたちを前に、ファハッドの授業が始まった。

私の心配とはよそに、愛されキャラのファハッドは子どもたちの心をしっかりと掴んでいて、安心した。

事前に準備してきたので授業もスムーズに進み、日々の特訓の成果でデタラメだったフランス語もだいぶ改善され、特に気になる点もなくなっていた。

フランス国内は移民問題が深刻で、白人はあまりアラブ系の人たちを良く思ってないイメージがあったが、この微笑ましい風景を見て、「一面的なイメージだけで物事を見るのは良くないな」と痛感した。

ファハッドの授業は大成功に終わり、子どもたちの暖かい拍手で授業は終わった。

この感動的な場面を見て、彼の授業の手伝いをして良かったなと心から思った。


さぁ、次は私の番だ。

日本語の授業が行われるという教室に移動し、準備をしながら子どもたちが集まるのを待った。

一番後ろの席には、さっき授業を終えたばかりのファハッドが座っている。

日本語のクラスには25人の子供が集まった。

私は授業の冒頭で簡単な自己紹介を済ませた後、「なぜ日本語に興味を持ったか?」と子どもたちに聞いてみた。

すると、「日本の漫画、アニメ、ゲームが大好きだから」という答えが返ってきて、やはりフランスにおける日本のサブカルチャーの人気はすごいなと思った。(それを聞いて、私は一瞬、”ル・マンの甘美な夜”を思い出した)

授業では、「自己紹介の仕方、挨拶、1~10の読み方、体の部分、身の回りの物を日本語で何て言うか」という内容で進めていった。 

子どもたちは吸収が早くて、すぐに単語やフレーズを覚えて答えるので、教えてるこちらが驚いたほどだ。

1時間の授業はとても楽しく、あっという間に終わってしまった。

「Merci beaucoup!!」

私は充足感でいっぱいで、このやりがいのある仕事を任せてもらえたことをとてもありがたく思った。

フランス男子、恐るべし

授業を終えて廊下に出ると、さっきまで一番前の席に座っていた10歳ぐらいの男の子に呼び止められた。

「先生に質問があるんだけど、聞いていい?」

「いいわよ。なあに?」

私は彼の身長に合わせて身をかがめた。

「Comment dit-on "tu es belle" en japonais?」

と聞くので、その日本語訳を教えたら、

「君は綺麗だ。」

さっき教えた言葉をそのまま私に言い、素早く頬にキスをすると恥ずかしそうに逃げて行った。

フランス男子、恐るべし!!

日本では見かけない、”子どもの頃から女性を褒める”という習慣を目の当たりにし、「愛の国・フランス」のDNAを強く感じるのであった。

帰り道

小学校の先生との挨拶を済ませ、子どもたちに盛大に見送られながら、私とファハッドは小学校を後にした。

私たちは帰り道を歩きながら、今日の授業の感想を話していた。

「授業楽しかったね。無事終わって良かったね。」

「僕、もっとフランス語を勉強したいし、アラビア語も教えたい。レイコ、来週の月曜日、久しぶりにエシャンジュの会に行かない?」

エシャンジュの会は毎週月曜にあり1月に2回行ったことがあったが、2月に合気道を始めると稽古と重なり、自然と足が遠のいていた。

でも、「久しぶりに行ってもいいかも」という気になり、「いいよ。行こう。」と私は返事した。

「じゃ、ジュンイチも誘おう。」と、ファハッドは言った。

この3回目のエシャンジュの会で運命的な出会いがあろうとは、その時の私は知る由もなかったのである・・・。


ーフランス恋物語⑪に続くー

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