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ラファエルとの出会い(フランス恋物語⑥)

サウジの王子

クラスメイトに、サウジアラビア人の男の子がいた。

名前はファハッドと言って、年齢はまだ18歳だった。

私のクラスには7人のアラブ系の国籍を持つクラスメイトがいたが、ファハッドは人懐っこくみんなから愛されるムードメーカーで、誰よりも一番目立っていた。

子猿のような目をくりくりさせて、単語も文法もデタラメなフランス語をまくしたてるのだが、オーバー気味の表情とジェスチャーで通じてしまうという、面白い特技を持つ少年だ。

育ちの良さそうなお坊ちゃんオーラを放っていたので、私とジュンイチくんは面白がって「サウジの王子」と勝手にあだ名を付けて呼んでいた。


ファハッドはなぜかジュンイチくんをお気に入りで、よくランチに誘っていた。

ジュンイチくんはファハッドと二人でつるむのがイヤなのか、そういう時はいつも私を同伴させる。

ファハッドとランチに行くとイスラム教のハラルの関係でいつもケバブ屋に行くのがお決まりのコースで、私はすぐにケバブに飽きてしまった。

王子からのお誘い

1月も終わりに入ったある日のこと。

そんなファハッドが、私とジュンイチくんに、

「今度の月曜の夜、échange(エシャンジュ)の会に行こう。」

と誘ってきた。

échange(エシャンジュ)というのは本来”交換”という意味。転じて、多国籍の人が集まってお互いの言語を学び合う会、という意味でも使われる。

楽しそうだし、もしかしたらそこでフランス人の友達も出来そうだと思って、私は「もちろん行く!!」と即答した。

ジュンイチくんは何度か行ったことがありあまり興味はなさそうだったが、ファハッドに強く勧められしぶしぶ「行く」と返事をしていた。

échange(エシャンジュ)の会

夜19時に、私たち3人はエシャンジュの会が行われるカフェの前に集合した。

階段を上がり2階の会場に着くと、もう会は始まっているようで、たくさんの人がテーブルを挟んで向かい合い、様々な言語で話しているのが見えた。

私たちは初めに受付近くのテーブル席に座らされ、料金を支払い、その後配られたアンケ―ト用紙に必要事項を記入した。

アンケートには、自分の名前、年齢、性別、国籍、自分が話せる言語、そして「どの国の言語を学びたいか」を書く欄があり、私はもちろん「フランス語」と書いた。

どうやらスタッフがそのアンケートを見て、学びたい言語が合致した人をマッチングさせる、という仕組みのようだ。

最後にスタッフから、「テーブルにはおつまみが置いてあるし、ワンドリンクサービスだから、好きな飲み物頼んでね。」と説明があった。


自分が呼ばれるのを待つ間、私は色々考えた。

ここはフランスだし、さすがにフランス人いるよね。

フランス人が日本語を希望すれば、私が呼ばれるってことだよね。

トゥールに来て家と学校以外、生きたフランス語を使ったのはナンパで出会ったトマとの1回きり。

早く学校で習った成果を試したかったし、フランス人の友達も欲しい。

できれば、フランス人の彼氏も・・・。

いやいや、私は4月からパリに引っ越すし、ジュンイチくんとは微妙な関係だし、今それを考えるのはやめておこう。


色々考えていたら、先にジュンイチくんが呼ばれて、ロシア美女のテーブルに移って行った。

彼がロシア語を勉強しているのなんて聞いたことないから、適当にロシア語を選んだのかな・・・。

そんなことを考えていたら、私もスタッフに「日本語を学びたいフランス人がいますよ。」と呼ばれて、指示されたテーブルに移動することになった。

ファハッドに「行ってくるよ」と手を振って、そのフランス人がいるというテーブルへ向かった。


そこには・・・

天使のような男の子が笑顔で座っていた。

あまりにも清らかすぎて、私には眩しいぐらいの人だった。

Raphaël

「Enchantée. Je m'apelle Reiko.」

私は、フランス語で初対面の挨拶をした。

すると、彼は挨拶の後、自分の名前を”Raphaël(ラファエル)”と名乗った。

ラファエル!!

私はすぐにイタリアの宗教画を思い浮かべた。

天使のような彼に、なんてピッタリな名前なんだろう。

そのイメージ通りの名前に、早速感動してしまった。


ラファエルとのエシャンジュはとても楽しく、夢のようなひと時だった。

日本語を学びたい彼のために私が教える方がメインだったが、それは全然構わなかった。

彼が言うには、トゥールにはあまり日本人がいないので、日本語を教わる機会がないと言う。

彼は、使い込んだ日本語学習のテキストを見せて、今まで独学でどんな勉強をしてきたか一生懸命私に説明した。

そのテキストは日本人の監修が入っていないのか、少し堅苦しく不自然に感じる箇所がいくつもあった。

また、平仮名の練習の見本が、活字の形そのもので何か違うなと思った。

彼のために、日本人が見ても違和感がない、ちゃんとした日本語を教えてあげたい!!


しかし・・・

私は29歳のバツイチで、なおかつ現在はジュンイチくんとキス友達という不適切な関係を続けている。

そんな自分にとって、ラファエルの存在は清らかすぎた。

本当は仲良くなって個人的に日本語を教えてあげたいと思ったが、さすがに畏れ多くて自粛・・・。

ラファエルも私との時間を楽しんでいるように見えたが、それは彼が学びたかった日本語を、ネイティブの日本人に教えてもらったからであろう。

「彼は二十歳と言っていたし、29歳の女になんて興味ないよね、そうだよね。こんな美少年ならきっと似たような若いフランス人の女の子がいいよね・・・。」などと、必死で自分に言い聞かせた。

そんなことを考えていたら、スタッフによる終了のコールが聞こえた。

私は後ろ髪ひかれる気持ちで、帰る準備を始めた。

ラファエル、連絡先聞いてくれないかな?

往生際悪く最後までわずかな期待を残していたが、それが叶うことはなく、私たちは握手をして解散したのだった。


戻る途中、ふとジュンイチくんの方に目をやると、ロシア美女と色気をはらんだBISOUS(ビズ)をしているのが見えた。

それは、頬と頬をくっつけるフランス式の挨拶で何のいやらしさもないはずなのだが、ワインを飲んでほろ酔いのジュンイチくんは、普段とは違ったセクシーオーラを出していた。

私はちょっぴり嫉妬しつつ、「こいつ、なかなかやるな。」となぜか感心するのだった。


帰り道の途中でファハッドと別れると、二人きりになったジュンイチくんは恋人モードに切り替わり、いつものように手を繋ごうとしてきた。

私は「今日は送らなくていいよ。」と言い、足早に一人で帰った。

今夜くらい、こんな私でも、清らかな気持ちで天使の余韻に浸りたいと思ったから。

キラキラと眩しいラファエルの笑顔が、私の中で輝き続けていた・・・。

再び、échange(エシャンジュ)の会

数日後、またファハッドが「来週月曜の夜、またエシャンジュの会に行こう。」と誘ってきた。

私はまたラファエルに会いたくて、2つ返事でOKした。

ジュンイチくんは、「もう行かない。」と即答した。

ロシア美女とビズをして、嬉しそうだったのに・・・。


次の月曜日の夜、私とファハッドは2人でエシャンジュの会に赴いた。

前回と同じカフェ、同じスタッフによるものである。

もちろんアンケートには、希望の言語を「フランス語」と書いた。

「今度ラファエルに会えたら、日本から持ってきた『旅の指さし会話帳 フランス語』をプレゼントしてあげよう!!」

気持ちは準備万端だった。


間もなく、スタッフから声がかかった。

「日本語を学びたいフランス人がいますよ。」

祈るような気持ちで、スタッフの指示するテーブルに向かう。

さぁ、またラファエルは来てくれているのか!?


・・・そこには、30代の眼鏡をかけたフランス人男性が座っていた。

私はがっかりした気持ちを抑え、笑顔で初対面の挨拶をした。

この日も私が日本語を教えるのがメインだったが、頭の中では「私はあの天使に恋をしていたのかな・・・。」とぼんやり考えていた。

そして、先週何かと理由を付け、ダメ元で連絡先を聞かなかった自分を責めた。

もうどうでもよくなって、会ったばかりのフランス人に『旅の指さし会話帳 フランス語』もあげてしまった。

彼は「本当にいいの!?」と驚いて、感激しているようだった。

・・・もう、本当にどうでも良かった。

天使の笑顔

ファハッドの話では、このエシャンジュの会は毎週月曜に開催されるとのこと。

でも、その頃私はトゥールの合気道道場の申し込みをしていて、月曜に稽古があると聞き、「これは諦めろということだ」と自分に言い聞かせラフェエルのことは忘れることにした。

翌週からは月・木・日曜と合気道の稽古に通うようになり、新しい刺激で気持ちが紛れることを期待したい。

しかし、あの眩しい天使は、私の脳裏の片隅からなかなか離れてくれなかった・・・。


ーフランス恋物語⑦に続くー

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