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あなたが歯医者にいったらわたしたちは恋人になる

すっかり秋めいてきたロンドン朝九時、今日も仕事だなと歯を磨いていたらアイスクリーム屋の店長から「今日でアイス売るのやめます。今までありがとう」とのメールがニコニコマーク付きで届いた。

どういうこと、えっ今日から職なしになっちゃうじゃん家賃払わないといけないのにとわたしの怒りと戸惑いによる怒涛のメールを

:)

でかわす店長、
今日ほどこの90°ニコニコ野郎に腹が立ったことはなかった。

いきなり全ての予定が白紙になってしまったわたしはひとまずこの秋晴れでもたのしんでみようかと外に出る。

平日のストリートはそこそこに人もまばらで、公園では小さな子供たちと幸せそうな母親たちが枯れ葉をしきりに宙にばらまいていた。

わたしは近所の小劇場の中にあるカフェの窓際を陣取り、ただただ意味もなくノートPCをひらいていた。

ロンドンに引っ越してきて早3か月、
やっと自分の家も決まり、ノーストレスで金になる仕事も得てやっと地に足がついてきたぞと思ってきた矢先にこれである。

わたしはかれこれ陽が沈むまで呆然とコーヒーを見つめる化石と化していた。

そんな最中、オトさんから今から会いに行っていい?との連絡あり。
特に予定もないのでもちろんと返信、
化石モードを継続していたらいよいよ夕暮れの色が濃くなり、オトさんが現れた。

わたしはなんだか泣きたいような気分だった、
「仕事なくなっちゃった、これからどうしよう」
というと、オトさんは笑った。

なぜ笑う、このタイミングで?

どういうことでしょうかといった表情の私をみてもう一度彼は笑って、

よし今夜はきみのロンドン第1章の終わりを祝って呑もう。

と言った。

とんだパーティー野郎である。
気づいたら、私もつられて笑っていた。

枯れ葉を存分に踏みながらオトさんと手を繋いで家路につく、
途中寄ったスーパーでオトさんはラム酒のボトルと大量のアイスを買い込み、すっかりパーティーモードである。
随分早く家に帰ってきたわたしを見てルームメイトたちが「あれ仕事は?」と聞いてくる、
「なくなっちゃった!今日から無職だよ!」
と意気揚々とモヒート制作を開始する私の姿にルームメイトたちは戸惑いを隠せないようであった。
本来ならば肩を落として帰宅、皆に励ましてもらう予定であったわたしはすっかり謎の上機嫌モードに突入しておりもはやアイスクリーム屋の店長への怒りも過去のものとなっていた。

不思議だ。

横ではオトさんがやたら真剣な顔でミントをちぎっている。


私たちはラム酒のボトルを一本飲みきって近所のパーティーへと繰り出す。
火曜日だというのに郊外の倉庫内にある会場は熱気で満ちていた。
すっかり酔っ払いと化した私たちは何をしてもおかしくてひたすらに踊って笑ってばかりいた。
ネオンと人々の熱気、そしてオトさんの友人たちも交えてすっかり大グループのままビールに呑まれた私たちはしっかり閉店の深夜2時まで汗をかいて帰りのタクシーに乗り込む。

勝手にオトさんの肩を借りながら、
そういえばこの人わたしを友達に紹介する時に「僕のガールフレンドです」と言っていたな、
ということを今更になって思い出した。

わたしは彼のガールフレンドだったのか。

知らなかった。

私たちはまだその、キスすらしていないのである。

といった上記の思考を、酔っ払っていたわたしは口に出していたようだった。

オトさんは驚いたような顔をして、

「ごめん、虫歯がひどくて、いまキスできないんです」

と言った。

「じゃあ歯医者に行ったら恋人になろう」

と多分わたしは言って、
瞬く間に眠りの世界へとおちていった。









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