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ボルサリーノにタンゴパンプスー私の性自認、性的指向、ナルシシズムのこと 7


何度か既に書いたように、私は40過ぎの今まで自分の性自認・性的指向についてあまり意識せず、当然悩まずにきました。

このnoteでも、他のSNSでも、私が書いたものを多少なりともお読みになったことがある方は「この人、なんてナルシシスティックな奴なんだ!」と思った方も多いのではないかと思いますーー否定はしません、それどころかそれはこの自分が一番よく分かっているのです。若い頃から。ナルシシストというと、どうも鏡の前で「私(俺)ってなんでこんなにきれいなんだろう」と言っている人物の姿が浮かぶ方が多いような気がいたしますが、そういうのとはちょっと違います。

私が自分をナルシシストだと気づいたきっかけは、20歳くらいの頃「何故私は、自分と似たような人しか好きにならないのだろう」と思ったことです。もちろん、似ているというのは私の主観というか、勝手に共通点を見出しているだけなのでしょうが......なんか感ずるものが似ていたり、性格や生育環境などは全然合っていない、異なっているのに芸術の趣味や感性だけは驚くほど同じだったり。そんな偶然なのか何なのか分からなかったことを若い時分は「運命」「必然」と呼んでいたこともありました。ともかくも、自分と似た人に惹かれるというのはすなわち、自分のことが好きからだということなのではないか?と気付いたのです。そして今もその傾向は全く変わっていません。相手とはお互い単なる遊び、どこか似てる要素など皆無なカジュアルな付き合いをしたことや、初めは「似ているかも」と思ったけれど全然そうではなかったということも経験がありますが、真剣に好きになった相手はどこか自分に似ている要素があるようなのです。しかし、私がいくら真剣に好きだとしても向こうが私に好意を持っているかは別の問題ですね。たとえ向こうも私のことを「自分と似ている」と思ったとしても私に対し恋愛感情を持つかどうかも別でしょう。ともかく私は、昔からどこか自分と似た人ばかり好きになっていたのは事実ですし、これから誰かを好きになるとしても同様だと思います。

自分と似た人を好きになるのは自分がナルシシストだからだと気づいたのち「自分は2人も要らないのになぁ」と思ったこともありますが、こればかりはどうしようもない感じがします。

ナルシシストというのは自信にあふれた人のことだと思っている方が散見されますが、コンプレックスの塊のような人間であることが多いと思いますーーそう、私のように。私が社会不適合者であることは自他ともに認めるところでしょうし、私は一般的な人が持っているものを持っておらず、普通の人が出来るようなことが出来ません。また普通の人が好きなものや人気のあるものごとに関心がほとんどありません。「特に欲しくないから/特にやりたいと思わないから」という面も多々あるのですが、何でこんなに自分は「普通」になれないのだろう、一般的な感性を持てないのだろうと子供の頃からずっとずっと悩んでいます。普通の人になる努力らしきことをしたこともあるのですが、そのやり方が間違っていたのか、どうも上手くいきませんでした。そもそも「普通」の人はそんな努力をしなくても「普通」なわけで、普通になるための教本があったりするわけでもありませんし、特に私の身近には普通でない者が多かったので、周りの人を参考にするというのも難しかったのです。けれど、おかしな人たちに育てられた機能不全家族育ちの方でも虐待の後遺症に苦しみつつも穏やかに暮らしている方は大勢いますし、それが出来ていない私は自分の情けなさや至らなさに耐えきれなくなることも多いです。やはり自分の努力が足りなかったのか、そもそも努力をしても無駄なくらい能力がなかったのか、私に魅力がなかったからなのか......と思い悩んでいます。この歳でこんなことで病んでいる方はあまりいないような気がして孤独を感じますが「こんな悩みを持っているのは自分だけしかいない」などと自分を特別視しているわけでもありません。とにかく普通になれずにこの歳になってしまったこと(そして、多分もう一生このままであろうこと)は私のコンプレックスです。「明日朝目覚めたら普通の人になっていますように」と子供の頃から何度願ったことでしょうか。ですがそれが叶うわけがないことくらい分かっていますので、こうして開き直って、自己満足の世界に生きております。別の言葉で言えば変な自分を好きになるしかなかったということになります。事実、私は自分に不満は大ありですが、自分の美学を愛しています。もっと言えば、自分の感性に少しでも共感してくれる方や、好きだと言ってくれる方がいればとても嬉しいです。

ーーちょっと本題からそれてしまいますが、個人的に「自分は変わっている、個性的」と言っている人、あるいはそう言われて喜ぶ人の多くが「変人、奇人に憧れるけれどなりきれなかった平凡な人」か「変人が変人のままで受け入れられて生きている恵まれた人」のどちらかだと思っています。私は「個性的」と言われて嬉しいと感じたことはありません。特に嫌って程でもないのですが......

「私が男装を好むわけ」は、私のナルシシスティックな面と無関係とは到底思えません。自分がナルシシストだということはとうの昔に気づいていたのに、それが自分が男装を好むことと関連がどうやらありそうだ、しかも深そうなわけが......と気付いたのは本当にここ半年くらいのことです。それまで自分の性自認、性的指向についてじっくり考えることをしていなかったのですから当然と言えば当然なのですが......。半年くらい前、急に(?)このもやもやがポッと現れてからずっと色々と考えていたのですが、自分が完全に納得できそうな答え......とまではいかなくとも「きっとこういうことなんだろうな」という、説得力がそれなりにありそうな仮説にたどり着きました。

続く