見出し画像

タヒチの女 ー母の死についての覚書 24(終)


母は小さな寺にある永代供養墓の地下8メートルで永遠の眠りについた。

母がここを居心地よく思っているかは分からないが、気に入らなくてももうこちらには戻って来ませんように......あなたはもう充分に修業をしたし、この世はあなたが暮らすには少々厳しすぎる――私にとっても。

私は年に3度ほど、母の墓に父と行っている。彼岸と、命日近くに。
妹は納骨の日以来一度も父のアパートにも墓にも来ていないらしい。
私も、父が死んだらもうここへはきっと来ないだろう。
花を手向け、手を合わせる度に私は
「これがあなたの望んだことなのですか?」と心の中で尋ねている。
それ以外の言葉が、本当に思い浮かばないのだ。

ーーお母さん。あなたはよく「死にたい」と言って暴れては私を困らせたけれど、入院していた時に「私、もう少しで死んじゃうのかなぁ......」とお父さんに言っていたそうですね。あなたが何をしてもお父さんはあなたを離さず、そのために私が......どんなにどんなに苦労したか............いや、やめておきましょう。どう逆立ちしても私はあなたに到底敵わないのですからーーたとえそれが幻想だったとしても、誰かに愛されていると感じながら死んでゆくことなどとても私には出来そうにもありません。

あなたの遺品、一つだけ持っています。あなたが子供の頃に住んでいた駅と、私たちが住んでいたところの駅名の書いてあるキーホルダー。どんな想いであなたはこれを持ち歩いていたんでしょうね。少女時代はひどい環境で育って、よい思い出などまるでないみたいに私に話していたけれども......。

「オリンピックまで生きられればいい」とあなたが死んでからお父さんはずっと言っているけれど、疫病騒ぎでまさかの延期――来年開催できるかどうかもあやしく、このまま延期を繰り返すようなことになれば、お父さんの死の期限も延長されるのではないかと私は苦笑しています。あなたはあなたが憎んでいたのだか好いていたのだか分からない男になんだか似ていると思いませんか。あなたは私を罵倒するとき、お前はお父さんにそっくりね、とお決まりのように言ってましたが、どうなんでしょうね。最近私はお父さんよりもむしろあなたに似ている気がしてならないのです......もっとはっきり言うと、あなたに似ている方が、幾分いいような気もするのです。

というわけでこの騒ぎのために、今年はあなたの命日にお参りに行くことが出来ません。「生きてる時にいくら友達が多くてもしょうがない、葬式に来た人数でその人のことが分かる」とあなたは私に何度も言いましたね。あなたの葬儀にどれだけの人が集まったか見ていましたか?ーーでもそんなことは気にすることではないのです。あなたのことはあなたが思うよりずっと多くの人が知っているのです。どうしてだか訳を話すと、あなたは怒りだしてなかなか静まらないでしょうからやめておきます。でもきっと、あなたは得意技を使って私の文章を読んでいるかもしれませんね、私が子供の頃にあなたがよくした、あの方法でです。お母さん。どんなに怒っても、どうか今日だけは私をそちらには連れて行かないで下さいね――私はあなたの命日に死にたくはないのです............parahi。