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星を語るピアノ【短編】

宇宙船がその星に降りたとき、生体反応は1人だけだった。

「あなただけですか?」
船員は相手にたずねた。

数日間観察した結果、わかったこと。
このヒューマノイド型の女性が、ピアノを弾き続けていたという事実だ。食事をとるときと寝るとき以外、ずっと。

「そうです」
女性はうなずき、指を鍵盤に置いた。口はほとんど動かない。テレパシーだろうか。
「私で最後です。もう650年生きました。そろそろ寿命が尽きます」
外見は30歳前後だった。

「私は宇宙を旅してきました」と船員は言った。「新たな移住先を探して」

女性はうなずいた。
「それならこの星がよいでしょう──環境が合えば、ですが」
「この星は」船員はまだ宇宙服を着たままだ。「水はありますか?」
「ええ」
「動物は?」
「何のために?」
「食糧として」
「そんな野蛮なこと」女性は苦笑いらしい表情をした。「動物もしゃべりますよ」
言葉につまった。それはともかく、と女性は話を戻す。

「この星を継いでくれる方を、私は長いこと待っていました」
指で鍵盤を押すと、ポーーーンと音が広がった。それはさざ波のように大気をゆらす。植物がざわつく。

「そのピアノは……」
「ピアノ? いいえこれは」女性は説明した。「クリオラといいます。この星を調律しているのです」
「調律……?」
「星は生きています。我々と同じように」
たまに星は荒ぶり、火山噴火や津波をおこしそうになる。そういうときに弾くと、穏やかになるのだという。
「調べに愛をのせるのです」
タララと弾くと、植物が静まった。

人が住まなくなると家ががたつくように。ヒューマノイドが死に絶えたら、星も存在意義がなくなり死んでしまう。
「私のためにこの星は生きています。私もまた、星のために生きているのです」
だから旋律を奏で続けているのだと女性は語った。星に聴かせるために。

「でも、あなた1人で何年もそんなことを」
孤独ではないのか。
女性はピアノをもてあそぶ。ポロ、ポロと相槌をうつように。
「もしよかったら、私と……いや私は戻らなければ……でも……」
彼女をひとり残したくない。

「だめです、行ってください」
船員は目を上げた。女性がこちらを見つめていた。
「私を気づかってくれてありがとう。でも大丈夫です。あなたは母星に戻り、移住先が見つかったと報告するのでしょう?」

リズミカルな和音がかろやかに走る。そうだ、自分は移住計画を指揮するのだと強く思った。希望の星がここにある。
この気持ちの高揚はピアノのせいだろうか。星をなだめるように、自分もまた彼女によって背中を押されているのだろうか。

彼女はなにも言わず、イスに深く座った。そしておもむろに重厚な和音を連打しはじめた。
「あなたに、この星の歴史をお伝えします」
音が響くと、オレンジ色の空の時空が変わり、さっと宇宙があらわれた。何億万年も前のこの星の姿だと直感した。
「伝えてください、あなたの星の人たちへ。なぜ私がひとりになってしまったのかを。あなた方の生き方の参考になるといいのですが……」

調べは、時を語り始めた。


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こちらはTwitterの 140字小説( https://twitter.com/asakawamio/status/1340271461517279232?s=19 ) を元に、好きなだけ伸ばして(笑)upしたものです。もはや別の話……。

M.Bさん( https://twitter.com/yo_draw?s=09 )さんの「八十八鍵の宇宙(Uz)」( https://twitter.com/yo_draw/status/1303282757477347335?s=19 )からの着想 第2弾。
いろいろ想像したくなる、素晴らしい絵ですね。感謝です。

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