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The Lost Universe 古代の巨大昆虫②巨大飛行昆虫

昆虫の飛翔は優雅の極みです。翅を動かしたかと思うと、重力を感じさせない挙動で天へと舞い上がります。色鮮やかな翅、半透明の翅、輝く翅……空を飛び交う虫たちは、本当に魔法の翼を得た妖精のようです。
古代の空には、いったいどのような巨大昆虫が舞い踊っていたのでしょうか。


地球史上初の飛行生物

なぜ虫たちは空を飛べるのか?

ハエやトンボやチョウは空を飛べる。それは当たり前のように言われています。では、彼らはどんなメカニズムで飛翔しているのでしょうか。
とても不思議なことに、昆虫たちは鳥のように強靭な胸の筋肉があるわけでもないのに、苦もなく宙へと浮かび、自在な空中運動をやってのけます。

見事な翅を有するドクグモオオクモバチ(神奈川県立生命の星・地球博物館にて撮影)。昆虫は1対または2対(ある種の古代昆虫には3対)の翅を備えていて、飛行できる種類はかなり多いです。

昆虫の飛翔方式は、航空力学的には鳥・コウモリ・翼竜とは大きく異なっています。さらに言うならば、虫の種類によって飛び方は違います。

例えば、マルハナバチは毎秒200回以上の速さで羽ばたき、それによって生じる「空気の渦」の力を利用して飛んでいます。
トンボの場合は翅の断面がデコボコになっており、風を受けると翅の周囲に渦が発生。それによって揚力が生まれ、安定した飛行を実現するのです。

他の動物よりも小さく軽い体を活かした、素晴らしい飛行術だと思います。周知の通り、昆虫の飛翔は極めて機敏であり、空中で彼らよりも小回りの利く生物は存在しません。

高度な飛行能力こそ昆虫繁栄の要因

昆虫は空の先駆者です。地球の生命史上、初めて飛行能力を獲得した動物が昆虫なのです。
翼竜や鳥類の出現はずっと後の時代であり、昆虫は地上の脊椎動物を大きくリードしていました。私たちの祖先となる両生類たちは、天高く飛ぶ昆虫たちを水辺から見上げていたことでしょう。

昆虫繁栄のキーとなったのは、翅の獲得に他なりません。ヤスデの仲間が地面を這って餌を探している間に、有翅昆虫たちは素早く飛び回って次から次へと新鮮な植物を食べることができました。肉食昆虫にとっても、獲物を捕えるうえで飛行能力は大きなアドバンテージとなったはずです。

空を飛ぶチョウは、花から花へと効率よく移動し、たくさん蜜を吸うことができます(足立区生物園にて撮影)。飛行能力を持っていることは、生存競争において極めて有利なのです。

石炭紀からペルム紀にかけて地上はシダの大森林で覆われ、そこで生きる昆虫たちも繁栄を極めました。その中には、最大最強と謳われる恐ろしい巨大昆虫もいたのです。

古代の巨大飛行昆虫たち

メガネウロプシス 〜史上最強の昆虫! 上空から獲物を狙う超巨大トンボ〜

強い虫と聞いて、オオスズメバチのような怖い昆虫をイメージされる方は多いと思われます。しかし、自然界には、最凶のオオスズメバチさえ捕食してしまう恐ろしい昆虫がいるのです。

それは、大型のトンボです!
オニヤンマは優れた空中のハンターであり、超高速飛行・ホバリング・バック飛行を華麗にこなし、もちろん飛びながら空中の獲物を捕まえることもできます。空中戦ならスズメバチさえ圧倒するオニヤンマは、あまりにも強すぎて他の虫が怖がるので、なんと虫除けの商品にも活用されています(下記リンク参照)。

それほど強力なオニヤンマですが、古代には比較にならないほど大きなーー中型の鳥ほどもある巨大トンボが空を支配していたのです。

約2億8350万〜約2億9010万年前(ペルム紀前期)もの太古、天空には地球の全時代を通して最強の昆虫が舞っていました。彼らこそ、大昔の巨大トンボーーその種族の中で最大級のメガネウロプシス・ペルミアナ(Meganeuropsis permiana)です。翅を広げると、その幅はなんと約71 cmにも達し、当時は最強の飛行生物だったと考えられます。

メガネウロプシスとほぼ同サイズになる古代の巨大トンボ(群馬県立自然史博物館にて撮影)。フランスの石炭紀の地層から化石が見つかり、メガネウラ・モニィ(Meganeura monyi)と命名されました。当時の空では無敵の昆虫であり、現代に生きていれば小鳥さえ捕食できるでしょう

メガネウロプシスは現生のトンボと同じく複眼を備え、360度の範囲を見渡して捕食対象を探すことができました。加えて、前脚と顎はとても頑丈であり、ものすごいパワーで獲物に襲いかかったと思われます。
これほど強力なハンターならば、現存していたらドッグファイトで小鳥やコウモリを圧倒できるのではないでしょうか。

時代が進むにつれて、トンボたちは徐々に体のサイズを小型化していきます。大気中の酸素濃度低下の影響が大きいと思われますが、小さくなってもその強さはしっかりと祖先から受け継がれています。
先述のオニヤンマのように、現代においてもトンボたちはかなり強力な捕食者として君臨しています。彼らの狩りの成功率は90%以上を誇っており、地球上で屈指の名ハンターなのです。

メゾサイロス 〜ムササビと同じサイズ! シダの樹間を舞う古代の奇虫〜

地球の全生物種の半数以上を占めるほどの大繁栄している昆虫ですが、進化の過程では滅んでいった種族も多くあります。そのうちの一つが、「ムカシアミバネムシ類」と呼ばれるグループです。一見すると、尖った口をした巨大カゲロウのようにも思えるかもしれません。

このグループには大型種が多く、その中でも特大の種属がメゾサイロス・エノルミス(Mazothairos enormis)です。約3億900万年前(石炭紀後期)の北アメリカに生息していたムカシアミバネムシ類で、翅を広げたときの開長は約56 cmにもなったと考えられています。これは現生のムササビにも匹敵するほどのサイズです。
人間との対比(下記リンク参照)を見て、ムカシアミバネムシ類の大きさを実感してください。これほど巨大な昆虫がこちらに向かって飛んできたら、あまりの迫力に腰を抜かしてしまうかもしれません。

現在の昆虫とは異なり、メゾサイロスは3対6枚の翅を備えていました。とは言っても最前列の1対は極端に短く、飛行の主力を担ったのは大きな4枚の翅だと思われます。

メゾサイロスは吸引ストローのような口器を備えていましたが、当時の地球にはまだ被子植物は生まれていなかったので、花の蜜を吸うことはありませんでした。なので、シダ植物に口器を突き刺し、内部の組織を食べていたのかもしれません。
おそらく天敵は巨大トンボであり、空中で餌食になることもあったと思われます。メゾサイロスはこれといった武器を持たないため、巨大トンボに遭遇すれば逃走するしかなかったでしょう。

ムカシアミバネムシ類は飛行能力を最大限に活かし、他の植物食生物よりもはるかに素早く食糧にありつくことができました。この機動力があったおかげで、彼らは石炭紀の地上で繁栄できたものと思われます。

しかしながら、ムカシアミバネムシ類は現在の地球上に生息していません。彼らの絶滅要因の一つとして挙げられているのは、「体が大きすぎて羽化に時間がかかりすぎたこと」です(下記リンク参照)。

ご存じのようにセミは木に登って羽化しますが、幼虫の殻を脱ぎ捨てた直後の成虫は、まだ体が柔らかく完全に無防備です。全長6 cm程度のセミでも、羽化完了して体が硬くなるまで2時間ほどかかります。はるかに巨大なメゾサイロスは、セミの何倍もの時間(一晩中?)を要したと思われます。

つまり、半日ほど柔らかい体のまま、動くことができないのです。
石炭紀後期〜ペルム紀前期になると爬虫類が急速に進化を始め、活動的に狩りをするようになりました。羽化をしている最中のムカシアミバネムシ類は、まさに格好の養分だったことでしょう。大きすぎる体が仇となり、彼らの時代は終焉を迎えたのかもしれません。

羽化に要する危険な時間を考えると、昆虫たちは小さくなることで弱点を克服したとも解釈できます。自然界における強さとは、大きさだけで決まるものではないのです。

ギガティタン 〜格闘戦なら無敵? 巨大なカマを装備する肉食昆虫〜

皆様、現代の遺伝子工学がさらに進歩して、カマキリとバッタの合体生物が誕生したとイメージしてください。バッタのごとく翅をばたつかせながら舞い降り、カマキリ持ち前の攻撃力と鋭利なカマを掲げて襲いかかってくるーーまさに、洗練された空の辻斬りです。

そんな怪物じみた容姿の昆虫が、中生代三畳紀ーー恐竜時代の初期に生きていました。

その名はギガティタン・ヴァルガリス(Gigatitan vulgaris)。キルギス共和国の三畳紀後期の地層から化石が産出しており、本属は約2億2700万年前までは生存していたと考えられています。バッタ類やカマキリ類に近い昆虫のようですが、分類学的にはどちらのグループにも属さない謎多き種類です。
ギガティタンの前脚はカマ状の形態をしており、カマキリと同じく獲物をがっちり捕縛するためのトゲが生えていました。左右に広げた翅の幅は約40 cmにもなり、かなり強大な肉食昆虫だったと思われます。恐るべき威容は、まるでSF映画のクリーチャーです(下記リンク参照)。

子供の頃、オオカマキリに指を斬りつけられた人もいると思います。結構な痛さですよね。はるかに巨大なギガティタンのカマの斬撃を受ければ、人間の皮膚など簡単に切り裂かれてしまいそうです。

ギガティタンのメインの獲物は節足動物だったと思われますが、これほどの巨大肉食昆虫だったなら、小型の脊椎動物も十分捕食できたはずです。現生のカマキリもネズミや小鳥を襲って食べた事例があります。ずっと大きなギガティタンならば、小型恐竜の幼体を狩ることも可能だったと思われます。

そんな格闘戦士のギガティタンにも弱点はありました。なんと、翅があるにも関わらず、重い巨体のせいで長時間の飛行が難しかったようなのです。翅そのものは大きいのでまったく飛ばないということはなく、おそらく滑空メインの飛行様式だったと思われます。
高速飛行して獲物を強襲するトンボとは異なり、ギガティタンは地上や樹上で狩りをするインファイト型の捕食者なので、さほど高度な飛行能力は必要なかったのかもしれません。

生物史上初めて翅という器官を獲得したことで、昆虫の地位は揺るぎないものとなりました。翼竜が出現するまでの永い期間、虫たちは空を独り占めしていたのです。
多様化し、生息域をどんどん広げる古代昆虫。彼らの進撃は留まることなく、さらなる飛躍を遂げていきます。

【前回の記事】

【参考文献】
Kukalová-Peck, J., et al.(1983)New Homoiopteridae (Insecta: Paleodictyoptera) with wing articulation from Upper Carboniferous strata of Mazon Creek, Illinois. Canadian Journal of Zoology. 61 (7): 1670–1687.
Doell, H.V., et al.(1998)Introduction to Insect Biology and Diversity (2nd ed.). Oxford University Press. p. 321.
BÉTHOUX, O.(2007)Cladotypic Taxonomy Applied: Titanopterans are Orthopterans. Arthropod Systematics & Phylogeny, 65 (2) 135 – 156.
金子隆一(2012)『ぞわぞわした生きものたち 古生代の巨大節足動物』SBクリエイティブ
石田雅彦(2018)『天空の覇者だった「巨大トンボ」とは』Yahoo!ニュース
フランシス・チャンス(2019)「僅か50ミリ秒で獲物の動きに反応して95%の確率で狩りを成功させる『トンボ』から学ぶ新型ミサイルの研究」MILITARY BLOG NEWS
山本奈緒子(2019)「長さ1mの巨大ゼミ!羽化に時間がかかって絶滅?」『わけあって絶滅しました。』特別企画(2/3) DIAMOND online https://diamond.jp/articles/-/213194
トヨタの森 公式ブログ(2021)『【生き物解説】飛ぶ技術は昆虫界ナンバーワン・トンボの体の秘密に迫る!』トヨタの森 里山学習館エコの森ハウスhttps://toyotanomori.gazoo.com/posts/20968547/ 
白鳥と昆虫と花などの自然観察(2022)『マルハナバチが飛ぶ仕組み』https://naturally-land.com/2022/05/21/maruhanabachi/

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