The Lost Universe 古代の巨大水鳥③巨大ペンギンモドキ
水中を遊泳する鳥は、決してペンギンだけではありません。ウミガラスやエトピリカのように、ペンギンに酷似したスタイルで遊泳する「そっくりさん」がいます。彼らは新生代の中頃に誕生し、日本を含む北半球の海で繁栄していました。
謎に満ちた古代の海鳥ペンギンモドキ。彼らの中には、本物のペンギンよりもずっと大きなサイズに達する種類もいました。不思議な海の巨鳥たちの生態と繁栄の謎について、最新の研究をもとに迫っていきたいと思います。
ペンギンモドキとは何者か?
水中遊泳を極めた海鳥「プロトプテルム類」
「ペンギンのそっくりさん」ことペンギンモドキ。学術的なグループの名称はプロトプテルム類といいます。新生代の約4100万~約1500万年前(始新世中期~中新世中期)にかけて栄えた海鳥で、北アメリカと日本から化石が産出しています。
その姿はペンギンと瓜二つであり、生態的にもかなり共通点は多かったと思われます。彼らは海岸に巣を構えて暮らし、発達した前足を活用して、巧みに水中を泳いでいたと考えられています。ペンギン同様に完全なる遊泳特化を果たしていたので、空を飛ぶことはできませんでした。
では、ペンギンそっくりなプロトプテルム類の正体は一体何なのかと言うと、ウやカツオドリの仲間だと考えられています。系統的に異なる種類がそっくりの形質・形態に進化することは自然界では頻繁に見られ、これを「収斂進化」と呼びます。プロトプテルム類はペンギンそっくりの姿をしているのも、遊泳生活に見事に適応した結果だと言えるでしょう。
ただ、そっくりさんと片づけるには脳の特徴や前足が似ているので、「プロトプテルム類はペンギンモドキではなく、本当にペンギンの仲間なのではないか?」という学説を唱える研究者もいます。一方、近年の研究では、プロトプテルム類とペンギン類の脳形態には差異があると判明しており、互いに別系統である可能性も高いと言えます。
北アメリカ大陸に次いで、日本はプロトプテルム類の化石の一大産出地です。2024年現在、国内では新生代の地層から5種類のペンギンモドキ化石が発見されており、その中には新種として記載された種類も存在します。
プロトプテルム類の多様化には、当時の海洋環境が大きく関係していると考えられます。北太平洋沿岸では巨大なケルプ(海藻)が繁茂し、水棲生物の繁殖しやすい藻場の形成によって、ペンギンモドキの生活にベストな環境ができあがっていったと思われます。また、火山活動によってワシントン州とオレゴン州の沖合の火山島が出現し、プロトプテルム類にとって好適な自然繁殖地が生まれました。大陸の捕食者に襲われる不安もなく、アメリカのペンギンモドキは大いに栄えていったことでしょう。
前述の通り、プロトプテルム類はペンギンとの共通点が多いです。ですが現代でも、ペンギンに似た特徴を持つ水鳥はいます。彼らとペンギン、そしてペンギンモドキの特徴を比べてみましょう。
現代にも存在する? ペンギンのそっくりさん
プロトプテルム類の系統は現存していませんが、ペンギンに酷似した鳥は現代でも目にすることができます。代表的な種類はチドリ目ウミスズメ科の仲間たちであり、ウミガラスやエトピリカなどが有名です。さすがにペンギンには及ばないものの、優れた遊泳能力を備えており、海洋性のハンターとして確固たる地位を築いています。
ウミガラスやエトピリカは前足の翼を用いて、水の中を巧みに泳ぎ回ることができます。しかし、彼らの翼はあくまで「オール機能のついた飛行用の羽」であり、遊泳能力では本家のペンギンには及びません。また、飛翔性の鳥であるがゆえに、骨の構造は軽くて密度が小さく、ウミガラスやエトピリカはそれほど深く潜ることができません。彼らの強みは飛行能力とある程度の水中行動能力を併せ持つことであり、海の中では遊泳特化型のペンギンやペンギンモドキにはかなわないのです。
ウミガラスやエトピリカはあくまで「ペンギンのそっくりさん」であり、よく見ると形態的はかなり差異があります。ですが、同じウミスズメ類の絶滅種の中には、まるっきりペンギンにしか見えない非飛行性の海鳥がいました。
彼らの名はオオウミガラス。チドリ目ウミスズメ科に属していますが、見た目も歩き方もペンギンとよく似ており、実はペンギンよりも先に「ペンギン」と呼ばれた海鳥なのです。記載時にピンギヌス・インペンニス(Pinguinus impennis)という学名が与えられており、正確にはオオウミガラスこそが「真のペンギン」と言えます。
しかしながら、羽毛や卵を目当てにした人類の大規模な乱獲によって、19世紀の中頃にオオウミガラスは地球上から姿を消してしまいました。陸上での動きが緩慢なうえに人に対して警戒心が少なかったことから、彼らは次々と人間たちに捕らえられていきました。また、本来は生き物を保全しなくてはならないはずの博物館が、絶滅前になんとかしてオオウミガラスの標本を手に入れようとし、乱獲に拍車をかけていきました。
オオウミガラスの絶滅によって、「最初のペンギン」はこの世からいなくなってしまったのです。悲劇を繰り返さないためにも、我々は歴史から反省材料を学んで、未来の生物保全に役立てていかなくてはなりません。
オオウミガラスの絶滅は人類の私利私欲に起因するものであり、自然淘汰が絶滅要因であるプロトプテルム類とは事情が異なりますが、彼らがペンギンと同じ生き方を選んだ生命という点は共通しています。
我々を魅了する謎めいた海鳥たち。彼らの中には、さらに私たちの度肝を抜く大型種が存在していました。
古代の巨大ペンギンモドキ
コペプテリクス ~古代日本の海で繁栄した最大級のペンギンモドキ~
数あるペンギンモドキの中で最も大きな種類は、日本で発見されたコペプテリクス・タイタン(Copepteryx titan)です。福岡県の約2840万~約2300万年前(漸新世中期~後期)の地層より化石が出土しており、採集された大腿骨から、近縁種をもとに全身の大きさが算出されました。その推定全長は約2 mに及び、直立すれば人間より背が高かったと思われます。
他のプロトプテルム類と同じく、コペプテリクスは狩りの際に海洋へ繰り出し、魚や頭足類(イカやタコの仲間)を捕食していたと考えられています。天敵は大型のサメやハクジラ類であり、狭い水中の障害物の隙間に隠れたり、急いで岸に上陸したりして身を守ったのかもしれません。水族館好きの方ならよくご存じだと思いますが、陸上ではよちよち歩きのペンギンも、水中では信じられないほど機敏で迅速に躍動します。きっと、ペンギンモドキもかなりの速度で海の中を「飛翔」したことでしょう。
多くの海鳥の事例から推察すると、コペプテリクスは沿岸部に巣を構え、大集団で営巣していた可能性があります。ただ、彼らは己と我が子の身を守るために寄せ集まっているだけであり、他の幼体が自分のテリトリーに入ってくれば、容赦なくクチバシで攻撃したかもしれません。これはウミネコなどの多くの海鳥で見られる習性です。残酷なように思われるかもしれませんが、彼らは自分の家族を守るために必死に行動しているのです。
新生代中期の日本に生きていた最大級のペンギンモドキ。全長2 mもの巨鳥が海へ飛び込み、大洋を縦横無尽に泳ぎ回る様は、さぞかし壮観だったことでしょう。
クララモルニス ~北アメリカ最大のペンギンモドキ! 櫂の羽で海を翔る!!~
日本のコペプテリクスがプロトプテルム類の横綱ならば、北アメリカのクララモルニス・クラルキ(Klallamornis clarki)は大関もしくは関脇のクラスにあたります。本種は日本産のコペプテリクス・タイタン(Copepteryx titan)やホッカイドルニス・アバシリエンシス(Hokkaidornis abashiriensis)に次いで大きなペンギンモドキであり、約4130万~約2300万年前(始新世後期~漸新世後期)の地層から化石が発見されています。
採集されたクララモルニスの骨格は断片的なものですが、近縁種との比較により、おおよその大きさが推定されています。コペプテリクスやホッカイドルニスと比べてクララモルニスはやや小型だったようですが、それでも現生のコウテイペンギンよりも大きく、かなり大型の海鳥であったと考えられています。
同時代の同地域には、クララモルニスのみならず複数のペンギンモドキが生息していました。現在の南極大陸においてアデリーペンギンのすぐ側を大きなコウテイペンギンがのし歩くように、新生代中期の北アメリカでは小~中型のプロトプテルム類と巨大なクララモルニスが同じ海域で共存していたと思われます。
海鳥の一群として大成功を収めたペンギンモドキですが、絶滅の理由について決定的な見解は出ていません。プロトプテルム類と古代大型ペンギン類の衰退時期はほぼ同じタイミングであり、もしかすると海洋哺乳類の繁栄がペンギンモドキの絶滅に関わっているのかもしれません。
ペンギンモドキが栄えていた新生代中期の北半球の海。ほぼ同じ時代、南半球の海では、我々のよく見知ったタイプの非飛行性鳥類が栄えていました。ただ、彼らのサイズは現生種よりもはるかに巨大でした。
いよいよ、本物のペンギンたちが進化の歴史に登場します!
【前回の記事】
【参考文献】
今泉忠明 (1995)『絶滅野生動物の事典』 東京堂出版
Olson, S., et al.(1996)A new genus and two new species of gigantic Plotopteridae from Japan (Aves: Pelecaniformes). Journal of Vertebrate Paleontology 4 (16): 742-751.
Mayr, G., et al.(2016)Eocene and Oligocene remains of the flightless, penguin-like plotopterids (Aves, Plotopteridae) from Western Washington State. Journal of Vertebrate Paleontology. 36 (4): 1–18.
青塚圭一(2018)「中生代の鳥類における骨格及び生態の進化」『日本鳥学会誌』第67巻第1号, P41-55.
Mayr, G., et al.(2021)Comparative osteology of the penguin-like mid-Cenozoic Plotopteridae and the earliest true fossil penguins, with comments on the origins of wing-propelled diving. Journal of Zoological Systematics and Evolutionary Research. 59 (1): 264–276.
北九州市立いのちのたび博物館の解説キャプション
頁葛西臨海水族園の解説キャプション