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The Lost Universe 古代の巨大鰭脚類①鰭脚類の始まり

水族館で会うアシカやアザラシは、とてもお利口で可愛く見えます。飼育施設で見ることが多く、我々にとって彼ら鰭脚類ききゃくるいはとても身近な生き物に思えてきます。
ですが、彼らの進化や起源については謎が多く残されています。鰭脚類の歴史を紐解いていったとき、我々の想像を超えた驚異的な生命との出会いが始まります。


鰭脚類とは何者か?

「アシカやアザラシは何の仲間か?」と訊かれて、すぐに答えられる方は生物学に関心の強い人だと思います。ヒントは彼らの顔つきです。よーく見てみると、ある動物たちとの共通点があることに気づきます。

鋭く尖った歯。肉食獣のような顎のフォルム。
どこかイヌやネコに似ていると思いませんか?
そう、鰭脚類はライオンやオオカミやクマと同じ食肉類の仲間なのです。その中でも、鰭脚類はイヌに近い「イヌ型亜目」というグループに属します。

イヌやネコに似た顔つきのワモンアザラシ(おたる水族館にて撮影)。彼らは食肉類であり、並みいる猛獣たちと兄弟筋なのです。

ここで「アザラシは食肉類。じゃあなんで鰭脚類って呼ばれてるんだ?」と思う人もいらっしゃるかもしれません。
実は分類学上の鰭脚類の立ち位置については研究者によって意見が様々で、中には哺乳類のグループとして認めるべきではないと唱える人もいます。ですので、この記事においては、特定のグループを示す俗称として扱いたいと思います。鰭脚類のみならず、多くの生物において分類単位が見直されることはしばしばあるため、生き物好きなら先端研究に情報のアンテナを立てておかなくてはなりません。

それでは、改めて鰭脚類がどのような生き物なのかについて見ていきましょう。身近でありながら知られざる彼らの生態は、魅力と不思議に満ちています。

飼育施設でパフォーマーとして活躍するカリフォルニアアシカ(下関市立しものせき水族館・海響館にて撮影)。我々にとって馴染み深い鰭脚類を科学的に考察していきたいと思います。

高度な泳力を獲得した食肉類の一族

アシカやアザラシが水棲適応した哺乳類であることは、誰もがご存じだと思います。鰭脚類という名が示す通り、彼らの四肢はヒレ状になっていて、これらを駆使することで水中での驚くほど警戒な運動を見せてくれます。なお、どっぷりした外見のため気づきにくいかもしれませんが、彼らのボディは流線型をしており、水の抵抗を抑えて驚異的なスピードで遊泳できます。

軽やかに泳ぐゴマフアザラシ(いおワールドかごしま水族館にて撮影)。彼らの水中での機動性は目を瞪るものがあり、陸上での鈍重さが嘘のように躍動します。

その遊泳方法は、種類によって異なっています。アシカは前脚のヒレで推力を生み出し、アザラシは後脚のヒレを推進源として使用します。よく見ると泳ぎ方がまったく違っているとわかりますので、ぜひ水族館で観察してみてください。

力強い舞を見せるカリフォルニアアシカ(海遊館にて撮影)。前脚のヒレをメインに推力を生み出し、アクロバティックに泳ぎます。

一部の種類を除き、ほとんどの鰭脚類は陸と海洋を往来するライフスタイルを取っています。ですので、地上でもある程度の活動は可能です。ただし、四肢がヒレ状になった分、陸での機動力が犠牲となり、近縁の食肉類のように大地の上をギャロップすることはできません。よって、地上にいるときはクマなどの肉食動物に狙われやすくなります

飼育員さんの後ろを歩くオタリア(横浜・八景島シーパラダイスにて撮影)。鰭脚類は陸で活動することも可能であり、アザラシ類よりもアシカ類が地上での運動能力に優れています。

なお、歩き方にも分類群ごとに違いがあります。歩行するときアシカは上体を起こし、前脚で地面を蹴って活発に躍動します。一方、アザラシは完全な腹這いの状態となり、胴体を地面に擦りながら、前脚で匍匐前進するように移動します。つまり、陸上での運動能力はアシカの方が上手ということになります。
鰭脚類の体の構造を押さえたら、次は彼らの生態を見ていきましょう。可愛い印象の強いアシカやアザラシたちは、その能力を自然界で遺憾なく発揮し、壮絶な生存競争を戦っています。

南海から極地まで世界中で大繁栄

水中生活に適した身体構造を備え、水域へ進出した鰭脚類。野生動物のドキュメンタリー映像でお馴染みのように、自然界において彼らは群れを成して生活しています。種類によっては超大規模な集団を形成することもあり、ものすごい数のアシカやアザラシが海岸で日向ぼっこをしている姿はとても壮観です。
そう、鰭脚類は世界的に繁栄をしている水棲哺乳類の1つなのです。暖かい海、極地の寒い海、さらに淡水も含めて世界中の広範囲に彼らは分布しています。

寒冷地の海に生息するセイウチ(伊豆・三津シーパラダイスにて撮影)。大きな体と分厚い皮下脂肪のおかげで、北極の寒さにも耐えることができます。
ロシアのバイカル湖水系に分布するバイカルアザラシ(鳥羽水族館にて撮影)。海水域のみならず、鰭脚類は淡水域にも進出しているのです。

鰭脚類は総じて捕食動物です。魚類・甲殻類・軟体動物を食べる種類が多く、海洋生態系の中位捕食者の地位に立っています。また、ヒョウアザラシなど一部の強肉食性の種類は鋭い歯牙を備えており、ペンギンや他のアザラシを襲って食べてしまいます。
逆に、天敵となるのはシャチやサメなどの海洋性大型肉食動物です。鰭脚類は泳ぎが得意ですが、水の中では本職の完全水中適応動物にはかないません。ですので、水中で天敵に遭遇したのならば、早めに陸地に上がって難を逃れる必要があります。

カニクイアザラシの頭骨(国立科学博物館 特別展「大哺乳類展3―わけてつなげて大行進」にて撮影)。その名の通り、甲殻類を主食としており、隙間の多い歯はフィルターとして機能します。
南極に棲むヒョウアザラシの剥製(国立科学博物館 特別展「大哺乳類展3―わけてつなげて大行進」にて撮影)。ペンギンや他の鰭脚類を食べるだけでなく、(捕食目的なのかは不明ですが)人間に襲いかかった事例もあります

彼らの出産や子育ては陸上で行われます。哺乳類ゆえに、幼体はしばらくメスの母乳を飲んで育ちます。離乳期になると、親は水域と陸を往来して、捕まえた水棲生物を子供に与えます。
なお、親が狩りに行って留守になったときは、幼体にとって最も危険な状態となります。猛禽類の肉食鳥やキツネなどの肉食哺乳類からすると、弱々しい鰭脚類の赤ちゃんは格好の獲物です。事実、陸上肉食動物に襲われて命を落とす赤ちゃんは、とても多いのです

オットセイの幼体の剥製(国立科学博物館 特別展「大哺乳類展3―わけてつなげて大行進」にて撮影)。まだ小さく遊泳技術も未熟なので、この時期は多くの捕食動物に狙われやすくなります。

自然界は恐ろしい天敵でいっぱい。では、鰭脚類の子供たちはどのようにして、野生の戦場に飛び込んでいくのでしょうか。
答えは至ってシンプル。人間と同じように、幼体はトレーニングを重ねて一人前になります。大自然の中で通用するスイマーを目指して、泳ぎの練習を積んでいくのです。厳しいようですが、このときに高い遊泳技術を身につけられなければ、いずれ天敵に捕まって食べられてしまいます

ワモンアザラシの子供(海遊館にて撮影)。鰭脚類の幼体が泳げるようになるにはトレーニングが必須であり、この個体も水族館スタッフと共に泳ぎの特訓をしました。

海岸でくつろぐアシカやアザラシは、ゆったりしたのんびり者に見えるかもしれません。ですが、彼らは熾烈な大自然の戦いを切り抜けてきた猛者たちなのです。幼体の時期から過酷な試練を乗り越えてきたからこそ、生き延びて後代に命をつなぐことができるのです。
鰭脚類が世界の広範囲に生息している事実は、彼らのたくましさに裏打ちされています。それほどタフな水の獣たちはいかにして生まれたのか、その進化の歴史を新生代中盤からたどったいきたいと思います。

鰭脚類の進化

先述の通り、アシカやアザラシはイヌに近い食肉類の仲間です。もともとは陸上肉食動物だった鰭脚類の祖先。なぜ彼らは水中生活を選び、どのような進化の道筋を通ったのかーーとても興味深いトピックです。
現代の鰭脚類はアシカ科・アザラシ科・セイウチ科に大別されます。ただ、太古には別グループを成す独特な鰭脚類たちが存在しており、激しい生存競争の中で多くの種類が生まれ、そして滅んでいったことを示唆しています。

様々な鰭脚類の剥製(国立科学博物館 特別展「大哺乳類展3―わけてつなげて大行進」にて撮影)。現代で大いに繁栄する彼らは、どのような進化の歴史をたどってきたのでしょうか。

陸上の肉食哺乳類から派生した鰭脚類。まずは彼らにつながる祖先の実像に迫ってみましょう。

祖先はカワウソのそっくりさん

現代の分類学において鰭脚類はイタチ類に近縁とされており、半水棲の食肉類ーーカワウソのような動物が祖先であると考えられています。化石哺乳類の中で鰭脚類の祖先に近い動物と見られているのは、約2300万年前(新生代中新世前期)のヨーロッパに生きていたポタモテリウム属(Potamotherium)です。柔軟性の高い流線型の体を備えていたので、水中で機敏に泳ぐことができた可能性があります。
ポタモテリウムの外見はカワウソを大きくしたような姿であり、生態も酷似していたと考えられます。おそらく鰭脚類の祖先はポタモテリウムよりも数百万年に水中適応を果たし、徐々に四肢をヒレ状に変化させていったと思われます。当時は絶滅種を含めて多種多様な食肉類が地上にひしめき合っていたので、鰭脚類の祖先は競合相手の少ない水中環境を目指したのかもしれません。

全長1.5 mほどの小型食肉類ポタモテリウム(群馬県立自然史博物館にて撮影)。鰭脚類の祖先に近縁な動物であると考えられています

起源については迫ることができましたが、それでは史上初の鰭脚類は一体どのような動物だったのでしょうか。
現代古生物学において最古の鰭脚類と考えられているのは、日本とアメリカにて化石が発見されているエナリアルクトス属(Enaliarctos)です。彼らは中新世前期(約2300万~約1800万年前)に生きていて、現生の鰭脚類に通じる特徴をいくつか備えていました。エナリアルクトス類がさらに水中適応の道を極め、アシカなどの現代種へ進化していったと考えられます。

日本で発見された初期の鰭脚類・ミズナミムカシアシカの頭骨レプリカ(瑞浪市化石博物館にて撮影)。エナリアルクトス類の一種であり、このグループからアシカやアザラシが生まれたと考えられています。

最古クラスの鰭脚類エナリアルクトス。彼らの発見と研究により、初期の鰭脚類の進化はほぼ解明ーーと言いたいですが、そう話はうまく進みません。
実は、研究者の間ではアシカとアザラシの進化をめぐって論争が巻き起こっているのです。

アシカとアザラシは親類ではない?

鰭脚類の起源は謎に満ちていますが、現生種の系統進化についても激しい論争が繰り広げられています。その1つに「アシカとアザラシは同じ系統なのか、別系統なのか」という議題があります。両者は多くの面で相違が認められ、別々の祖先から派生したのではないかと唱える研究者もおられます。

見事に芸をこなすカリフォルニアアシカ(仙台うみの杜水族館にて撮影)。アシカもアザラシも人に慣れやすい水族館の人気者ですが、両者の系統は別々であるという学説があります。

形態的な違いもさることながら、アシカ類とアザラシ類には化石の産出状況に地理的な差違があります。アシカ類の初期種の化石は大西洋側、アザラシ類の初期種の化石は太平洋側からしか出土せず、この2グループの進化は同所的に起こったものではない可能性が示唆されました。さらに、解剖学的な違いからも、両者が別系統だという見解が示されています。
一方、分子生物学的な研究によると逆の結果が出ています。アシカとアザラシのミトコンドリアDNAを比較したところ、両者は単一の起源を有していると結論づけられました。つまり、共通祖先となる種類が水棲適応した後、そこからアシカとアザラシが分化してきたということです。

アシカに負けず、芸達者なゴマフアザラシ(箱根園水族館にて撮影)。両者の姿が似ているのは、進化による偶然なのか、それとも同じ祖先から生まれたことに由来するのか、まだまだ謎は尽きません。

しかしながら、近年の研究では、別系統説にも有力な根拠が見つかっています。それは、味覚遺伝子の比較研究です。
アシカやアザラシが魚をよく味わおうとせず丸呑みしているのは、味覚を感じていないからです。鰭脚類では味覚を感じる遺伝子に変異が起こっており、その変異パターンを福山大学の研究チームが調査されました。すると、アシカとセイウチの味覚遺伝子の変異パターンは共通しているものの、アザラシの変異パターンはまったく違っていることが判明しました。本研究の成果により、アシカとアザラシは異なる祖先から進化してきたという説が再び有力になっているのです。

飼育員さんから餌をもらうオタリア(横浜・八景島シーパラダイスにて撮影)。鰭脚類は味覚を感じていません。味覚遺伝子に起こった変化を分子生物学的に調べることで、鰭脚類の進化に関する新たな知見が得られました。

馴染み深い生き物でありながら、進化史の大部分が謎に覆われている鰭脚類。古生物学的な見地から彼らの歴史を遡っていったとき、さらにミステリアスな生命の神秘に出会えるでしょう。はるかな古代の海には、想像を超える海獣たちの楽園があったのです。

【参考文献】
今泉吉典 (1991)『世界の動物 分類と飼育 2 (食肉目)』東京動物園協会
Palmer, D., ed.(1999)The Marshall Illustrated Encyclopedia of Dinosaurs and Prehistoric Animals. London: Marshall Editions.
日本哺乳類学会 種名・標本検討委員会 目名問題検討作業部会(2003)『哺乳類科学』第43巻 2号、日本哺乳類学会
Ryan S. Paterson, et al.(2020)A Total Evidence Phylogenetic Analysis of Pinniped Phylogeny and the Possibility of Parallel Evolution Within a Monophyletic Framework. Frontiers in Ecology and Evolution, Volume 7, Frontiers Media.
小池伸介, 佐藤淳, 佐々木基樹, 江成広斗(2022)『哺乳類学』東京大学出版会
Lyras, George, A., et al.(2023)Fossil brains provide evidence of underwater feeding in early seals. Communications Biology. 6 (1): 1–8.
国立科学博物館 特別展「大哺乳類展3―わけてつなげて大行進」の解説キャプション
瑞浪市化石博物館の解説キャプション

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