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The Lost Universe 古代の巨大頭足類②巨大オウムガイ

オウムガイを目の当たりにすると、古代からやってきたような生き物のように思えます。古生物図鑑に出てくるアンモナイトそっくりであり、深海をゆったり漂う姿はとてもミステリアスです。
彼らオウムガイ類は遠い昔にアンモナイトと袂を分けた存在であり、アンモナイト誕生よりもはるかな太古に地球の海を支配していました。無限に広がる大海原の中には、巨大な殻をまとうクラーケンたちがひしめき合っていたのです。


オウムガイとは何者か?

殻を背負う頭足類版の「潜水艦」

南太平洋からオーストラリアにかけての海域には、古代のアンモナイトそっくりの頭足類が現存しています。その名はオウムガイ。丸い殻を背負い、ゆったりと暗海を漂う姿には、計り知れない神秘性を感じます。無心に眺めていると、現代にアンモナイトが甦ったような心地させてくれます。
ただ、同じ頭足類でも現生オウムガイとアンモナイトは系統が異なっています。どちらかと言えば、アンモナイトはオウムガイよりもタコやイカに近い生き物です。祖先は共通しているものの、彼らは「互いに似た形をしている別の生物」であり、決して現生オウムガイがアンモナイトの子孫というわけではありません

現生種のオウムガイ(西宮市貝類館にて撮影)。姿は似ていますが、アンモナイトの仲間ではありません

オウムガイの殻の内部は隔壁で仕切られていて、軟体部は「住房」という口側の広い空間に収められています。住房の奥の各空間は空き部屋となっていて、「気房」と呼ばれています。住房からは「連室細管」という長い管が伸び、各気房の中央を貫いています。なお、殻にはフタがついており、防御時にはオウムガイは殻の中に軟体部を完全に収納することができます
彼らは気房にガスを満たし、浮力を得て海の中に浮かんでいます。さらに、軟体部から伸びる連室細管を通じて、特殊な液体(カラメル液)を気房に送ったり出したりして細かく浮力調節します。気房に溜まったガスは推進力の源としても使用され、漏斗と呼ばれる部位からガスや海水を吐き出すことで、オウムガイは行きたい方向へと進むのです。これほどの複雑な浮力調節・推進機構は、まさに潜水艦と言うべきかもしれません。

現生オウムガイの殻の切断面(北九州市立いのちのたび博物館にて撮影)。大きい空間には軟体部がおさめられており、たくさんの細かい空間には浮力を調節する役目があります。

とっても不思議な形をしており、丸くて可愛いとよく言われるオウムガイ。愛嬌あるボディにはとても癒されますが、彼らの古代の親類は海洋生態系の頂点に立つ恐ろしい捕食者でした。太古の海洋生物たちは、海を跋扈する無数のクラーケンに怯えていたのです。

古代のオウムガイ類の殻は直線型!

古生代カンブリア紀(約5億4200万~約4億8830万年前)に地球の生態系は革命的な激震を見舞われ、生命の爆発的な増加と火山活動に起因する大規模な災害が起こりました。誕生と滅びを繰り返しながら、時代はオルドビス紀(約4億8830万~約4億4370万年前)へと突入します。数多くの軟体動物や節足動物が攻めぎ合う中で、生存競争を勝ち抜いたのは頭足類でした。
彼らは現代のオウムガイと近縁な種類であり、カンブリア紀の祖先とは比較にならないほど大型化しました。オウムガイ類とは言うものの、彼らの殻は現生種とは違ってまっすぐ伸びています。その殻の特徴から、彼らは「チョッカクガイ」と呼ばれています。

古代オウムガイ類オルトセラスの復元模型(豊橋市自然史博物館にて撮影)。彼らは直線型(長円錐形)の殻を装備しており、「チョッカクガイ」と称されます。
海中で活動するチョッカクガイの復元模型(岐阜県博物館にて撮影)。殻の形こそかなり異なっていますが、実は内部構造には現生オウムガイとの共通点が認められます。

チョッカクガイの殻の内部構造は現生オウムガイと共通しています。住房に軟体部がおさめられ、殻後方の気房の中心部を貫いて連室細管が通っています。ただ、殻の形が直線的なので、連室細管もまっすぐ伸びています。

シノケラスの殻の断面(栃木県立博物館にて撮影)。現代のオウムガイと同じく、長い体管が殻の中央部を貫いて伸びています。

彼らは現生のオウムガイと同様に触手で獲物を捕まえて、強力なクチバシで噛み砕いていたと思われます。チョッカクガイに襲われたと思われる三葉虫の化石が発見されており、恐ろしい肉食動物であったことは間違いありません。殻がとても大きいので素早く泳げたかどうかは疑問ですが、当時は底生の海洋生物が多く、初期の魚たちは現生種ほど泳ぐスピードが速くなかったので、仮にチョッカクガイの機動力が低かったとしても問題なく捕まえることができたと考えられます。

チョッカクガイについての手描きイラスト付き解説キャプション(ふじのくに地球環境史ミュージアムにて撮影)。彼らは古生代から中生代まで永く血脈をつなぎました。

潜水機能のついたタイムマシンに乗って、古生代の海洋に潜ったとイメージしてみてください。深いマリンブルーの海の中では、殻のついた巨大なイカのようなオウムガイ類がうようよ泳いでいます。神話の世界のごとく、クラーケンたちが支配する時代が確かにあったのです。

古代の巨大オウムガイ

エンドセラス ~鎧をまとうクラーケン! オルドビス紀の最強生物!!~

海の魔物クラーケン。深淵に潜み、大海原を往く全ての者に襲いかかる最強クラスのモンスター。そのモデルはダイオウイカと言われていますが、実はオウムガイの血族の中にも現代の巨大イカに引けをとらないクラーケンがいました。
最大級のチョッカクガイである彼らの名はエンドセラス・ギガンテウム(Endoceras giganteum)。エンドセラス属は約4億6300万年〜約4億1600万年前(オルドビス紀中期〜シルル紀後期)の海洋に生息し、高位捕食者として君臨していました。北アメリカやヨーロッパの広い範囲にて、彼らの長大な殻の化石が発見されています。

エンドセラスと同じ大型チョッカクガイの復元模型(ふじのくに地球環境史ミュージアムにて撮影)。当時の海洋生物としては破格の大きさであり、強大な捕食者でした。

頭足類の軟体部は化石として残りにくく、チョッカクガイの大きさを知る基盤となるのは長大な殻です。エンドセラスの最大クラスの殻は約6 mもの長さがあり、破損した標本の中には長さ9 m以上にもなったと言われる殻の化石があります。他のチョッカクガイとは異なり、エンドセラスの殻の内部は、各空間の中心部を体管が貫く構造にはなっていませんでした。軟体部の構造は推測の域を出ませんが、捕食用の強靭な足を持っていたとしたら、胴体部と合わせた全長はダイオウイカさえ凌ぐかもしれません。

エンドセラスの殻の化石(国立科学博物館にて撮影)。他のチョッカクガイとは内部構造が異なっています。

オルドビス紀・シルル紀の海において、エンドセラスは間違いなく最強の存在でした。多くの無脊椎動物や初期の魚類を捕食し、我がもの顔で海中を泳ぎ回っていたことでしょう。当時の魚たちは顎もヒレも未発達であり、チョッカクガイへの対抗手段をほとんど持っていなかったと思われます。無敵のクラーケンの前に、他の生き物たちは逃げ隠れするしかありませんでした。

しかしながら、地球には永遠の強者は存在しません。時代が移り変わると、これまで食べられる側だった魚たちが飛躍的に進化を遂げます。
特にデボン紀(約4億1600万年〜約3億5920万年前)に出現した大型肉食魚類は強力かつ頑丈な顎を備えており、チョッカクガイを噛み砕くことができたと思われます。太古のクラーケンたちは、支配者の座から追い落とされたのです。食べられ続けた祖先の雪辱を果たすかのように、魚たちは勢力を強め、地球の海の覇権を握ります。

デボン紀の古代魚ダンクルオステウス(ミュージアムパーク茨城県立自然博物館にて撮影)。強力な顎の持ち主であり、チョッカクガイの殻を噛み砕くことができたと考えられます。

ライオンノセラス ~時代が変わっても続く巨大チョッカクガイの系統~

最大最強のエンドセラスの王朝が終わった後も、チョッカクガイはしたたかに繁栄を続けました。約4億年前(シルル紀末期もしくはデボン紀初期)になると、同じく殻を装備するアンモナイトが出現しましたが、まだまだ大きさではチョッカクガイはアンモナイトには負けません。
多様な古代のサメたちが力強く海中を舞っていた時代、大型のチョッカクガイであるライオンノセラス・ソリディフォルメ(Rayonnoceras Solidiforme)が生きていました。北アメリカにある約3億2500万年前(古生代石炭紀中期)の地層から殻の化石が発見されており、2003年にアーカンソー州にて出土した個体は殻の長さが約2.4 mありました。

ライオンノセラスの殻(北九州市立いのちのたび博物館にて撮影)。大型個体では殻の長さは2 m以上になりました。

偉大なる先輩エンドセラスは無敵の存在でしたが、オルドビス紀とは事情が異なり、石炭紀の海ではチョッカクガイではなく魚たちが有力者となっていました。遊泳力の高い軟骨魚類は海中を飛ぶように動くことができるうえに、古代のサメの中には全長3~4 mクラスの種類も存在しており、ライオンノセラスが獲物にするには不適だったと考えられます。
おそらく、ライオンノセラスはあまり活発に遊泳することはせず、海底近くをゆっくりと泳ぎながら、底生の無脊椎動物を捕食していたと思われます。もしかすると、初期のカブトガニ類を食べることもあったのかもしれません。

ライオンノセラスの殻の化石(国立科学博物館にて撮影)。石炭紀になっても大型種が繁栄していたことから、チョッカクガイは海洋生態系において永らく確固たる地位を保持していたと思われます。

チョッカクガイは海洋生態系に捕食動物としての地位を築き、中生代にまで命脈をつなぎますが、約2億年前(三畳紀末期もしくはジュラ紀初期)には系統が途絶えてしまいます。現代では殻の丸いオウムガイが生きていますが、彼らはチョッカクガイとは兄弟筋にあたる存在であり、直系の子孫ではありません。中生代の中頃をもって、チョッカクガイの繁栄には終止符が打たれたのです。

古生物としてはマイナーなチョッカクガイですが、彼らは極めて偉大な存在です。その系統が古生代から中生代まで存続したことは驚異的であり、非常に成功した海洋生物なのです。
そして、古代にはもう1つ、超大繁栄を成し遂げた頭足類の派閥が存在します。多くの人々の魅了し続ける古生物ファンの憧れの的。ついに、アンモナイトたちの時代が始まります!

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【参考文献】
編:日本古生物学会 (1991)『古生物学事典』朝倉書店
福田芳正(1996)『古生態図集・海の無脊椎動物』川島書店
辻野泰之(2003)「生きた化石 オウムガイ」徳島県立博物館 https://museum.bunmori.tokushima.jp/cc/52.htm
Kröger, B., et al.(2007)Actinoceratoid Nautiloidea (Cephalopoda)— A new perspective; Journal of Paleontology Vol 81, No 4, pp 714-724.
Rudkin, David, M.(2011)Exoskeletal abnormalities in four trilobites. Canadian Journal of Earth Sciences.
Kröger, B.(2013)The cephalopods of the Boda Limestone, Late Ordovician, of Dalarna, Sweden. European Journal of Taxonomy (41).
平坂寛(2017)「オウムガイの捕まえ方と食べ方」デイリーポータルZ https://dailyportalz.jp/kiji/170606199818


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