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#22 晴着

次の日、早朝から着付けとヘアセットが始まった

私は突っ立っているだけだけど

ボーッとしていると、成人式のことを思い出した


「何色の振袖が着たい?」

と聞かれたので

「黒」

と言った


大人ぽくて、怪しげで、かっこいい

憧れたからだった


母は猛反対して言った

「黒はこれからなんぼでも着れる

 それに、そんなにええもんじゃない」


結局上から下まで真っ赤っかの

いかにもめでたい振袖に決まっていた


次々に装着されていく、憧れていた黒い着物

帯も、帯揚げも何もかも・・・

本当に真っ黒だ


唯一、胸に刺された桔梗の紋だけが白く光る

もうこの着物は着たくない、そう思った


告別式って、何をするのだろう

私はお葬式に行ったことがなかった


祖父が亡くなった時は、家で葬式をしたし

20歳そこらだった私は何の役目もなかったから

細かくは覚えていない


出発に近づくにつれて、雨がひどくなった

雨天中止になればいいのに・・・

お父さん、行きたくないのかも


そんなことを考えながら、傘を差して車に乗り込んだ

式場に着いたけど、まだだいぶ時間がある

控室でしゃべっている気分でもないし、少しでも父の側にいよう


私は父の棺桶を探して、告別式会場に入って行った

そこには驚く光景があった



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見渡す限りの広い祭壇には

数えきれない白い菊の花が、まるで雲のように、波のように

これがきっと天国なのだろう


ゆっくりと時が流れ、穏やかで美しい空の中央には

父の遺影が飾られていた


「すごいねぇ」

父の顔をペチペチ叩くと


「まぁ、こんなもんや」

父の声が聞こえた


なんだか父と話をしているようで

それとも、もうこれが父の側にいられる最後の時と感じたのか


式が始まるまで、私はそこから一歩も動けなくなった



とうとうお経がはじまった

何を言っているのか、何の儀式なのか、さっぱりわからないけれど

今日だけはずっと終わらなければいいのに


弔辞をしてくれたのは、知っている顔の先生だった

確か、校長先生になったとか


高校三年生の時、生物を教えてもらった

もの静かで、抑揚のない不思議な先生だったが

父とはずっと付き合ってくれていたようだ


焼香がはじまった

ここからは私たちの出番だ

5〜6個並んでいる焼香の前に行き、家族全員で一気に済ませると


向かって左側に母と兄が、右側に私とジンが立つことになっている

ここまでは計画通りだ


告別式が始まる前から、ずっと最前列に座っていた私は

この時はじめて、振り向いて会場を見渡した


「黒っっっ!」


一応、市内では1番大きな会場を用意したにも関わらず

会場の中を埋め尽くした喪服達は


準備している椅子では足らず

脇の方に立っている人、外の方まで並んでいる人


会場に上がってくる階段にまで

まるでアリの大群のような真っ黒の人、人、人・・・


私はかなり戸惑って、大きな深呼吸をした

「ここから、何か大きなことが始まる」

直感のようなものを感じていた


すうーっと、身体の中が浄化されたような

透明できれいなものが流れて行ったような気分だった


祖母が地を這うような声で言った

「こんな式をしてもろうても、私はひとつも嬉しくない

 安幸が生きていてくれる方がずっとずっと嬉しいのに」


サツキばあ、お父さんは死んだ

それはもう、変わることのない現実だよ

逃げずに進もう


そしてこの時、私は嬉しかった


狭い病室で戦った2ヶ月間

かっこつけの父は

必要がなければ、ほとんど誰にも会おうとはしなかった


寂しかっただろう、悔しかっただろう

父がかわいそうで、不憫だった


だけど、今、こんなにたくさんの人が父に会いに来てくれている


父は自分だけのものだと

誰にも渡したくないと思ったけど

間違いだったことに気づくことができた


ここに居る全ての人が、父と同じ時間を過ごしている

それが長かったのか、短かったのか

浅かったのか、深かったのか、そんなことは関係ない


お父さん、最後に会いたい人みんなに会えて、よかったね


私が父のためにできる最後のことは何だろう?

ここにいる全ての人に、心から頭を下げることだ


涙は悲しみから感謝へと変わっていた









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