見出し画像

#20 混沌

私達とほぼ入れ違いに

父の弟夫婦が、大阪から高知にお見舞いに来たそうだ


父は実の弟の前で、立ち上がったり、字を書いたり

元気に振る舞って見せたらしい


「夏には高知に帰るから」

そう言っていた弟をずっと待って

ちゃんと待って、それから逝ってしまった


「あと1、2日かもしれない」

連絡を受けて、すぐに高知へ向かったけれど

父の最期に私は間に合わなかった


そうとは知らず、とにかく家に直行してみると

たくさんの車が止まっていた


不思議に思って玄関を開けると、叔父がドカドカと出てきて

「親父は帰ってきちょうがよ、わかるやろ!」

と怒鳴られた


なぜいきなり私が怒鳴られるのか、この人が勝手にうちにいるのか

イラついて殴りたくなったが、心の反対側では全ての謎が解けていた


父の部屋には、何人か知らない人がいて

父は真ん中に行儀良く寝ているようだった


「お父さん、お父さん」

返事をしない


「お父さん!」

顔を触ってみたら、冷たくて、硬い


「お父さん!!」

布団をめくってみたら、保冷剤がたくさん入っている

手を触っても、石のように固まってしまったのか、動かない

こんなんじゃない、こんなんじゃなかった


夫と母が入ってきた

「お父さんが、返事してくれん」

「お母さん、お父さん、なんて言うた?けいのこと、なんて言うたが?」


二人とも、ただ、うなずいて

「うん、うん」と答えるだけだ


もう、何か考えようとしても頭の中がグルグル回るだけでうまくいかず

諦めた私は、父の布団に突っ伏して、大声出して泣いた


周りにいた人達の話声が聞こえる

「何歳やったって?」

「まだ57歳やと」

「膵臓が悪かったんやろ」

「通夜はどこでするがやろうか」


父の声が聞こえた

「ぺちゃくちゃうるさい、帰れ」


私の口が勝手に開く

「もう帰って!喋りたかったら出て行って!」


母はビックリした様子で

「すみません」

と謝っていたが、私は間違ってなんかない

謝るのはそっちだろう


その場にいた人は、ポツリ、ポツリと帰って行った


やっと父と二人になれた

たった一人の私だけの大好きなお父さん


母は少しづつ話し始めた

「夜中の2時やった

 お母さんと、お兄ちゃんと、ジンで看取ったがよ

 痛みももうなくてね、眠るようにふーっと逝ってしもうた

 何にもしゃべらんかった

 お父さんの側におっちゃって」


悔しかった

その場に私だけがいなかったことが、悔しくて、また泣いた


どのくらい経っただろう

いろんな人がやってくる

誰とも、何にも話したくない


頭がガンガンして

2階にある、かつての私の部屋に閉じこもり、目をつむった


目が覚めても、頭が割れるように痛い

立ち上がると足がフラついた

38.5℃、これが3度目の発熱だった


すぐに病院に行った

時間外の診察医は、いつも面倒くさそうな態度で横柄に見える


看護師が体温計を持ってきた

見たことのある顔だった

高校の同級生だ


あまり話したこともないし

「久しぶり〜」

なんて世間話をする気もない

「風邪だけが原因じゃないね、疲れちょうね」


もう、どこからか噂が回っているのだろう

田舎の口コミは早い


高校の校長が現職中に亡くなったニュース

そしてこの看護師も、かつての恩師を亡くした生徒なのだ


画像1


家に帰ると、父の前にはリコちゃんが座っていた

「あんたも、おとうも大バカや!」

そう言って、怒って、怒って、泣いていた


私より怒ってくれて

私より悲しんでくれる人がいると

冷静になれるのは、不思議なことだ


ありったけのパジャマを着て、ありったけの布団を出して

父の横に寝転んだ


昔、怖い夢を見ると

夜中に父の布団に潜り込んだことを思い出した

こうして寝るのは何年ぶりだろう

熱と薬のせいか、すぐに眠ってしまっていた


「熱い!」

目が覚めると、汗で身体中びっしょりだったが

おかげで熱は下がったようだ


隣には、いつの間にか母が寝ている

向こうには兄が寝ていた

考えることは皆同じか・・・


着替えをして、もう1度、目をつむった


朝になると、頭もスッキリしていた


「忙しくなるぞ」

父の声が聞こえた


もう泣いてはいけない気がした


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?