見出し画像

「イヌジニ」4

《4場》安西の家・ダイニングキッチン

オオイヌノフグリが抽象的に咲き始めている。
SE:ナイター中継を見ている安西。チーズも一緒にナイターを見ている。食後の皿を洗っているサクラ。困惑しているパラダイス。

パラダ 「俺の定位置に猫がいる」
サクラ 「・・・」
安西  「・・・」
パラダ 「サクラ、なんで猫がいるんだよ」
サクラ 「・・・」
パラダ 「あれ、俺の声聞こえなくなっちゃったか」
サクラ 「・・・」
パラダ 「おいサクラ!」
チーズ 「うるさい。私、ベイスターズファンなの!少しは気を遣いなさい」
パラダ 「あーもう!お前そこどけよ!俺の場所!」
チーズ 「今日からは私の場所です」
パラダ 「なんでそうなるんだよ!」
安西  「サクラ、パラダイスが何か言ってるぞ」
パラダ 「サクラ!なんなんだよこの猫は?」
サクラ 「チーズよ」
パラダ 「名前なんてどうでもいいんだよ。何で猫がいるんだよ」
サクラ 「ここに住みたいって言うんだから仕方ないでしょ」
パラダ 「俺に相談もなしにかよ」
サクラ 「何であんたに相談しなくちゃいけないのよ」
パラダ 「誰がこいつの面倒を見ると思ってるんだ!」
サクラ 「パラダイスが面倒見てくれるの?」
チーズ 「何であんたに面倒見てもらわなくちゃならないのよ」

チーズ、パラダイスをシャっと引っ掻く。

パラダ 「痛って痛って痛って・・・何でここに住みたいんだよ」
サクラ 「チーズは雪印さんに捨てられたの」
パラダ 「雪印ってあのおばあちゃんのニオイの。でも仔犬がどうとか言ってたよね。なんでネコが」
サクラ 「風水で猫と住んじゃいけないって出たんだって」
パラダ 「風水?風水って占いの?ドクターコパの?」
サクラ 「そうよ。あんたなんで詳しいの?」
パラダ 「あいつ最近モナカ売り始めたらしいぞ」
サクラ 「モナカ?なんで?」
チーズ 「あのさ、私テレビ見てるんだけど。落ち着かないんだけど」
パラダ 「あんた捨てられたのか。雪印さんに」
チーズ 「よくわかりませーん」
パラダ 「捨てられたんだろ?」
チーズ 「わかりませーん」
サクラ 「パラダイス、そんなこと聞かないの」
パラダ 「はいはい。人間ってネコには甘いんだよなあ」
安西  「楽しそうだな」
サクラ 「え?」
安西  「俺だけ言葉がわからなくて、何か知らない国に来たみたいだ」
サクラ 「あ、ごめん」
安西  「ここ、俺の家なのに」
パラダ 「うるせーな。仕方ねえだろ」
安西  「そういえば犬と猫って言葉が通じるんだね」
サクラ 「本当だ。そういえば」
チーズ 「同じとこで生活してるんだから通じるに決まってるじゃない。人間の世界だってそうでしょ?」
サクラ 「確かに。アメリカに住んでれば日本人も英語を話せるようになるのと一緒か」
安西  「なんでワンワンとニャンニャンが一緒なんだろう?」
サクラ 「この子達は別にワンワンとか言ってないみたい」
安西  「サクラ、頼みがある」
サクラ 「え?何?」
安西  「俺にもこいつらの言葉を教えてくれないか」
サクラ 「ええ?私だって勉強したわけじゃないのに」
安西  「何かヒントがあると思うんだ。なあパラダイス」
パラダ 「じゃあ俺が何て言ってるか当ててみな」
サクラ 「パラダイスが何て言ってるか当ててみろって」
安西  「分かった」

※ガチでゲーム。
お題が出てパラダイスは「ワンワン」で言葉を表現する。
それを聞いて安西が何て言ってるか答える。

安西  「じゃあ次はチーズ!」

 ※同様に。

安西  「ダメだ。全然わからない」or「ちょっと分かった気もする」etc..
チーズ 「人間って愚かね」
パラダ 「・・・とにかくおばさん!」
チーズ 「なあに?」
パラダ 「あんたがここに一緒に住むなんて、俺は認めないぞ」
チーズ 「あなたに認めてもらう必要なんてあるのかしら」
サクラ 「うーん。ないね」
パラダ 「サクラちゃーあん・・・」
サクラ 「パラダイス!あなたはチーズが殺されてもいいの?」
パラダ 「そんなことないけどさー」
チーズ 「ふふっ」
パラダ 「あ、お前今笑っただろ」
チーズ 「いいえ」
パラダ 「絶対笑った。サクラ、こいつ俺のことバカにしてる」
チーズ 「バカになんてしてません。私、殺処分されそうなところを安西さんに助けられたんです。もう他に行く宛がないんです。お願いです。どうかここに置いてください」
サクラ 「うん。私からもお願い」
パラダ 「うーん・・・このまま放ってはおけないしなあ」
チーズ 「パラダイスさん、お願いします」
パラダ 「そうだよなあ・・・わかった!俺も男だ!」
チーズ 「ふふっ」
パラダ 「あ、また笑った!」
チーズ 「森田健作のモノマネするから」
パラダ 「森田健作!ああ千葉県知事の!って古い!こいつまた俺のことバカにしたーもうやだ。サクラ」
サクラ 「だとしても、殺されていいってことにはならないでしょ!」
パラダ 「分かったよ。分かりましたよ。一緒に住めばいいんでしょ」
サクラ 「そういうこと。じゃあ今日からチーズはうちの子よ」
安西  「うん、そうだ。うちの子だぞ」
サクラ 「チーズは雪印さんの家では大切にされてたの?」
チーズ 「さあどうでしょう?私は自由にさせてもらってましたから」
サクラ 「じゃあチーズは幸せだったんじゃない?」
安西  「チーズが幸せ?大切に育てたなら何で最後に捨てたりするのかな」
サクラ 「そうだよねえ」
チーズ 「あの子にとって私はアクセサリーでしたから」
サクラ 「アクセサリー?」
安西  「アクセサリー」
チーズ 「あの子は猫が好きなわけじゃない。猫を飼ってる自分が好きなんです。そのアクセサリーがくすんだらもう要らないの。あの子にとって年を取った私は不要な存在になったんでしょう」
サクラ 「何だか淋しい」
チーズ 「淋しい?」
サクラ 「だって一緒に暮らすなら家族の一員として一緒にいたいよ」
パラダ 「サクラ・・・」
安西  「パラダイスは家族同然だもんな。もし占いでパラダイスがいないほうがいいって出たら・・・やっぱりパラダイスを捨てたりできないよなあ。だったら最初から飼ったりしない」
パラダ 「おっさん、泣かせるじゃねえか」
サクラ 「チーズはペットというよりアクセサリーみたいなものだったんだって」
安西  「確かに散歩で会ったときもそんな感じだったかもしれないな」
サクラ 「アクセサリーだから要らなくなったら捨てるってことみたい」
安西  「ふーん。そんな風に割り切れたら楽だよな」
サクラ 「楽?」
安西  「ペットに命や想いがあることなんて全然気にしてないわけだろ?それこそ服やアクセサリーだと思えば」
サクラ 「責任取らなくていいもんね」
安西  「俺の仕事なんてどんどんこなせちゃうよ」
パラダ 「おっさん恐ろしいこと言ってるな」
安西  「できないけどな」
チーズ 「そう?人間なんてそんなもんでしょ?」
サクラ 「人間もいろんな人がいるよ。悪い人たちばっかりじゃないって。チーズも今日からはうちの子だからね。安西チーズよ。ここを自分の家だと思って好きに過ごしてね」
安西  「そうだぞチーズ。これからはうちでゆっくりしてればいい」
チーズ 「私は雪印チーズです。安西チーズにはなれません」
パラダ 「いいじゃねーか安西チーズだって」
サクラ 「安心して。私は絶対にあなたを捨てたりしないからね」
チーズ 「・・・」
安西  「そうだぞ。俺たちはお前の味方だからな」
チーズ 「・・・」
パラダ 「仕方ねえな。俺もあんたの味方になってやるよ」
安西  「ほーらチーズ、チューだチュー!」
チーズ 「・・・あ、キスはやめてください安西さん・・・やめてって!」
安西  「(シャーっと引っ掻かれ)痛ったーい!!」
パラダ 「じゃあ俺はサクラと・・・」
サクラ 「絶対にイヤ」
安西  「パラダイス、お父さんにチューだ!」
パラダ 「やめろ」
安西  「ほーらチュー」

笑いのある風景。
暗転。

ここから先は

0字
不要な命を処分することは動物愛護法で認められています。その対象のひとつに「家庭動物」の文字が。ペットが不要になったら殺してもいい。本当にそうなのだろうか。これから超高齢化社会に突き進んでいく日本にとって「不要な命」とはなんだろう。

舞台台本です。最重要部分以外は無料で読めます。 保護犬・保護猫の制度が浸透していなかった2015年初演。後に「雀組ホエールズ」の代表作の…

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートは劇団活動費などに使わせていただきます!