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「イヌジニ」7

《7場》安西の家・ダイニングキッチン

安西、サクラ、パラダイス、オリビア、ココア、ハム吉、マリー、
グリコ、シコウ、ピカソ。すし詰め状態。
サクラが「里親募集」のチラシを作成している。

ハム吉 「せまい」
パラダ 「せまい」
ココア 「せまい」
マリー 「せまい」
グリコ 「せまい」
オリビア「・・・」
サクラ 「せまいせまい言わないで!もうただでさえ暑苦しいのになんなのこれ」
シコウ 「すいません」
ピカソ 「すいません」
安西  「まあいいじゃないか。せまくてもいっぱいいると楽しいじゃないか」
ハム吉 「あの、トイレは・・・?」
サクラ 「ちょっと!絶対に部屋でおしっことかしないでよね!」
パラダ 「トイレはこちらです」
ハム吉 「え?これ?」
パラダ 「なんだよ」
マリー 「そんな小さなトイレ、みんなで使うなんてイヤよ」
ピカソ 「僕なんて1回でもナミナミになっちゃうよ」
シコウ 「俺たち、量が多いんです」
犬たち 「お前らは外でしろ」
シコピカ「はい。すいません」
ココア 「私は人間のトイレ使えるからそっちを使うわ」
犬たち 「ええ?」
ハム吉 「何その技的なやつ」
サクラ 「じゃあ外でしたいときは必ずお父さんか私を呼んで。勝手に出てったら危ないからね」
犬たち 「はーい」
安西  「何の話?」
サクラ 「トイレよ」
安西  「トイレか・・・ちょっとごめんねー(とビールを取りにいく)」
パラダ 「狭いんだからウロウロするなよ」
安西  「ダメー。お前らは飲めないの」
犬たち 「飲まねえよ」

とまた座ってビールを飲む安西。

オリビア「ああ、そうだ。サクラ」
サクラ 「なに?」
オリビア「うん。まあ、あれだ」
サクラ 「トイレに行きたいの?」
オリビア「違う・・・礼を言いそびれてたなと思ってな」
サクラ 「礼?」
ココア 「そうね」
オリビア「ありがとなサクラ、こいつら守ってくれて、それに安西のおっさんも」
サクラ 「こいつら?」
オリビア「いや別に・・・ありがとな」
犬たち 「ありがとう(など)」
サクラ 「お父さん、みんながありがとうだって」
安西  「え?いえいえこちらこそ狭くてすいません」
サクラ 「良かったね」
安西  「みんな。ここにずっと住んでもいいんだよ」
サクラ 「は?」
マリー 「こんな状態がずっと続くのはちょっとやだ」
ハム吉 「せまい」
グリコ 「せまい」
サクラ 「嫌だって言ってる」
安西  「なんで?」
サクラ 「せまいから」
安西  「せまい?まあ確かに」
ココア 「プライベートの確保もされないし」
ハム吉 「せまい」
グリコ 「せまい」
安西  「せまくて悪かったな」
サクラ 「お父さん!言葉が分かるようになったの?」
安西  「話の流れで大体わかるよ」
サクラ 「なーんだ・・・さあ、明日から本当の里親を探すんだから、みんなよろしくね」
犬たち 「おー!」
ハム吉 「どうせなら優しい人に飼われてみたいなー」
グリコ 「私は高級マンションに住みたい」
マリー 「そういう贅沢なことを言うとまた捨てられるよ」
グリコ 「やだやだ。じゃあカリカリッチを食べさせてくれるだけでいい」
シコウ 「サクラさん」
サクラ 「ん?」
シコウ 「俺たち一緒に飼ってくれるとこでお願いしていいっすか?」
ピカソ 「お願いします」
サクラ 「どうして?」
シコウ 「俺、こいつがいないと淋しくて・・・お漏らししちゃうから」
ピカソ 「え?」
サクラ 「分かった。みんなの希望を書いておくわ」
シコウ 「お願いします。ピカソ、ずっと一緒だぞ」
ピカソ 「兄貴!ずっと一緒です」
ココア 「いいわね。兄弟って」

安西、改めて犬たちをしげしげと見て

安西  「とりあえずこの子たちを殺処分しないで済んで良かった」
サクラ 「そうだね。パラダイスが無茶言ってくれたおかげだね」
安西  「でも、これからもずっと殺処分は続いてく。それが辛くてね」
サクラ 「そうだね」
安西  「殺処分は法律で許されてる」
サクラ 「どういうこと?」
安西  「動物愛護法で『不要な、或いは人間に害を及ぼす動物を殺害できる』と定められてるんだ。対象は実験動物、産業動物、展示動物、そして家庭動物」
サクラ 「家庭動物・・・ペットのこと?」
安西  「そう。でも本当にそれが正しいことなのかなあって、ずっと考えてた」
サクラ 「・・・」
安西  「仕事とはいえ、俺は殺処分をした張本人だ。犬たちにしてみれば俺は死刑執行人、犬殺しだ。君たちの友達も殺したかも知れない・・・」
サクラ 「お父さん・・・」
安西  「(土下座)本当に、すいませんでした」
犬たち 「・・・」
安西  「俺が目を瞑らなければ救えた命を、俺は救わなかった。ごめんなさい・・・」
サクラ 「お父さん・・・みんな」
犬たち 「(オリビアさえよければ・・・の目線)」
サクラ 「・・・」
オリビア「・・・人間を信用してもいいことなんて何もないんだ」
サクラ 「そうだよね・・・」
安西  「・・・(顔を上げる)」
オリビア「でも、犬の命を大切にしようとする人間を、許さないわけにはいかないだろ」
サクラ 「オリビア・・・みんな・・・ありがとう」
安西  「え?」
サクラ 「みんなが許してくれるって」
安西  「そうか、みんなごめんな、ありがとう」
オリビア「勘違いするなよ。信用したわけじゃねえからな」
サクラ 「でも信用したわけじゃないって」
安西  「分かってるよ。来週、センター長と話をする。殺処分じゃない方法で動物たちと共存できる形を考えるよう提案するよ。動物愛護センターが動物を殺す場所だなんてやっぱりおかしいよ。誰かが動き出さないと」
サクラ 「お父さん」
安西  「サクラ、俺、保健所をクビになるかもしれない。でもやっぱり我慢できない。いや、我慢しちゃいけないように思うんだ」
サクラ 「分かった。その時はガールズバーでバイトするから」
安西  「ガールズバー?なにそれ?ガールのバー?」
サクラ 「求人のチラシ貰ったの」
ハム吉 「何かいやらしい男がいっぱい来るお店なんじゃないの?」
グリコ 「でもバーでしょ?」
ココア 「ガールズバーは夜のお仕事の中では健全なはずよ」
ハム吉 「それってココアの意見?それとも蝶羽としての意見?」
ココア 「台詞通りに言ってるだけよ。誰か行ったことある人に聞いて」
パラダ 「ガールズバーか。行って見たいなあ」
ピカソ 「俺も行ってみたいっす」
シコウ 「じゃあ俺も一緒に行きます」
ハム吉 「どんなことしてくれるのかなあ」
ココア 「多分こういう男が来る店なんじゃない?」
グリコ 「納得です」
サクラ 「え?そうなの?」
安西  「とにかく、保健所をクビにならないように祈っててくれ」
サクラ 「わかった。私にできることがあったら言ってね」

安西が引き出しからキレイな首輪を出してくる。

安西  「オリビア、お前の首輪、もうボロボロだろ」
サクラ 「あれ?オリビアは?」
パラダ 「トイレかな?」
グリコ 「オリビア?」
マリー 「そういえばさっき『こいつらを助けてくれてありがとう』って・・・」
サクラ 「まさかオリビア」
ハム吉 「探しに行かなくちゃ!」
パラダ 「みんな、行け!」

サクラを先頭に犬たち出て行く。釣られて安西も!
ドアがバタンと閉まる。パラダイスが出そびれる。

パラダ 「ドア!ドア!誰か開けてくれー!」

オリビアを探すサクラ。
オリビアを探すココア、マリー。
オリビアを探すハム吉、グリコ。
オリビアを探すシコウ、ピカソ。

サクラ 「オリビア!オリビア!もうどこに行ったのよ。オリビア!オリビア!」

舞台前にサスライト。
オリビアがのっそり現れる。月を見上げる。

サクラ 「(来て)オリビア!」
オリビア「おう」
サクラ 「ダメじゃない。勝手に出歩いちゃ!」
オリビア「何だ。もう迎えに来たのか」
サクラ 「何してるの。捕まったらどうするのよ」
オリビア「心配してくれたのか」
サクラ 「心配するわよ、当たり前でしょ。うちの犬なんだから」
オリビア「うちの犬?」
サクラ 「みんなであんたのこと探して大変なんだから」
オリビア「そうか」
サクラ 「さ、帰るわよ」
オリビア「なんで殺処分をするようになっちゃったんだろう」
サクラ 「え?」
オリビア「犬が急に暴力的になったから殺処分することにしたのか?猫が急にワンワン吠え始めたから殺処分することにしたのか?違うよな。人間が変わったから犬や猫を殺すようになったんだ。俺たちは何も変わってない。」
サクラ 「そうなの?」
オリビア「俺たちは人間と一緒に住んで、死ねばどこかに穴を掘って埋めてもらえばそれでいい。俺たちの先祖とお前たちの先祖はそうやって一緒に生きて来た。それなのに今はどうだ?犬が好きだと言ってた奴が、面倒になるとすぐ捨てる」
サクラ 「うん」
オリビア「俺たちは動物だ。俺たちと暮らすのは面倒なことなんだ。それなのに人間は『かわいいから』ってだけで俺たちと住みたいと思う。飼いたいと思う。まるで人形やゲームソフトを買うように俺たちを買う。覚悟もなく犬を買って、消費して、飽きたおもちゃのように捨てる」
サクラ 「チーズが自分のことをアクセサリーだって言ったのと一緒だ」
オリビア「そうやってゴミとして扱われる犬が沢山いるからゴミ処理場を作った。それが殺処分場。簡単なことだ」
サクラ 「犬をモノだと思ってることに自分で気付かない人が沢山いるから・・・」
オリビア「俺たちに値札がついたとき、俺たちはお前らにとって『モノ』になった。子供を機械のように産まされる。売る側にとっちゃ『モノ』だから余れば捨てるだろうが捨てられるほうはたまったもんじゃない」
サクラ 「ペットショップで犬が売っていることは当たり前のことだと思ってた。機械のように犬を産ませるなんて考えたこともなかったよ。考えれば分かることなのに」
オリビア「お前らは考えもしない。目先のことだけに終始して本質を見失う動物だ。だから言うことも変わる」
サクラ 「・・・私は違うだなんて言えない・・・私も同じだ」
オリビア「だけどな」
サクラ 「・・・」
オリビア「俺たちは絶対に人間を見捨てない。人間に待てと言われれば命ある限り待つ。死ねと言われれば、その先を信じて死んでいく。お前たち人間がどんなに変わっても俺たちは変わらない」
サクラ 「私たち人間があなたたちを裏切っていたのね・・・ごめんねオリビア。ごめんね。ごめんね」
オリビア「俺に謝っても仕方ないだろ」
サクラ 「そうだけど・・・」

どうしたらいいか分からないサクラ。

オリビア「俺の飼い主は、俺を置いて死んだ」
サクラ 「え?」
オリビア「孤独に耐えかねたあいつは俺を床に何度も叩き付けた。あいつが一人になってから、そんな日がずっと続いた。俺はただあいつが笑顔になる日を信じてた。あいつの孤独の闇は底知れなかったけど・・・クソ暑い日だったな。俺は床に叩きつけられた後、ハンマーで脚を砕かれた。あいつは動けなくなった俺を見下ろしながら、俺の名前を呼んで、そのまま首を吊った」
サクラ 「・・・死んじゃったの?」
オリビア「あいつが孤独から抜け出せるなら俺はいくら叩かれても構わなかった。だがあいつは俺を裏切った。最大の裏切りだ。同時に俺の役目も終わったんだ」
サクラ 「あなたが死にたいって言ってたのはそういうこと・・・」
オリビア「・・・忘れてくれ、犬の戯言だ」

オリビア帰っていく。

サクラ 「あ、オリビア。一緒に帰るよ(オリビアに着いていく)」

奥には一人、ココアが残っている。奥にサスライト。
ココア、独り言のように歌う。

出逢った頃はこんな日が来るとは思わずにいた
Makin goodthings better
いいえ済んだこと 時を重ねただけ・・・

その様子をマリーが見ていて

マリー 「帰ろっか」
ココア 「ん」

帰っていく二人。
暗転。


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不要な命を処分することは動物愛護法で認められています。その対象のひとつに「家庭動物」の文字が。ペットが不要になったら殺してもいい。本当にそうなのだろうか。これから超高齢化社会に突き進んでいく日本にとって「不要な命」とはなんだろう。

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