旅ではなく旅行を楽しむ。
辞書で『旅』と『旅行』を調べると、たいしてその差は分からない。
ただ、界隈で使われる2つの言葉は大きく異なっていて、『旅』は自分(達)自身で組み立てていき、旅行は誰かがプランニングしたものやサービスに乗っかるようなものを表現しているように感じる。
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さいきん 音楽配信アプリの『Spotify』をよく使うようになった。無料版では誰かが作ったプレイリストやオススメの音楽がランダム再生される事が多くて、
最初のうちは「この一曲が聴きたいのに、シングルで選択してもすぐ流れない」…みたいなじれったさを(無料なのに)感じていたけど、最近はその感じにも慣れてきた。
(使っている人はわかるかな…)
で、こういうSpotify的な消費行動に抵抗がなくなってきている自分を感じていて。
Spotify的な消費行動…言い換えると、『自分の好みは最低限反映されるんだけど、自分じゃない別のもの がセレクトしているような、選び方とかサービス』みたいなもの。
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例えば、冒頭の旅と旅行の話でいうと、
今までは、「自分で好きに設計出来る『旅』こそが最高だろ!」「旅くらい自分で選ばせろー」と思っていたけど、
誰かがセレクトした『旅行』を、セレクターの意図を感じながら味わうのも悪くないんじゃないかな、むしろ面白いんじゃないかなとか思い始めていて。
選ぶのに疲れる…とかではないと思うんだけど、『自分で選ぶ』選び方をし過ぎてしまって、もう少し偶発的な面白さや出会いを味わいたい欲求が出てきている。
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社会的には、どうなんだろう?
自分で100%好きに選べた方が、まだ幸せなのかな? 自分で選ぶ行為にコスト意識や限界は感じないのかな?
アマゾンのおすすめ機能(AI機能)みたいなのって、今後の未来を大きく変えるものだと僕は思っている。
潜在ニーズを掘り起こしたり、「知りたい知らないもの」を教えてくれる機会として、とても優れていると思うし、今後もっと精度が高まっていくだろうと思っている。
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「最高なのは、旅行じゃなく旅だろ!」
もともと中庸的な捉え方をする僕なので、そこまで極端なふうにも思っていなかったけど、最近ますます『反対側の魅力』を色んな場面で感じるようになった。
これには、色んなコミュニティやポジションを縦断し続ける、自分の環境や立場の変化も影響してると思っていて。
同じコミュニティの中にいただけでは気付けないことも、色んな場を縦断することで気付けたりするし、本当の意味で多様になっていくのを感じる。
それは『同じような話題や共通言語の通じるコミュニティ』ばかりを飛び回っていても難しくて…
繋がりは築けるし話してても面白いけど、似たような場所ばかりの移動は、どんどん世間と遠ざかる感覚もあった。
「自分がどうなりたいのか」「何のために何をするのか」にもよるんだけど…ね。
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好きな誰かが計画した旅に便乗して、その人のことを色んな角度から味わってみたり、
信頼してる人がプランニングやセレクトをした世界観を満喫する『フェス』みたいなサービスやカルチャーって、今後もっと増えて欲しいと思うし、そういうことをひとりで考えていると非常にワクワクする。
心地いいセレクトが、AIによる精度の高いものなのか、親しい誰かの見ている景色なのかはまだよく分からないけど、自分で選ばない面白さってあるよね。
個人ブログ 日本微住計画
はじめまして。|佐藤翔平 / 1分間ブログ @temporubato_yh|note(ノート) https://note.mu/satoshohei/n/nb7c2261b0066
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