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【考察】三島由紀夫『午後の曳航』で芸能人のスキャンダルを考える

はじめに:三島由紀夫が一番好きだ

ご閲覧いただき、誠にありがとうございます。イシカワ サトシです。
このnoteは『小説の価値を上げる』を目的とした一風変わった読書ブログです。

第四弾は三島由紀夫の『午後の曳航』

緻密な文体で構成される文学作品はもちろん、本人の生き様含め、日本文学に多大な影響を残した三島由紀夫。最高傑作として名高い「金閣寺」をはじめ、「仮面の告白」「豊饒の海」「鏡子の家」「美しい星」など、名作を挙げたらキリがないほど作家。
いきなり私情を挟みますが、「一番好きな作家は誰?」と尋ねられた時、私は三島由紀夫と答えてます。また私にとって文学の入り口を作ってくれた作家でもあります。「なぜそこまで好きか?」を語るとほんとに長くなっちゃいますので、それはまた別の機会で。

そんな私にとって思い入れの強い作家、三島由紀夫。「昭和という時代が生んだTHE天才」ですが、普段から純文学に触れていない人にとっては、難易度が高く敬遠されがち。なので前回紹介した大江健三郎と同様、読む順番が非常に大事な作家かと思います。

その中でも、今回紹介する『午後の曳航』は三島由紀夫作品の中でも、割ととっつきやすい作品。少し話から逸れますが、新潮社では三島由紀夫作品に触れやすいように、「文豪ナビ」という本を出してくれています。


この「文豪ナビ」では最初に読むべき作品として『潮騒』を推しています。『潮騒』もわかりやすいストーリーですし、三島由紀夫の緻密な文体を味わえる作品なのですが、「ド直球すぎるほどのラブストーリー」なんですよ。。『潮騒』も世界でめちゃくちゃ評価が高い作品ですが、当時の時代背景を抑えないと、現代の人にとっては「ド直球すぎてだいぶ痛い。。」となっちゃう人もいると思うので、正直最初にはお勧めできないのが本音です。


 なので私の場合、最初に読む三島由紀夫作品としては、短編の『女神』や、今回紹介する『午後の曳航』を推しています。人の暗部を文章でえぐるようなTHE純文学が元々好きな人は、この2作から入ることをお勧めします。


少し脱線しましたが話を戻しましょう。今回紹介する『午後の曳航』は1963年に生まれた作品。三島由紀夫作品の中では比較的後期の作品にあたります。この頃の三島由紀夫は作家として成熟しており非常に読みやすい。まさに無駄がなく美しい文章。

このように、三島由紀夫作品の中で最初にお勧めしたい『午後の曳航』ですが、あらすじを紹介しただけでは、なかなか読む気にはならないはず。なので少しでも親近感を持ってもらうために、誰もが一度は悲しんだことがあろう「芸能人のスキャンダル」と合わせて解説していきます。

「憧れだった人」っていませんでした?

それでは解説スタートです。いきなりネタバレですが、この本を端的に表すとこんな感じです。

主人公にとって憧れである人物が、主人公の母親と寝て、結婚してしまう。主人公は憧れだった人物に失望する。そして主人公の仲間たちと共に、憧れだった人物の殺害を試みる。

※三島由紀夫ファンのみなさん、この作品は色々な解釈ができる作品なので、端的まとめるのが非常に乱暴な行為であるのは、重々承知してます。。

お話を端的にまとめ終わったところで、ここでクエスチョン!

子どもの頃に憧れだった人物はいませんでした?またその憧れだった人物に対して失望したことはありませんでした?

子どもの頃は憧れる対象として定番なのは「芸能人」ですかね。中でもこの芸能人という人種。「憧れの人物という世間の期待」を裏切らないよう、細心の注意を払っています。
具体的を表すとしたら、東出さんの不倫騒動。なぜあそこまで、テレビや週刊誌で大バッシングされてしまうのか。それは「世間が期待する姿」を裏切ってしまったからでしょう。

今回の『午後の曳航』は、そんな「理想」と「現実」のギャップに直面した少年の残虐性に焦点を充てた話。

あらすじ:憧れだった人物が母親と寝る。

どんな作品かお伝えしたところで、あらすじを振り返りましょう。今回もWikipediaのあらすじをさらに編集してみました。また詳細なあらすじはWikipediaをご覧ください。

1, 母・黒田房子は横浜市元町の輸入洋品店のレックス経営者。5年前に夫を亡くしていた。主人公である13歳の登は、自分の部屋のひきだしに覗き穴があるのを偶然発見。覗き穴からは母の部屋が見え、夜、裸体で自慰をする母を登は見ていた。
2, ある夏休みの夜、登が覗き穴を見ると、塚崎竜二が裸で立っていて、母が脱いでいるのが発覚。竜二は二等航海士。海に「栄光」や「大義」があると思っているような男。登は竜二を「英雄」として憧れていた。
3, 場面が一転し、登の友達との会話。登は友達に、竜二のカッコよさを得意げに報告。友達グループのトップである首領は、「世界の圧倒的な虚しさ」を考察し、他の少年たちに猫を解剖することを命じる。また、父親や教師の大罪について教授し、集まる数名の少年たちを「1号」「2号」などと番号で呼んでいた。
4, 竜二は、登の母親である房子と恋に落ち、結婚を決意。また房子と一緒にいるために、航海士をやめ、房子が取り仕切るレックスを一緒に経営することを決意。
5, 登は、「英雄」だった竜二が「父親」となり、憧れていた船乗りの竜二が、この世の凡俗に属していくのを「裏切り」と感じる。またそのことを登は首領に報告する。首領は、3号(登)を裏切った竜二を処刑しなければならない、そいつをもう一度「英雄」にしてやるんだと提言し、みんなに竜二の処刑を命令する。

いかがでしたでしょうか。少年の「期待」を裏切ることによって、殺害までに発展する真理。少年の純粋性とは恐ろしいものです。

一文解説:理想が潰え、失望に変わる心情

前述したように、この本は「理想と現実のギャップ」「理想が潰え、失望に移り変わる瞬間の心情」に着目した作品。ではどのように心情が変化するのか。登場人物である「登」「竜二」「房子」ごとに整理します。

最初は竜二からいきましょう。竜二が航海士を辞めようと考えるシーン。

一等けだかい感情と一等陋劣な感情との弁えのつかなくなった、そしてその功罪をすべて海に託けてきた、その晴れやかな自由をお前は捨てるか?
一方、竜二は今度の後悔の帰路、つくづく自分が船乗りの生活のみじめさと退屈に飽きはてていることを発見していた。彼はそれを味わいつくし、もう知らない味は何一つ残されていないと言う確信を持った。それ見ろ!栄光はどこにも存在しなかった。世界中のどこにも。北半球にも南半球にも。あの船乗りたちの憧れの星、南十字星の空の下にも。

この文章を見る限り、竜二は航海士の生活に嫌気が指していたことがわかります。また房子が営むレックスの経営者になることで、自ら新しい生活を切り開いていこうとしたのでしょう。

次に登の母・房子です。新しい父親である竜二を、登に紹介するシーン。

ママにもあなたにも、やっぱり新しいパパが必要だったと思うでしょ。わかってくれるわね。あなたのためにも、どんなにママは、新しい理想的な、強くて優しいパパがほしいと思ったか知れないの。

ここがこの本の面白いところ。竜二も房子も決して利己的ではないのです。登や家族のことを思って決断をしています。しかし登の心境は違かった。結果的に彼の期待を裏切ることになってしまいます。

最後に主人公の登。彼が竜二に失望を感じた時の文章がこちら。
登が覗き穴から覗いていたところを、両親にバレてしまうシーンです。

登は今にも窒息しそうな気持で竜二の言葉をきいていた。
「この男がこんなことを言うのか。かつてはあんなにすばらしかった、光り輝いていたこの男が。」
一語一語が登には信じられぬ思いだった。母に倣って、「ああ、何て情けない」と叫びたかった。

いかがでしょう。このような場面って結構遭遇しません?父親・母親が「息子のために」準備する行動と、息子が求めている行動にズレが生じている場面。反抗期ってこんな感じで生まれるのでしょうか。

おわりに:『理想』はあくまでも『理想』であること

以上、『午後の曳航』の解説でした。
おわりに、この『午後の曳航』ですが、世界的に有名なミュージシャンであるデヴィット・ボウイの本棚にもあったそうです。デヴィット・ボウイといえば、「ジギー・スターダスト」など、様々な役柄になりきるミュージシャン。彼もまた理想と現実の狭間で表現を続けた人物。また小説家・ミュージシャンである辻仁成も、三島由紀夫作品の中では『午後の曳航』を推しています。
 いわば自分が描きたい理想を追求している人描きたい理想と現実で挫折を経験したことがある人などは非常に親近感を持ちやすい作品だと思います。ある種、常に夢を持ちチャレンジを続ける少年のような大人。

三島由紀夫も理想と現実のギャップに絶望した人物の一人。いずれは、誰もが大人になり、登の期待を裏切るような大人になっていく。「栄光」や「大義」がある人物が、だんだん子ども達の期待を裏切るような人物になる。このように三島由紀夫自身が「自ら絶望した状態」を書いているように思えてなりません。

それでも私はこう言いたい。理想はあくまでも理想だと。どんなに理想が潰えようとも、常に家族や子ども達のために賢明に働いている人たちもたくさんいます。竜二も登のためを思い、「海の世界で生き続ける理想」から「陸の世界で生きる現実」に人生をシフトした。私はこの竜二の判断が間違っているとは思いません。

夢に生きること、理想に生きることはとても素晴らしいことです。しかし地に足をつけ、現実を賢明に生きるという前提があってこそ、理想は輝くのだと思います。登含め少年グループも、もうちょっと大人だったら。。

小説の価値を感じてくれる人が、一人でも増えてくれたら幸いです。


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