【文学フリマ】ササと少し不思議な夜 試し読み
文学フリマ香川で販売する短編集『家に帰ると電気が止まっていたアンソロジー』より「ササと少し不思議な夜」の試し読みです。
マンションのエレベーターを六階で降り、廊下を進んで右奥にある自宅のドアの鍵を開けた。日が暮れるまでには帰ると約束したのに遅くなってしまったことの言い訳を考えつつドアを開(ひら)く。すると、真っ暗な玄関から身長一二九・六センチ(これから成長予定。本人談)の少女、茶叉(ささ)が飛び出し、抱き着いてくる。
途端、共用部の廊下の明かりがプツンと消え、空間が暗闇に包まれた。
「……っお兄ちゃん」
内廊下のため自然光が殆ど入ってこない。そんな中で分かるのは妹の体温と小さな吐息だけだった。
「遅くなってごめん。ただいま」
妹に抱き着かれると言い訳をする気なんて起きなくなり、僕は素直に謝ることにした。
「おかえり、なさい」
僕のヘソくらいの高さにある茶叉の頭を撫でてやってから「とりあえず家に入ろう」と促す。感覚を頼りに玄関を通り過ぎてリビングに向かった。テーブルの上のランタン型ガスランプを手探りで点けてようやくモノが見えるようになり、エアコンの冷房を点けてから僕の腰にしがみ付く茶叉を引き剥がす。黒の長い前髪を分けてやると可愛らしい顔が窺えた。綺麗な青い瞳を潤ませて涙を貯めている。
「電気、ごめんなさい」
「茶叉が謝るようなことじゃないだろ?」
そう、これは茶叉が謝るようなことではないのだ。
三ヶ月前、茶叉が中学に上がった頃から「茶叉が居る場所では電気関係の明かりの調子が悪くなる」という現象が起き始めた。今では調子が悪いを通り越して全く点かないレベルになってしまっている。具体的には、スマホだと通知音などは聞こえるが画面が点かないし、テレビもラジオに早変わり、といった次第だ。
それが起きるのは太陽が沈んでから日の出までの間で、学校生活に支障は起きていない。一方、夜は先ほどまでの通り真っ暗になってしまう。そのため茶叉は僕や非番の日の母さんに迷惑をかけてしまうことを後ろめたく思っているようだ。
しかしその原因は茶叉にはない。というのも、悪霊の仕業だと言う母の友人の勧めで僕が付き添ってお祓いを受けたことがある。その際に霊媒師から言われたのはこうだ。
「うーん。生霊に憑(つ)かれてるけど、なんかー、いろいろやったんだけど祓えないねぇ。憑(と)りつかれている原因はーたぶん茶叉ちゃんが可愛い過ぎて嫉妬の的になってるからじゃないかなー。ほらー、お目目も青くて目立つしー、特殊な力持ってる感じもするからさー。中学生に上がって思春期になったばかりの嫉妬ってのは怖いからねぇ、結構いるんだよー無意識に生霊飛ばしちゃう子。丁度中学校に上がりたてってのはーそういうのの影響受けやすいからさー。たぶんそうだよ。きっと。おそらく。あ、お代は五百円でいいよぉ」
(――続く)
WEBカタログはこちら
『ササと少し不思議な夜』(陸離なぎ)
夜になると妹・ササの周りの灯りは霊障によって失われてしまう。
ある日の夜。妹を元気づけるため散歩をしていると霊障の売買をしているという怪しい男に出会う。
妹を助けるため、兄は霊障の買取りを依頼するがそれには条件があって――。
(現代×少し不思議なSF)
会場にお越しできない方は、後日BOOTHにて電子版を販売する予定ですので、そちらをご利用ください!
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