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【文学フリマ】彼は思わぬ落とし穴に気づかず 試し読み

文学フリマ香川で販売する短編集『家に帰ると電気が止まっていたアンソロジー』より「彼は思わぬ落とし穴に気づかず」の試し読みです。


 双子の月に照らされながら、僕は帰路についていた。
 鬱蒼とした深緑の森の最奥。大して標高のない鉱山の手前にぽつんと建つ小さな家。この世界で様々な苦労をしてようやく手に入れた我が家は、王国の辺境、『魔の森』なんていう大層な名前で呼ばれているところにある。

 国の辺境、森に住んでいる、なんていうとよくある追放話の始まりのようだけれど、僕はこの森に自らの意思で居を構えている。
 人と関わるのはこの世界に転生する前から苦手だった。逆に、生まれ変わって手に入れた魔法の才能は、駆使すれば森の中でのんびりと生きていくことくらいはできるくらいには恵まれていた。

 まぁ他にも理由はあるが、主にはそういった理由で僕はこの地を選んだ。ここで僕は、自由気ままなスローライフを送るはずだった。――だというのに。

「や、やっと帰れましたね、師匠」

 疲弊しきった声で、隣を歩いていた愛弟子のエルフの少女がふぅ、と溜息を漏らした。

「そうだね。やっと、だね」

 一週間。
 それが若き王から命じられた任務を終わらせるのに掛かった時間だ。四日くらいで終わると言われて向かったのだが、正常な頭で考えれば数ヶ月掛かりの大仕事がそこにはあった。それを一週間で片付けたのだから普通に誰か褒めて欲しい。
 とりあえず報酬は期待している、と随行して来た騎士団に念入りに圧をかけている。

 本来なら任務完了後、代表者である僕が王に謁見し直接報告をするべきなのだが、どうやら家に帰りたいという殺意に近い何かしらが強く顔に出ていたらしい。騎士団長が代わりに報告をすると融通を利かせてくれた。弟子曰く、『ドン引きするぐらい、もんのすんごい顔』だったようだ。そうして、どうにかこうにか、僕達は帰路についたのだ。

 扉を開けて廊下にあるスイッチを押す。本来ならそれで家の中に張り巡らした魔術回路へ魔力が流れ、明かりが灯るはずなのだが――。

「あれ?」

 電気が点かない。しっかり押せなかったかと思って、何度か試してみるが反応はない。

「っ、まさかっ!」

 一つの可能性に思いつき、僕は慌てて家の外に出た。玄関の隣にあるボックスを開ける。そこは家全体の魔術回路の核となる部分で、雷(いかずち)の魔石を装填しているのだが――。

「……すっからかん、だと……っ!?」
「師匠!?」

 追いかけて外に出てきた弟子が、崩れ落ちている僕の姿を見て困惑の声を上げる。

 魔石とは自然エネルギーの結晶体のことだ。魔術回路に組み込むことで様々な現象再現を可能とする、夢のエネルギー資源。炎や水など様々な魔石があるが、その中でも雷の魔石は特に貴重品である。ミスリルという希少な魔法金属に、一定以上の威力を持つ稲妻が落ちることでしか雷の魔石は発生しない。だが、ミスリルは鉱山の奥深くでしか生成されず、それに雷が落ちる可能性はごく僅か。人工的にミスリルに雷を落としたとてその威力はたかが知れていて、普通であれば雷の魔石は発生しない。とある戦いの中で偶然発見された雷の魔石は、まだまだ研究途上の幻の魔石でもあるのだ。

「くそっ、いつだ!? いつ切れた!? 僕が作った冷蔵庫が……っ、折角各地で仕入れた高級食材がっ!!」


(――続く)


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彼は思わぬ落とし穴に気づかず』(雨隠日鳥)
異世界転生した男は、現代の電化製品に囲まれた暮らしを忘れられなかった。 苦労の末、電化製品に囲まれた生活を手に入れた男だが、ある日帰ると雷の魔石がごそっとなくなっていた――。 彼は最後の最後まで落とし穴に気づかない。
(ハイファンタジー)

会場にお越しできない方は、後日BOOTHにて電子版を販売する予定ですので、そちらをご利用ください!


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