文化祭なんて大嫌い
#自伝的ショートストーリー
#noteで文化祭
イズミ高校の文化祭まであと3日。
「ケイ君知らない?」
授業の休み時間、他のクラスから来た女子生徒がA組の男子に声をかけた。
「そういえばさっき授業終わったら飛び出して行ったぜ。何か用?」
「文化祭の打ち合わせ」
「ああ、写真同好会?」
「違うわよ、生物部」
「あれ?あいつ生物部だったっけ」
「そうよ、しかも部長」
女子生徒、遠藤灯(アカリ)はため息をつく。
「放課後に部室でやりゃいいだろ」
「全然捕まらないから来てるのよ」
「わかったよ、戻ったら来たって伝えとく」
「頼むわね。副部長の遠藤が捜してたって」
アカリは不機嫌な顔をして帰って行った。
ケイは授業開始のギリギリで教室へ飛び込んで来ると、肩で息をしながら席についた。
隣席から先程の男子が小声で伝言を伝える。
「あ~、アカリちゃん教室まで来ちゃったか」
「おまえ、写真同好会じゃなかった?」
「掛け持ち」
「3年なのに、よくやるねぇ」
「3年だからさ。それに他もやってるし」
「マジ?」
「ほらそこ、うるさいぞ!」
教師の声が響き、2人は慌てて前を向いた。
文化祭まであと2日。
「ちょっと!昨日ケイ君に伝えてくれた?」
昼休み、アカリがまたA組にやって来た。
「伝えたよ。会えなかった? 」
「昨日も来なかった。今もいないみたいだし」
「なんかあいつ掛け持ちしてるみたいだぜ」
「演劇部でしょ、友達が部長してるって」
「そうなの?オレは吹奏楽部って聞いたけど」
「吹奏楽部?」
「何か可愛い後輩がいるから手伝ってるとか」
「呆れた。あいつ生徒会に彼女いるじゃない」
「一体いくつ部活やってんだ、奴は」
「すまないな、ケイ。昼休みまで」
演劇部の部室では部長のトシキとケイが金槌と鋸を持って大道具の背景作りを急いでいた。
「気にすんな。背景が間に合わなかったら冴えない舞台になっちまう」
「ウチにもっと部員がいればいいんだけど」
「少数精鋭だろ。今年の1年と2年は才能あるんだから練習させてやろう」
「でも、ゲストのおまえまで駆り出さないと舞台1つ出来ないなんてさ」
トシキは項垂れてベニヤ板を切りながら言う。
「それにケイのほうは大丈夫なのか?生物部と写真同好会」
「心配ないよ。生物部は優秀な部員が揃っているし、写真同好会は文化祭が終わったあとの校内展示だから」
「吹奏楽部は?」
「前日と当日だけだし、何とかなるでしょ」
トシキは感心したように、
「おまえ見かけによらずタフだな」
「水泳同好会で鍛えた」
「そんなのまでやってたのか」
「夏限定な。やりたいこと沢山あるんだ」
「ちょっと尊敬するわ」
トシキとケイは他にも校外で一緒にバンド活動をしていたから、その言葉は半分本気だった。
「でも」
ケイは金槌を振るう手を止め、
「正直、この時期だけは忙しすぎて掛け持ちしてるのを後悔する」
そして苦笑しながら言った。
「だから、本当は文化祭なんて嫌いなんだよ」
文化祭まであと1日。
放課後の体育館では、明日の本番を前にステージ上で各演目のリハーサルが行われていた。
ステージ裏で順番を待つ吹奏楽部部長の所に、カメラバッグを担いだケイが走って来る。
「ごめん遅くなって。生物部に寄ってた」
「そっちは大丈夫なの?あなた部長でしょ」
「全然大丈夫、オレはクジ引き部長だから」
「ふうん、こっちは助かるけど」
「どのへんから撮ればいい?」
部長とケイは打合せを始める。
「あなたがウチの写真撮るのもこれで最後ね」
部長が少ししんみりした口調で言う。
「そうだね、長い間お世話になりました」
「こちらこそ。撮って貰えて部員たちもみんな喜んでいたのよ」
ケイは照れくさそうに、
「今年は他に目的もあるし、頑張るよ」
「何それ?」
後ろを振返りケイは1人の女子部員を指差す。
「1年のアヤちゃん?」
部長は怪訝な表情を浮かべる。
「3年の橘って知ってる?」
「橘・・・生徒会のエリね」
「彼女の妹なんだわ」
「妹? そっか、確かに似てる!」
「彼女に妹の勇姿を撮ってくるよう仰せつかってまして」
「じゃあいい写真撮らないとね。フフフ」
打合せが終わり、部長はケイに声をかけた。
「今日、リハのあと3年だけでゴハン行くんだけど、あなたも来ない?」
「行きたいけど、これから徹夜で演劇部の舞台リハがあるから」
「文化祭、明日よ。大丈夫?」
「大道具とか舞台に置いてみないとね・・・」
「大変ね、頑張って」
「ああ、ありがとう」
部長がステージに消えるとケイはバッグの上に座り、大きく息を吐いた。
「ホントに大変だよ。文化祭なんて大嫌いだ」
イズミ高校の文化祭が始まった。
校内は在校生以外にもOBや生徒の親、他校の生徒など一般客が訪れ賑わいを見せている。
生物部では実験や研究成果の展示発表の他に、ハムスターの迷路脱出ゲームや烏骨鶏と戯れるイベントなどを開催して人気を集めていた。
アカリは現れてもすぐ居なくなるケイの代わりに部員への指示やOB対応に追われている。
「ケイの奴、2度と部室の敷居を跨げないようにしてやろうかしら」
アカリの苛立ちは頂点に達しようとしていた。
ふと動物実験で使う薬品を補充し忘れていたのを思い出して担当の2年生に聞くと、今朝来たら既に補充されていたと言う。
誰がやってくれたのかはわからない。
他にも昨日までに纏めきれなかった標本が綺麗に分類されていたり、展示の誤字や脱字が全て訂正されたりしている。
現場にいた部員たちに聞いても誰も知らない。
アカリは直された見覚えのある字を見つめて、ポツリと呟いた。
「小人の靴屋かよ」
体育館では合唱やバンド演奏に続いて演劇部の舞台が始まっていた。
舞台を正面から見下ろす体育館の2階通路で、ケイはピンスポットライトを演者に当てながら劇を注視している。
トシキが書いた渾身の脚本は勿論、下級生たちの演技も素晴らしかった。
徹夜で稽古した甲斐があったようだ。
舞台で生き生きと動き回る彼等を見ていると、文化祭も悪くないように思えてくる。
終劇し、拍手の中でカーテンコールが終わるとケイは舞台裏に戻った。
部員たちは皆、泣きながら成功を喜んでいた。
トシキまで涙を浮かべている。
だが、ケイには喜びに浸っている時間は無い。
演劇部員たちに労いの言葉をかけ、すぐに次の準備に向かった。
体育館ステージのトリは吹奏楽部だ。
何度かコンクールで入賞している名門だけに、部員たちは自信と幾らかの緊張が混じった顔でステージに立っている。
ケイは3年間、写真技術向上を目的に吹奏楽部を撮り続けていた。
演奏が始まると様々なアングルからシャッターを切る。
全体像やパート毎、演奏者単体をフィルムに納めていく。
エリの妹アヤはまだ緊張した面持ちでフルートを吹いていたが、時おり出る笑顔は姉にそっくりで、少し多目に写真を撮っておく。
先程の演劇部員たちやこの吹奏楽部を見て影響を受けたのだろうか、今日はいい写真が撮れている、という手応えがあった。
吹奏楽部の演奏は大きな拍手と共に終了した。
観客も存分に楽しんでいたようだ。
ケイがステージ裏に戻ると、下級生から引退する3年へ1人ずつ花束の贈呈が行われていた。
新部長から現部長へ花束が手渡され、これで終わりかと思ったら
「最後に、名誉部員のケイ先輩!」
突然名前を呼ばれてケイは驚いた。名誉部員などという称号は初めて聞く。
部長に背中を押され前に出ると、新部長は
「いつも素敵な写真を撮って戴きありがとうございました」
そう言って花束を差し出した。
部員たちに拍手されて花束を受け取りながら、ケイにもトシキの涙の意味が少し分かったような気がした。
夕方、展示が終了して一般客は帰って行った。
ケイが生物室のドアを開けるとアカリが1人で後片付けをしている。
「みんなは?」
「キャンプファイアに行ったんじゃないかな」
アカリは顔を上げて、
「昨日の夜、展示物の最終チェックと直し全部やってくれたでしょ」
「クジ引きでも、いちおう部長ですから」
「写真のほうは?」
「いいのが撮れたよ。校内展示をお楽しみに」
夕陽が射し込んでいる生物室は、この時間でも程好く暖かい。
「やっぱり、ここが一番落ち着くなあ」
「当たり前でしょ。生物部員なんだから」
「そうだな」
本来の居場所に帰って来たような気がしてケイはちょっと嬉しかった。
「アカリちゃんキャンプファイア行かないの」
「これ終わったら行く」
「彼氏いないんだろ、付き合ってやるよ」
「エリに言いつけるわよ」
「エリは生徒会が忙しくて無理なんだよ」
「残念でした。わたし彼氏出来たんだ・・・・よし、終わり!」
アカリは立ち上がり上着を着ると
「あとはよろしくね!」
そう言い残して生物室を出て行った。
目の前には使用済み実験器具が山積している。
ケイはうんざりした表情で
「やっぱり・・・文化祭なんて大嫌いだ」
呟いて洗い物用のスポンジを手に取った。
夕暮れの太陽はすっかり沈み、外からキャンプファイアの明かりと歓声が届き始めていた。
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