09_金髪の魔女は、今日もビールを飲んでいる。
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「いい天気でよかったね」
ばあちゃんが嬉しそうに僕に話しかけてきた。
「どうせばあちゃん、自分が晴れ女やけん、今日の晴れは自分のおかげとか言うんやろ」
僕は軽く笑う。
「さすがユースケ、私の孫なだけある。ばあちゃんの言うことがよくわかっとる」
ばあちゃんは目尻に皺を寄せて、くしゃっと笑った。
これは、ばあちゃんとどこかに行く時の定番のやり取りだ。
確かにばあちゃんと出かける時は不思議と雨が降ることはない。ばあちゃんはテキトーなことばかり言っているけど、ばあちゃんが晴れ女だということは、なんだか本当のような気がしている。
それにしたって、ばあちゃんは自分のことを魔女だと言ったり、晴れ女だと言ったり、嘘か本当かわからないことを言ってくる。ばあちゃんが魔女だということは明らかに冗談だろうと思いつつも、晴れ女であるということに嘘はないような気がしている。だからどうしても、ばあちゃん魔女説を完全に否定できない自分がいるのだ。
でも、ばあちゃんの言うことは話半分に聞いておかないと、僕が痛い目を見ることになる。
例えば、髪の毛が金髪なのも、ばあちゃんはビールの飲み過ぎで髪が染まったと言っていた。小さい頃の僕は、本当にビールを飲んだら髪が金髪になるんだと信じていた。それくらい、ばあちゃんはビールばかり飲んでいるから仕方がない。
吸血鬼の血はワインでできていて、魔女の血はビールでできている。ばあちゃんは、そんな内容の絵本をご丁寧に僕のために作って読み聞かせてくれた。それも保育園の間、ほとんどずっと。ほぼ洗脳。吸血鬼と魔女のバトルものの絵本だった。
絵本は、魔女が吸血鬼の好きなワインをプレゼントするところから話が始まる。魔女がプレゼントしたのは、くっそ不味い虫やら薬草やらをふんだんに漬け込んだワインで、それを飲んだ吸血鬼がブチ切れて魔女に仕返しをしようとするという話だ。最終的には吸血鬼が夜中に魔女の家に忍び込んで、魔女の血を吸うのだが、魔女の血がビールでできていて、ビール嫌いの吸血鬼にはのめなかったという、子どもには面白いのかどうか分からないオチだった。
ある時期、ばあちゃんが「魔女は飽きたけん、吸血鬼になるわ」と言い出してワインばかり飲んでいた。その時は一切ビールは飲まなくて、本当に赤ワインばかりを飲んでいた。僕が小学1年生の時だ。
「これはねぇ、人間の生き血が入ってるんだよ。ブドウと人間の血をブレンドしたお酒さ。ブドウにはポリフェノールがたっぷり入っていて、体の血行が良くなる。そこに、元気な人の血を一緒に飲むことで、体がより健康になり若返るのさ。ヒーヒッヒ」
といやらしい笑みを浮かべて、ばあちゃんはグラスに入った赤ワインを飲んでいた。
ばあちゃんの口元からだらりと赤ワインが溢れて、鳥肌が立ったことを覚えている。その頃だ。ばあちゃんの髪が赤くなった。授業参観の時、お父さんの代わりにばあちゃんがきてくれた。ガラガラと教室の後ろの戸が開いた。するとそこには真っ赤な髪の毛のばあちゃんがいた。
僕はギョッとした。金髪でもド派手なのに赤い髪なんて。
友達は「木村のばあちゃん、赤髪やん。かっこいい」とか、「覇王色の覇気使えるんかな」とか沸き立っていたけど、正直なところ、僕は少し恥ずかしかった。目立ちすぎだと思った。
授業参観の帰りにばあちゃんになんで髪が赤いのかと聞いたところ、「ワインの飲み過ぎで赤く染まったったい」とばあちゃんは笑った。なぜだか僕はその時、「なるほど」と思ったんだった。
しばらくしてワインに飽きたのか吸血鬼が肌に合わなかったのか、ばあちゃんはまたビールを飲み始めた。するといつの間にか髪色も徐々に金髪に戻っていった。ゆるゆると色が変わっていって、僕はばあちゃんの髪は本当にビールの飲み過ぎで染まってるんだと思った。
お父さんもビールは飲むけど、ばあちゃんほどは飲まないし、他のお酒も色々飲むので、染まらないのだろうと勝手に思い込んでいた。
それを信じていた小学4年生の時、僕は友達の家にいった。近所で美容院をやっている友達の家だ。
家に上がると友達のお母さんが、迎えてくれた。
「あ! ユースケくん! ユースケくんのおばあちゃん、いっつもうちに髪染めに来てくれるのよ。ありがとうね~。金髪も赤髪もなんでも似合っちゃうわよね〜。おばあちゃん、かっこいいよね~。私もあんな風に歳を取れたら最高だわ」なんて言われたのを覚えている。
僕はその時、ばあちゃんに嘘をつかれていたことに怒る気持ちよりも、何だか鼻が高くなったような気持ちの方が強かった。
僕の部屋からは庭が見える。ばあちゃんは庭に洗濯物を干すから、たまに僕は部屋からばあちゃんが洗濯物を干しているのを見る。天気のいい日に洗濯物を干すばあちゃんの髪が風になびくと、きらりと金髪が光る。耳の大きめのダイヤのピアスもピカリと光る。
その時、僕は思う。
「ばあちゃん、かっこいいな」と。
でも、絶対にばあちゃんにはそんなこと言わない。だってばあちゃんが調子に乗るからだ。
髪の色だけじゃない。とにかくばあちゃんは、冗談を本気の顔で言うから、僕は何を信用していいかがわからない。
そんなことを考えながら、後ろから僕はばあちゃんの金髪の髪を見つめた。
せっかく今日は、二日間もばあちゃんと一緒なんだ。
ばあちゃんが魔女かどうか確かめるいい機会じゃないか?
魔女が何なのかは、僕もよくわからないけど。
僕は、小走りでばあちゃんの横についた。
「どうやって行くと?」
「まずはバスに乗って、博多駅まで行く。駅に行ったら、電車に乗る。まあ、着いてこればわかるったい」
僕は、ばあちゃんの半歩後ろを歩いた。
カメラを持って歩くと、なんだかいつもの道も違う景色に見えるような気がした。
僕は天気のいい空を見上げて、カメラを構えた。モニターを覗いてシャッターを押す。画面いっぱいが水色で埋まった。満足して一息ついて前を見る。
僕よりだいぶ先を、ばあちゃんはすたすたと歩いていた。
「足が早いババアやな。置いてくなよ」
僕はその場で独りごちてから慌てて駆け出すと、ばあちゃんに駆け寄った。
ばあちゃんが振り返る。
「ユースケ、なんか言ったろ?」
「な、何も言っとらん」
僕は慌てて答えたけど、ばあちゃんの地獄耳は五十メートル先まで聞こえるのかもしれない。
ばあちゃんが魔女かどうかはわからないが、この二日間、発言には気をつけた方がよさそうだ。
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