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愛は、もうはじまっている。王家衛監督代表作『花様年華』

今回のウォン・カーウァイ4K、そもそもはこの『花様年華』制作20周年を記念して、監督自らが5作品をレストアするプロジェクトとして始動。
『恋する惑星』がウォン・カーウァイの名を世界に知らしめた出世作というならば、『花様年華』はカンヌ国際映画祭でトニー・レオンに主演男優賞をもたらせて(超納得!)、世界的名監督と呼ばれるようになった代表作です。

1962年の香港。地元新聞社の編集者であるチャウと、商社で秘書として働くチャンは同じアパートへ同じ日に引っ越してきて、隣人となる。やがてふたりは、互いの伴侶が不倫関係であることに気付き、一緒に時間を過ごすことが多くなる。誰にも気づかれないよう慎重に、裏切られ傷ついた者同士が次第にささやかな共犯にも似た関係を育んでいくが――。

「ウォン・カーウァイ 4K」HPより

カンヌ主演男優賞受賞!トニーレオン

まずはこの作品で第53回カンヌ国際映画祭の主演男優賞を獲得したトニー・レオンの演技でしょう!
『欲望の翼』『恋する惑星』『ブエノスアイレス』『楽園の瑕』と監督とタッグを組み、絶大な信頼を寄せられているトニー・レオン。
これまでもそれはもう最高でしたが、『花様年華』の演技は極限に抑えられ、主人公チャウの内側で渦巻く妻への疑惑、裏切られた絶望と怒り、チャン夫人へ向けられるちょっとした興味から、やがて募っていく想いと諦めが、ふとした表情やしぐさから滲み出ていて、観る側の想像力をこれでもかとかき立ててくるのです。
最初は平凡な新聞社勤めの会社員、妻から見ればつまらない男だったのに、裏切られた苦悩とチャン夫人への気持ちで次第に帯びてくる色気よ。
トニー・レオンの色気の蛇口どうなってるんでしょうか…。

冒頭と最後の色気の違いが圧巻

マギー・チャンの美しさと旗袍(チャイナドレス)

いかなるシーンでも完璧で美しいマギー・チャンが着こなす旗袍。スレンダーなスタイルに高い衿がチャン夫人の高潔さ清純さを表しているようです。
この旗袍劇中で何着登場するのか数えてみたところ、なんと21着!最初の10分で8着も出てきます。そして衣装チェンジは40回以上!(私調べ。20~26着と諸説あります)
皆さまどの旗袍が印象に残りましたか?
私はチャウが書斎にしているホテルに初めて訪れる時に着ていた白地に黒い薔薇の模様が入った旗袍です。
情熱的な赤いトレンチコートを羽織りながらも、部屋までの階段を上ったり下りたり、廊下を行ったり来たりして迷いと葛藤が映し出され、最終的に部屋をノックするまでのシーン。ドアの向こうには久しぶりに会うチャウの姿(ここのトニーの表情反則ですよね~!)。
よくある展開ならばここで抱きしめたりするのですが、あくまで小説の執筆の手伝いに来たということになっているチャン夫人は理性を保って接します。
さっきまで会いたいけど会ったらいけないってすっごい葛藤してたのに!

どのアングルでも完璧なスタイル…

今回旗袍チェックの関係でマギー・チャンに注目して観ていたら、あまりのかわいらしさ、初心さにキュンキュンしました!
お互いの伴侶がどちらから誘ったのかを再現するシーン、妻の方から誘ったという設定で始まったチャン夫人の演技。恥ずかしそうなその誘い方があまりにも可愛すぎて!
また、旦那の浮気を問い詰める練習のシーンでは本番を想像して悲しくなっちゃって、普段大人で理性的なのにチャウに抱き着いて子供のように泣きじゃくったりするのです。
チャウがたまらない想いを募らせていくのも分かる…となったのでした。

撮影はクリストファー・ドイルとリー・ピンビン

これまでの作品はクリストファー・ドイルの動きのあるビビットな映像で、躍動感と不安定感、香港の街の熱気をを映像で表現してきました。
今作は撮影にリー・ピンビンも参加しています。台湾の巨匠ホウ・シャオシェン作品の撮影監督で、静かでしっとりとした映像はこれまでのウォン・カーウァイ作品とはまた違った趣を加えています。
密やかに気持ちが揺らいでいく男女を映し出す映像は官能的でプラトニック。どうしたって汗ばんでしまう香港の湿度が映像を介して伝わってきて、二人の間の距離や時間をより濃密に演出しています。

クリストファー・ドイルとリー・ピンビン!奇跡的な化学反応を起こしてます!

チャウとチャン夫人が過ごすあてつけのような不倫ごっこの時間は幸せで楽しくて、お互いこの瞬間が花様年華(「人生で最も美しい瞬間」)であると感じているよう。
この宙に浮いたような関係が心地よいようですが、チャン夫人は大家さんに外出が多いのではないかと苦言を言われ、なるべくチャウと会わないようにしなければと自分に言い聞かせます。
急に距離をとられたチャウはチャン夫人への膨れ上がった想いをどうするのか…
ウォン・カーウァイの作品では土砂降りのシーンが物語の重要な転換点として登場します。(『欲望の翼』は特に印象的でした。)
『花様年華』も数回土砂降りのシーンがありますが、その度二人の気持ちが重なったりすれ違ったり。
最後の土砂降りのシーンはいつもの二人のやり取りのように始まりますが、息ができないくらい切ないシーンとなっています…!

なぜー-!?!?

そしてチャン夫人への愛を拗らせまくったチャウのその先は『2046』へ続きます!
(『2046』は『花様年華』の続編として位置づけられています。また、60年代3部作として1作目の『欲望の翼』も観ておくとより楽しめます。)

映画を観ている私たちは知ってしまってるのです。
チャン夫人がチャウとすれ違うその一瞬の為におしゃれして屋台へ行っていたこと。
自分に傘を貸してくれた代わりにチャウが雨に濡れて風邪を引いたとき、黒胡麻汁を作ったこと。
大家さんに外出を咎められてもう会えないと泣きそうになったこと。
本当は一緒に行きたいと思っていたこと。
チャウがなかなか分かりやすい行動に出れなかったのは、チャン夫人を気遣ってのこと。
とんでもなく切ない表情でホテルの部屋で待ってたこと。
本当は一緒に行かないかと誘いたかったこと。

これを全部見ているのは私たち鑑賞者だけで、だからこそ観終わった後に無力感や諦めに似た気持ちを抱えてしまうのかも知れません。
私たちもこの気持ちを抱えて「2046」に向かうのか…

毎回思うけど、マギー・チャンはトニー・レオンのあの熱視線を向けられてよく平気だよね!私だったら正気を失ってる!

観れば観るほどこのシーンの意味は何だろう、この時の表情は何を言いたいのだろう、と深く考えてしまいます。
それは人それぞれ観るタイミングによって違ってくるのだろうと思います。
この、解釈を監督から委ねられる感覚もウォン・カーウァイ作品の魅力の一つです。
4Kレストアで音声もミックスし直したという今回の上映。二人のmoodが解像度高く音も鮮明に映し出されます。是非この機会に5作品劇場でご覧ください!
(やま)

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