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激しく愚かな恋を喪って見つけた、ひとが生きる理由(3/4)【物語と現実の狭間(6)】

1、2はこちら。


 実は、ほとんど記憶のない期間がある。

 あなたにさよならを告げられてから約半年の間に、空白の時間があった。記憶喪失とは違うけど、似たようなものかもしれない。半身を預けていた恋と一緒に自分というものの正体を失って、地縛霊のようにどこにもいけないままふわふわと漂っているような時期だった。

 その間も頭と手だけは動いていた。考えては書き、書いては考え、書いたものも考えたものも叩き壊してはまた考えて、また書いて……まるでそれが延命する唯一の行為であるように繰り返した。
 同じところをぐるぐる回っているようにも思えたけど、ねずみ花火のように回転しながら前には進んでいたんだろう(方角はさておき)。かろうじて生き延びたわたしは手のひらが汗ばむ季節を迎え、ずっと顔を隠していた帽子を脱いだ。単純に、暑かったからだ。


 懺悔するような思いで過ごした日々の中、躁に振れ、鬱に振れ、荒れ狂っていた感情は徐々に低い波へ変わっていた。文字を通じて自分の頭の中と向き合うことで、わたしはいろいろな気付きを得て、多くの言葉を獲得した。
 ひとが生きる理由、はその中のひとつだ。そのとき見つけたその考えを、干支が一周以上した今でもわたしは真理だと思っている。

 それは「幸せになること」だ。

 これが全てのひとにとって、常に忘れてはならない最も優先すべき「生きる理由」だと疑わない。哲学的な話でも宗教的な話でもない。とても普通の、誰しも「そりゃそうだよね」と言うようなありふれた話だ。

 ああそうか……みんな、幸せになりたいんだ。
 幸せになるために生きてる。

 そう、連続した思考の中で不意に茫然と、落ちてくるように思った。
 幸せになるために生きてる……はずなのに、怒ったり、妬んだり、憎んだり、自暴自棄になったり……自分から幸せを手放すようなことをする。
 わたしの場合は手放すどころか、原型がなくなるほど破壊した。
 幸せはすぐ傍にあったはずなのに、いつの間にかあるのを当然に感じて、もっと欲しくなった。

 お互いに"いちばん"だと言い合えて、繋いだ手の心地よさを慈しんでいられればよかったのに。
 笑いかけられたら、笑い返すだけでよかったのに。
 なにがあなたの幸せになるのか、どうすればあなたとわたしが一緒に幸せであり続けられるのか、それだけを真摯に、最優先に、誠意を持って、必死に求め続ければよかったのに。

 わたしは幸せを舐めていた。甘く見ていた。
 寄り掛かることを許されて、幸せが簡単に手に入るものだと勘違いした。わたしにとって幸せは「あなたが与えてくれるもの」だった。こんなにもあっさりなくなってしまうものだと知らず、指先からこぼれ落ちてしまいそうになっても、なんの危機感も持てなかった。根拠なく、わたしたちは大丈夫だと盲信していた。

 自分の愚かさに呆れた。愛想が尽きた。とめどもない憤りを覚えた。なんなら殺してやりたいと思った。でも実行するほどの意志はなかったし、仮に衝動でそうしてしまったら、それこそ見つけたばかりの真理を否定することになる。
 わたしが命を絶てばあなたは責任を感じてさらに深く傷付くことになるだろう。つまり、あなたを「幸せになること」から遠ざけてしまう。

 それから……もう信じてはもらえないだろうし、二度と伝えることもできないけど、わたしはあなたを愛しているのだと思った。

 エゴで塗り重ねてしまったし、見失ってしまったし、酷く傷付けてしまったし、優しさを踏みにじってしまったし、あなたの幸せよりも自分の幸せを圧倒的に優先させてしまったのは間違いないけど。
 その奥、一番深いところに、たとえ小さな欠片だったとしても、ただただ純粋にあなたのことを大切に思う気持ちも確かにあった。初めての気持ちをたくさん教えてくれたあなたが愛しくて、あなたの幸せを願う想いも嘘じゃなかった。

 だからこそ、そういうのを全部台無しにしてしまったわたしを、わたしは許せなかった。あなたの愛してくれたわたしをではなく、あなたが受け止めきれなかったわたしを……あなたからわたしを奪ったわたしを、わたしは絶対に許さないと決めた。わたしの弱さを、弱いままでいることを許さないと決めた。たとえなににも動じないほどの強さを手に入れることができなくても、今よりほんのわずかでも強くなることを諦めないと決めた。
 今さらそうしたところであなたにしてしまったことがなくなるわけじゃないし、罪ほろぼしにもならないことは解っている。これもただのエゴと言われればそのとおりだ。
 けれどもう、それしかできない。

 わたしはこれからの人生でずっと、わたしとわたしの大切なひとたちが「幸せになること」をいつだって最優先にする。
 そのためには絶対に自分を見失っちゃいけない。思い詰めちゃいけない。

 でも、強くなることを諦めない。


 あなたと別れてから約半年後の7月15日。
 そう決めたことを、わたしはあの日からずっと大切にしている。


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