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武蔵野の面影は... エレファントカシマシの『武蔵野』について

エレカシの打ち込みアルバム『goodmorning』。実態は宮本のソロアルバムたる本作に収録されている名曲「武蔵野」は素晴らしい歌詞だ。その雄大な関東の大地を曲から感じ入る事が出来るからだ。
歌詞の必然性というものがこの楽曲にはある。それは稀な事だ。つまり歌詞というのは本来単なる想像させる媒介でしかない。それは常に僕あるいは私という主人公を軸に歌われているからだ。されどこの楽曲に限ってみれば一応は武蔵野を感じる"俺"(これは宮本自身のことだろう)たる存在は出てくれるのだがこの歌の主軸は"俺"にはない。
エレカシは常に"俺"たる事でなりたっている。そう誤解されがちである。しかし宮本は勿論、自意識を掲げるべく歌詞を制作している側面もあるのだがそれ以上にその土地の風土。言うなれば土地に刻まれた歴史を語らんとしている側面も往々にある。その出自は自ずと明らかである。つまり彼が永井荷風や太宰治、国木田独歩を好んでいるからである。
私は長い間、なぜ該当の作家を宮本は好んでいるのか考えて居た。なぜ葛西善蔵に代表される様な私小説ではないのか。宮本はインタビューにおいて(私が知る範囲では)「私小説が好き」とは一度も語っていない。なぜなのか。それは風土性の問題である事に気づいた。
宮本浩次自体の興味関心は街にある。もっと言えば「変わりゆく東京の町」にある。宮本は常に盛者必衰の理を表す様なものに心を惹かれている。そう考えるとなぜ永井荷風が好きで太宰治が好きなのか見えてくれる。文学に通暁している人ならば太宰は私小説ではないのか、そう言われるかも知れない。しかし太宰は私小説家であると同時に町の変化にはとても敏感である。『東京八景』という作品が存在するという程に。そしてまた宮本が好きな田山花袋『東京の三十年』はその街の遍歴を記したものである。
上記のことを加味した上で『武蔵野』を見てみよう。この歌詞の主人公は俺以上に武蔵野である。主観と客観を丁度良い塩梅で描いた大傑作だ。
以下歌詞。

俺は空気だけで感じるのさ
東京はかつて木々と川の地平線
恋する人には 輝くビルも
傷ついた男の 背中に見えるよ
武蔵野の坂の上 歩いた二人
そう 遠い幻 遠い幻...
悲しい気分じゃないけれど
ニヒルなふりして笑う男の
電車にガタゴトゆられてたら
まるで夢のように蘇る
武蔵野の川の向こう 乾いた土
そう 幻 そんなこたねえか...
俺だけ 俺だけ 知ってる
汚れきった魂やら 怠け者の ぶざまな息も
あなたの優しいうたも 全部 幻 そんなこたねえか...
俺はただ 頭の中 イメージの中笑うだけ
俺はただ 笑うだけさ
武蔵野の川の向こう 乾いた土 俺達は 確かに生きている

エレファントカシマシ『武蔵野』

「東京はかつて木々と川の地平線」という歌詞はそれは武蔵野の旧態について語っている。芒と萱原の野。雑木林立ち並ぶ茂み。その様な風景だ。それこそ独歩が描いた『武蔵野』の小手指ヶ原あたりの風景であり大岡昇平が描いた『武蔵野夫人』の東村山や恋ヶ窪あたりの風景だ。
「武蔵野の坂の上歩いた二人」この場合、坂というのは所謂ハケの事を指している。武蔵野は狭山丘陵から始まり国分寺崖線そして立川へと至る傾斜をハケと表現している。
「武蔵野の川の向こう乾いた土」これは関東ローム層の事だ。武蔵野の土はその特徴として乾いた赤土という事が挙げられる。つまり元来農耕には向かぬ土地なのであるが江戸時代の土地改革により人口の水脈が向けられ江戸の郊外(つまり武蔵野)に人々が住める様になったのだ。
さてここからがある意味では注目に、刮目に値するところ。この楽曲の詩に注目するに最も(と言って差し支えはあるまい)頻出する単語は"幻"である。これは宮本の徒然で挿入した単語では決してありはしないのだ。
幻というのは日本文学が武蔵野を取り扱う際に度々キーワード(『西行物語』しかり)になっている。それはなぜか。私は関東ローム層は乾きやすい赤土であると前述した。そこに幻の幻たる所以がある。降雨が大地を襲った後何が起きるのか。それは蒸発である。乾きやすい武蔵野の土は蒸発も早くそして平野であるから怪しく水蒸気が旅人の前に立ち現れるのだ。それが時として蜃気楼を生み過客を幻惑するのだ。イメージとしては溝口健二の『雨月物語』(あの舞台は近畿であるが)である。そして武蔵野がかつて「武領」つまり桃源郷に見立てられたのもその水蒸気による幻が一要因になっているだろう。
 幻の正体。それは「迯水」である。乾いた関東ロームであるからこそ見ることのできる現象だ。天保年間に出された「迯水」の項目(江戸名所図会(三) 昭和四十二年 角川文庫)には下記の様にある。

迯水 武蔵野の景物なり。(中略)天日快明時、曠野陽焔の気によりて、遠く望めば草の葉末の風に靡くが、水の流るゝ如く見ゆるをいふ。依つてその所とおぼしき辺りへ至れども、素水流あるにあらざれば、終にその水の原に至る事を得ず。

「俺はどこにいて、何を見ていたのだろう」とまさに幻惑された人間の姿がたちどころに浮かんでくるではないか。

以上、エレファントカシマシの『武蔵野』について縷々述べてきた。作詞家・宮本浩次は武蔵野を単に歌詞に挿入したわけではない。地質学的にも文学的にも調査に調査を重ねて(それは決して恣意的ではないが)作詞をしている事がこの『武蔵野』一曲をとってみても明らかである。武蔵野の面影を語りたいがために制作した歌詞にして楽曲。東京の歴史と風土に通暁している宮本浩次だからこそやってのけられる珠玉の一曲である。
だからこそ宮本が描く東京の歌詞は非常に奥深いのだ。

(了)

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