最近、”ツヨイヒト”に憧れなくなった。羨ましくもない。あれほど恋い焦がれていたツヨサ、なのに。 小さい頃から身体も弱くて悔しい思いをたくさんしてきた。周りの同年代の子と同じようにはしゃいげない。放課後の図書館でひとりぼっちで本を読む、そんな子供だった。そのせいか、社会人になった今でも、どうしてもうまく周りに溶け込むことができずにいる。自分はひとりが好き、なのか、それもよく分からない。 学生時代には、色んなヒエラルキーがあることを知った。JKは特に敏感だ。いつか自分が、”落
「いたッ」 また、躓く。 年中部屋がごちゃついているせいで、配線が足にまとわりつく。 「あー、鬱陶しい」 整った部屋なんて、数年見ていない。そんなもんだ。 あの時、思い立って引っ越したのが、もう懐かしいくらいになる。 何もかもまっさらになると信じていた、あの時。 幻想にすら、しがみつきたかったのかもしれない。 あれから数年後。 私の気持ちとは裏腹に、部屋はどんどん姿を変えていった。 あれだけまっさらな空間だったのが、見覚えのあるものに戻ってゆく。 せっか
扉がじっとり閉じる。 そう、これで、良かったのだ。 何もかもこれで終わり。 空っぽの部屋には、やけに香りだけが取り残されてしまった。 とても、虚しい。虚しい。 まだ現実味はないというのが正直な気持ちだけれど、これも時間の問題だろう。 また思い出しては、嘆くんだろうな、と遠い目で自分を眺める。 原因は、些細な"積み重ね"だった。 シャネルの旧版財布、 僕の好まない真紅の口紅、 鬱陶しいくらい濃いアイライン。 極めつけは、僕より高くなってしまう高いヒール、だった。 それが
午前二時。 4階のベランダからは、東京タワーなんて見えやしない。 目に入るのは、向かいのマンションのカーテンくらいだ。 お向かいさんがカーテンを締め切るタイプの人でよかった、と心底思う。 こんなに至近距離じゃ、きっとなんとも言えない雰囲気になりかねない。 「東京の人には気をつけんと」 このアパートに引っ越してきたのはちょうど2年前。 俺は、身の丈に合いすぎた生活をしている。 給料の3分の1で収まる家賃だし、ほとんど外食なんてすることもない。 残業も頼まれたらきちんとこなす
うざったいくらいに、まとわりつく。 邪魔だ。 彼に言われるがままにロングヘアを維持しているだけで、この髪の毛たちになんら情はない。 かれこれ2年ほど我慢し続けている。 付き合うまでは、断然ショート派だったのに。 教室の机に座って両足をプラプラさせては、 2人で夕日に向かってただ喋る、そんな日常のある日。 「昨日の有村ちゃん、相変わらず可愛かったなあ」 「なんか、あたしと真逆のタイプだよね」 「そうか?お前の髪型とか好きだけどな」 「いや、タイプって、性格ね」 「
東京に突如として現れた、突き出たビル群。 あたりは一面真っ黒だから、一層際だつ。 眩い光を纏って、上へ上へと伸びる高層ビル。 それを追い抜こうと、また新入りが頭を出す。 「そんなに何かを眩しく思わなくても大丈夫だよ」 そう、囁きたくなる。
ずっしりとしたリュックを背負い、夜行バスを後にする。 右に歩けば人、左にも人、人。 なんだか落ち着かない。 こんな早朝から、東京はまざまざと呼吸しているじゃないか。 僕の住んでいた町では、こんなにも人の息づかいを感じたことはない。 奇抜な格好をしただけで、町中から好奇の目にさらされる、そんな田舎だった。 それが息苦しくて、上京した僕。 それに比べ、東京は無関心だ。 様々な性別、性格、人種、があんなにも呼吸しているのに目もくれない。 全く寂しくないと言えば嘘になるけれど、僕
渋谷には「新旧」が垣間見える。 とっかえひっかえ店名が入れ替わる大通り。 はたまた、 貫禄のある個人店ばかりが軒を連ねる細道。 一見すると、渋谷は若者の街と思われがち。 けれど、そんなことはない。 髭がお似合いのおじ様や、ハイカラなマダムだって行き交っている。 そう、 表面で見えることなんてたかが知れている。 切り取られた部分なんて恣意なのだ。 それを知って生きるか、否かは、大きい。
今まで何回「曲がった」のか? そんなこと、覚えてない。 けれど、他人(ひと)よりもきっと多いほう。 幾度も曲がっては、振り出しに戻るなんて、ザラにあった。 「もっと上手くやりなよ」なんて言われたりして、 そつなくこなせる奴を羨むのだけれど、 どうせ私はまた曲がってしまう。 一向に目的地が見えない、苦しい、けれど そつない奴より、きっと 遠くを見る。
大人になるにつれて、先へと急かされる。 皆、前を向いてるじゃないか、 俺も止まってちゃ駄目だ。 そういえば、 あの頃は「止まる」ことが許されていた。 止まるからこそ、見えるものがあった。 前を向いてるだけじゃ見えない、何か。 だから、大丈夫。 前向きじゃないあなたも、素敵です。
「また、コレよ」深い溜息をついてしまう。 ごみ箱に入らなかった、クシャクシャになったティッシュ。テーブルには開けっぱなしの牛乳パック。隣には、マルボロの煙草が添えてある。惚れたアタシが間違いだったのだ。 「おかえりー」と呑気に、アイツは風呂場から顔をだす。アイツはいつまでアタシの家に居座るつもりなんだろう。かといって、二人になってもいつも聞きそびれてしまう。いや、聞きたいと思っているのか、そもそも。女心って自分でもわからない。好きって、恐ろしい。 風呂上がりのアイツの身
先週はバレンタインデイ効果でデパ地下が賑わっていた。私は普段デパ地下なんて縁がない人間だから、催事でもないと訪れることは早々ない。食べれるかどうかもよく分からないような綺麗なチョコが所狭しと並べられている。一見オブジェのようにしか見えないものばかりで、目が眩んでしまいそうになる。でも多分、チョコを渡された当の男たちはなんの躊躇もなく、ひと口で口に放り投げるのだろう。 いつからだろうか、2月14日には女性が男性にチョコを渡さなければいけなくなったのは。一週間くらい前になると、
デジタルに支配される現代。 無駄を排除することで、スムーズに、スマートに、味気なく、世界が動いている。 会社への欠勤連絡から愛の告白まで、言葉の殆どがスマホの中で完結できるこのご時世。 時間や手間をかける”アナログさ”は無意味なのだろうか? 主人公の吉木は、高月給という理由でサヨナラ代行人として働き始める。 サヨナラを伝えられない人たちの気持ちを直接代弁するのが仕事だ。 家庭環境に恵まれなかったことなどの理由で、幼い頃から内に籠る性質だった吉木。 ネット上の友人たちとのやり
金曜の20時過ぎ。 おぼつかない足取りで、いつもの場所に向かう。 かかとの磨り減った合成革の靴、 汗にまみれたごちゃついた匂い。 新宿駅の真裏にポツンと置かれた喫煙所には、同年代のサラリーマン達がひしめいている。 ぼうっと何もない空を見上げる。 そういえば、ここ最近の若いヤツは会社の喫煙所に来ることは殆どない。 健康志向、ってヤツか。 酒だってそうだ、飲みニケーションなんていう言葉で煽られないとアイツらは飲み会にも来やしない。 彼女がそんなに大事か? バリバリ仕事するのが男だ