さのとも

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落ちながら管がえる|ジョイスる国のアリス(4)

(前回はこちら) 下へ、下へ、また下へ。いったいいつまで落ちていくのだろう。「もう、何マイルくらい落っこちたかしら?」アリスは声に出して言った。「もうじき地球のまんなかあたりのはず。えーっと、それなら四千マイルくらいかな――」 Down, down, down. How low? 自分に小さな丸を付けたとはいえ、筆者の気持ちは落ちていることには変わりない。反復ティーン魂らしき荷を負いフィネガンを銃填し、ベストを尽くそうとするものの、いったいどこまで落ちていくのか。Fi

    • アリスの落管主義|ジョイスる国のアリス(3)

      (前回はこちら) 兎追いしアリスは河の原を突っ切ると、ちょうどさっきの兎が垣根の下の大きな兎穴に転び落ちていくところだった。遅れじとアリスも追落、あとでどうやって出てこられるかは考えもしなかった。 段落(ババババベラガガラババボンプティドッヒャンプティゴゴロゴロゲギカミナロンコンサンダダンダダウォールルガガイッテヘヘヘトールトルルトロンブロンビピッカズゼゾンンドドーッフダフラフクオヤジジグシャーン!) 不思議と鏡の双書は初耳には寝床で、のちには命流くアリス譚吟遊史に語り

      • 兎の正体|ジョイスる国のアリス(2)

        (前回はこちら) アリスは膝を抱えてすわっていた。隣の姉が、抱えている本の説明をつづける。読んでいた本は『フィネガンズ・ウェイク』といって、作者はジェイムズ・ジョイスという人だとか、読んでいたのは、その翻訳書であるだとか。 「もとは英語で書かれているの。でも英語っていっても辞書には載っていないような単語が多くて、意味がよくわからなくて、全部読むのは一苦労。有名な本だけど読まれていない本のランキング上位に挙がる作品よ。そんな訳もわからないものを日本語に訳したものが、この本。

        • ジョイスる国のアリス

          アリスは姉とならんで川べりにすわって、なにもしないでいるのがそろそろ退屈になっていた。姉の読んでいる本を眺めてみたけれど、絵もなければ帯もない。「読んでもしようがないのに」とアリスは思った。「絵帯もしれない本なんて」 それでもアリスは姉の読んでいる本が気になって、本気になって姉の本をのぞいてみると、はじめに《川走》と書かれ、《せんそう》とよみがなが振ってある。「《川走》って言葉なんて見たことないわ」とアリスは思う。「辞書にも載っていないんじゃないかしら。《せんそう》は聞いた

        落ちながら管がえる|ジョイスる国のアリス(4)

          ミジンコの感じの漢字|制作中の作品【14】

          「ついでに――、今のうちに、ミジンコの漢字について知っていることを出しておくよ」と蘭堂が話しはじめた。なんのついでなのかはよくわからないが、あとで話すことではないということだろうから、たぶんネタ的なものだと思う。 「さっきミジンコの漢字は微塵子と書いたけど、ほかにも漢字がある。こんな漢字だ」  蘭堂はそう言って、ノートに『水蚤』と書いた。 「水の蚤と書いてミジンコと読むらしい。水にいる蚤でミジンコだ。辞書を引けば、『微塵子』と『水蚤』が出てくるよ」  ノートに書かれた『微

          ミジンコの感じの漢字|制作中の作品【14】

          ミジンコは微塵子|制作中の作品【13】

          「別にミジンコの神話を創るのに、ダプネーの物語を下敷きにする必要はないだろう?」  私がそう問うと、たしかにそうなんだけど――と、蘭堂は少し端切れが悪い。訝っていると、こっち方面はまだよくわからないだとか、話を広げられるかとか、ぼそぼそとつぶやきはじめた。 「よくわからないけれど、わからないから話を聞いてほしいと言ってきたのはお前だろ」  私は蘭堂に話を続けるように促した。 「まあ、たしかにね。いずれどこかでは話そうと思っていたところだし、言ってみようか」  蘭堂はカバンから

          ミジンコは微塵子|制作中の作品【13】

          形式と意味|制作中の作品【12】

           ミジンコはコイから逃げる。そこから、恋から逃げるダフネを連想して、ミジンコの学名をダフニアとした。これが蘭堂の仮説である。  そんなことは、ない。  第一、学名は基本ラテン語だったはずなので、日本語である「コイ」(恋、鯉)など連想するはずはない。  私が思わずそう反論すると、蘭堂は「そんなことはわかっているよ」と笑った。「ハイ・クオリティの冗談だよ。冗談。そうムキになるな。キミがなんだか少し緊張してたようだからさ」  たしかに、話をしっかり聞かなければと固くなってい

          形式と意味|制作中の作品【12】

          恋から逃げるダフネ|制作中の作品【11】

          ミジンコの学名をダフニア・ピュレックスといい、そのダフニアというのは、ギリシア神話に登場する精霊ダフネからとったらしい。では、なんでダフネから名前をとったのか。ダフネでなければならない理由はなんだろうか。 蘭堂はそんなことを考えた。ダフニアがダフネに由来することについて、深い意味はないと思うが、そこからなにかおもしろいことがいえないか、ということらしい。 「そこでボクは、ひとつの仮説を思いついた。聞きたいかい?」 聞きたくないと言っても話が進まない。私はうなずいた。

          恋から逃げるダフネ|制作中の作品【11】

          アポロンとダフネ|制作中の作品【10】

          「そんなわけで、最終的にはミジンコの神話を創ってみたいという希望はあるんだけど、まだ形にはなっていない。ただ、その神話の種になるかもしれないというものがいくつかあるから、それを聞いてほしいんだ」 蘭堂は話しはじめた。やっと本題に入っていくようだ。もっとも、長引かせてしまったのは私のせいかもしれないが。 蘭堂は「キミの好きそうな話からはじめていこう」と微笑んだ。 「『ミジンコ』というのは、当然日本での呼び方、和名だ。動植物の種の名前には、学名がついていることは知っているだ

          アポロンとダフネ|制作中の作品【10】

          不要不急|制作中の作品【9】

          20世紀を代表する文学者のひとりであるジェイムス・ジョイスは、『オデュッセイア』の枠組みを使って、平凡な人物の1日を描いた『ユリシーズ』という作品を書いている。『オデュッセイア』は古代ギリシアの英雄オデュッセウスの冒険を詠った、ホメロス作といわれている叙事詩である。トロイア戦争が終わり、トロイアから帰郷するオデュッセウスに数々の冒険に見舞われる。帰郷に数十年かかっている。ジョイスは、ごく平凡な人物の1日の出来事を、『オデュッセイア』のような壮大な英雄的冒険ではないかもしれない

          不要不急|制作中の作品【9】

          神話と夢|制作中の作品【8】

          「それで、なんで『神話』なんだ?」 私は気になっていたことを尋ねた。 『直感』を『ミジンコ』と呼ぶことが流行り、そこからミジンコに興味を持ったことは聞いた。『直感』を『ミジンコ』と呼ぶ理由を知りたい、もっと言えば、理由を作りたいということだった。そこから『ミジンコの神話』につながるのだろうが、なぜ『神話』なのか。さっき、蘭堂は「『神話』を創れるとは思っていない」と言っていた。しかし「ミジンコの神話を創りたいので手伝ってほしい」と言っている。なぜ『神話』に拘っているのだろう

          神話と夢|制作中の作品【8】

          結末が見えない|制作中の作品【7】

          「キミでいいではなく、キミがいいんだよ」 私は、この蘭堂の発言をうれしく思う。なぜなら認められているように感じるから。こんな私でも何らかの役にたてるかもしれないと思えるから。社会の役には立たないかもしれないが、少なくとも蘭堂の役には立てるかもしれない。ただ一方では不安も生じる。本当に蘭堂の役に立てるのだろうか。蘭堂の期待に沿うことができるだろうかという不安である。 蘭堂は、話を聞いてほしいと言っていた。ミジンコの神話を創る手伝いとして話を聞いてほしいということだ。神話につ

          結末が見えない|制作中の作品【7】

          偶然か必然か|制作中の作品【6】

          私は蘭堂の話を先取りしてしまったことを詫びながらも、蘭堂が私を選んだということが気になった。考えてみると、蘭堂とは学生時代によく話をしていたというだけで、卒業してからは一度も会っていない。もし逆に、私が偶然蘭堂のブログを見つけメールアドレスを知ったとしても、挨拶程度のことはするかもしれないが、会って、ミジンコの神話づくりを手伝ってもらおうとは考えないと思う。ましてや、蘭堂は『聞く』ことを学んでいる。そこに知人友人はいるだろうし、話を聞いてくれる人もいるだろう。その知人あるいは

          偶然か必然か|制作中の作品【6】

          伴走|制作中の作品【5】

          「いま思えば、『直感』というものを経験してみたい。『ミジンコ跳んだ!』とか『ミジンコ捕まえた!』とか言ってみたい。周りから『ミジンコ』と聞こえるたびに、うらやましくなった。すっぱい葡萄の話じゃないけど、誰かが『ミジンコ跳んだ!』とか言っても、本当にそれは『ミジンコ』なのか、本当にそれは『直感』なのか、って疑いもした。いや、それは『直感』ではなく、ただ思いついただけだろうと自分に言い聞かせた。でもそれが『直感』なのかどうかは、他人のことだからわからない。ましてやボクも経験したこ

          伴走|制作中の作品【5】

          ミジンコ跳ねる|制作中の作品【4】

          「ミジンコが流行?」 「うん。簡単にいうと、セミナーの中では『直感』を大事にしていて、『直感』のことを『ミジンコ』って呼びはじめたんだ」 蘭堂の話では、「聞く」ことを磨くことは自分の「内なる声」を聞くことを磨くことにもつながるということだった。直感は「内なる声」のようなもので、瞬間的にやってきてすぐに消えてしまう。その「内なる声」をつかめるかどうか。聞くというのは、他人の話を聞くだけでなく、自分自身の声、まだ発せられていない声を聞くことだという。 そして、その「直感」あ

          ミジンコ跳ねる|制作中の作品【4】

          ミジンコとの出会い|制作中の作品【3】

          「で、どうだ?」という蘭堂の呼びかけで我に返ったものの、私は相変わらずどう応えていいかわからなかった。ミジンコの神話を創るのを手伝えと言われても、私は何をすればいいのだ? 「ミジンコの神話を創りたいから手伝ってくれということか?」 私は当たり前のことを言う。蘭堂の言葉を繰り返しただけである。もう少し話を聞かないことには、どう対応していいのかもわからない。 蘭堂はうなずきなから、「話を聞いてくれるだけでいい」と言った。 話を聞くだけであれば、私にもできるだろう。しかし、

          ミジンコとの出会い|制作中の作品【3】