落ちながら管がえる|ジョイスる国のアリス(4)

(前回はこちら)

下へ、下へ、また下へ。いったいいつまで落ちていくのだろう。「もう、何マイルくらい落っこちたかしら?」アリスは声に出して言った。「もうじき地球のまんなかあたりのはず。えーっと、それなら四千マイルくらいかな――」

Down, down, down. How low? 

自分に小さな丸を付けたとはいえ、筆者の気持ちは落ちていることには変わりない。反復ティーン魂らしき荷を負いフィネガンを銃填し、ベストを尽くそうとするものの、いったいどこまで落ちていくのか。Finnegans Wakeは定冠詞theで終わると聞くが、諦観して終わったのだろうか。ならばここでアリスの物語を終えるのはまだ早すぎる。涅槃にはまだ早い。アリスもフィネガンも転げ落ちているだけだ。たとえ落ちても、いずれは、かならずや起きねばならぬのだ。そうしてじきに尼っちょろい茶番が不意ニ燻んで一見終着に灰あがるのが浮世の定め。wakeには通夜という意味もあれば、起き上がるという意味もある。

もっともアリスはそんなことは気にしていない。

「――四千マイル。――そう、だいたいそれで正しい距離――」アリスはこういうたぐいのことをいろいろ学校の勉強で教わっていて、知識を披露する格好の機会ではないにしろ、そう唱えてみるのはいい復習になった。「――でも、緯度だったか経度だったかはどこまできたわけ?」

(Hello, hello, hello. How low?)

筆者はイドがなにかもリビドーがなにかも実はちんぷんかんぷんなのだが、なんとなく繋がりそうな言葉を格好つけて口にしてみた。諸行無駄な響きありと平家物語をも取り込んで平気なのカート、筆者必衰のお断りを示しておく。

アリスはまたしゃべり出した。「あたし、このまま落っこちて、地球を通り抜けてしまうんじゃないこと! 頭を下にして歩いている人たちのなかにひょいと出ていったりしたら、とってもおかしいじゃない! 退席地っていったかしら――」この言葉はどうも正しくなさそうだ。「でも、国の名前は聞かなくちゃならないのね。あのう、ここはニュージーランドですか、オーストラリアですか? あたし、チューブを管ってきたのですが――」

今度はTUBEときたもんだ。兎追ってきたるは卯月、夏休みにはチュと早い。物語もまだ初部で、中部でもなければ終部でもない。筆者は衰え、言葉は枯れていく。

「――そしたらきっと、こんな答えが返ってくるわ。『そりゃ、チューバだな。あれを通って、たいていの人はやってくるからね。ここはオーケストラリアだよ』って」

アリスは言葉遊びが好きで、どこかで聞いたり読んだりしたものを使ってみたくなるのだ。

管る、弧を描くように下る。ほかにすることがないので、アリスはじきにまたしゃべり出した。「管々とくだらないことをしゃべることを、管を巻くっていったかしら? 舌を巻く? 舌が回るだったかも」

筆者はアリスに下回る。言葉は衰え落ちていく。本から殻取る本歌鳥、我田引用当たり前、東西問わず登用採用、民謡は見んように。そうして見様見真似で得る絵練る木に言葉を繁らせようとするのが当初の目的。まだ本の入り口なのに言葉がどんどん枯れていく。どんどんひらりと落ちていく。散る散る満ちる。

「今夜はダイナが寂しがるわ、あたしがいないって!(ダイナとは猫の名。)お茶の時間にはいつものソーサーでミルクをもらうと思うけど。(そうさ!)ダイナったら、ほんとに可愛いんだもの!(川走は川い走?)いっしょにここへ落っこちてくるとよかったのに!(本といっしょに。)鼠さんは飛んでないけれど、蝙蝠さんなら捕まえられるかもしれないし(脱兎さんはどうだろう?)、蝙蝠さんは鼠さんに似てるじゃないの。(飛鼠ともいうし。)でも、猫は蝙蝠を食べるのだったかしら?」ここまでしゃべっているうちにアリスはかなり眠くなってきて、それから先は夢でも見ているみたいにひとりごちた。「猫は蝙蝠を食べる? 猫は蝙蝠を食べる?」それがときどき「蝙蝠は猫を食べる?」になったり、「猫は子守りをする?」になったり、「猫に小判をあげる」になったり、「キャット・コバーン」になったりしたが、なんにせよwakeがわからないので言葉は落ちていった。

どっしーん!

アリスは、落ちて堆積していた言葉の山に落管し、要約、落下が終わった。

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