偶然か必然か|制作中の作品【6】

私は蘭堂の話を先取りしてしまったことを詫びながらも、蘭堂が私を選んだということが気になった。考えてみると、蘭堂とは学生時代によく話をしていたというだけで、卒業してからは一度も会っていない。もし逆に、私が偶然蘭堂のブログを見つけメールアドレスを知ったとしても、挨拶程度のことはするかもしれないが、会って、ミジンコの神話づくりを手伝ってもらおうとは考えないと思う。ましてや、蘭堂は『聞く』ことを学んでいる。そこに知人友人はいるだろうし、話を聞いてくれる人もいるだろう。その知人あるいは友人は聞くことを学んでいるぶん、私よりも上手く聞くことができるだろう。

私はそんなことを蘭堂に伝えた。蘭堂は否定しなかった。

「たしかにそうかもしれない。ただ、ボクがキミを見つけたことは、偶然かもしれないが、必然だったのかもしれない。そんなふうに思う」

「必然?」

「実際はわからないよ。ただキミのブログを見つけたのは、ボクがミジンコのことを調べていたときで、ミジンコの神話のことを誰かに話したいときだった。そこにキミが登場してきた。偶然の一致とか、シンクロニシティというようなものじゃないかってね。そしてキミのこと、キミの学生時代を思い出したときに、キミが『ギリシア神話』を読んでいたことを思い出した。キミはよく本を読んでいる。いくつかキミの書いたブログ記事を読んだところ、いまもいろいろな本を読んでいるようだ。そして、自分でも本を書いてみたいというようなことも書いてあった――」

そして「――ボクが目の前に求めていた人物が現れたんだ。お願いしないわけがない」と言った。そしてさらに――、

「ボクの検索にキミのブログが引っかかったのは、『深海のミジンコ』というタイトルの記事だよ」

と言った。

ずいぶん前になると思うが、たしかに書いた記憶がある。深海生物の本を読んでいたときに、深海にミジンコがいたので驚いたという内容だったと思う。ただ、ミジンコといっても、発見されたのはケンミジンコで、ネットでケンミジンコの写真を検索してみたところ、イメージしていたミジンコとは違っていたので少しがっかりしたということも書いた。そして『深海のミジンコ』というタイトルから物語が作れないか、とも。結局、作ってはいないが。

「神話について、専門家ではないにしろ、ある程度知識があって、小説を書きたいと思っていて、ボクが話をしやすくて、なおかつミジンコにも興味がある人物は、少なくともボクの周りにはキミしかいない!」

私は神話については『ギリシア神話』をはじめ、『世界の神話』みたいな本を読んだことはある。神話だけでなく、小説や文学作品も読むし、ビジネス書や実用書も読めば、科学や数学の本も読む。しかし入門書や読み物の類のものが多く、専門書はあまり読んだことはない。そして本を読んだだけで、それが身についているか、知識知恵となっているということはほとんどないと思う。小説を書いてみたいとは思っているものの、実際に書いたことはない。蘭堂が話をしやすいかどうかは、蘭堂が感じていることなのでなんとも言えない。ミジンコに興味があるかと問われれば、ないとは言えないが、じゃああるんだなと言われると、それもあやしい。

私は、どっちつかずで、中途半端で、興味関心は広いが浅く、知識や意欲も似たようなもので、そんな生き方に満足しているかと問われれば、悪くはないと答えるような、そんな人間である。私みたいな人間でも少しは社会の役に立てればいいと思いながらも、私みたいな人間が社会の役に立てるのか、とも思う。

「キミでいいではなく、キミがいいんだよ」

蘭堂はそう言った。

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