ミジンコの感じの漢字|制作中の作品【14】

「ついでに――、今のうちに、ミジンコの漢字について知っていることを出しておくよ」と蘭堂が話しはじめた。なんのついでなのかはよくわからないが、あとで話すことではないということだろうから、たぶんネタ的なものだと思う。

「さっきミジンコの漢字は微塵子と書いたけど、ほかにも漢字がある。こんな漢字だ」
 蘭堂はそう言って、ノートに『水蚤』と書いた。
「水の蚤と書いてミジンコと読むらしい。水にいる蚤でミジンコだ。辞書を引けば、『微塵子』と『水蚤』が出てくるよ」

 ノートに書かれた『微塵子』と『水蚤』という漢字を指差しながら蘭堂は説明した。私はノミもミジンコも実際に肉眼で見たことはないが、なんとなく頭に浮かぶイメージでは、ミジンコとノミの姿かたちは似ているような気がする。水の中にいる蚤と呼ばれてもおかしくはない。

「『水蚤』のほうはあんまり使われていないようだね。少なくともボクは本とかで『水蚤』と書かれているのを見たことがない。普通はカタカナで『ミジンコ』だ。漢字で書かれていたとしても『微塵子』のほうだね。ボクは、調べたわけではないから勝手な想像だけど、『水蚤』のほうはミジンコの英語名 water flea をそのまま漢字にしたんじゃないかと思っている。flea はノミという意味だからね」蘭堂は、自由ではないゾ、とおどける。

「もし『水蚤』という漢字が英語の water flea から来たとすれば、『ミジンコー water flea ー水蚤』というつながりになって、『ミジンコ』と『水蚤』の間にワンクッション入ることになるから、あまり使われないんじゃないかと思っている。『微塵子』のほうは、こっちも宛字なんだろうけど、クッションなしに当てた漢字だろうから『微塵子』のほうがよく使われるんじゃないかな」

 蘭堂はそんなことを言った。口ぶりから察するに、『水蚤』にはあまり興味がなさそうだ。

「そしてもうひとつ、ミジンコの漢字で思い出すのが、ネットで見かけた漢字のことだ。ミジンコの漢字ってわけではなくて、ミジンコに見える漢字」

 蘭堂は、ネタだけどね、などと言ってノートに書きはじめた。

 そこには『鬮』と書かれていた。

「……なんて読むんだ」私が蘭堂に尋ねると、蘭堂は「くじ」と言った。

「くじ引きの『くじ』だよ。『くじ』には『籤』という漢字もあるけど、この『鬮』という漢字もあるみたいだ。見てのとおり、ごちゃごちゃしていて難しい。ネットでは、和歌山だったと思うけど、この漢字が使われる地名があるということで話題になっていた。そしてこの漢字を見た人の感想の中に『なんかミジンコみたいなのがいる』というのがあった」

 口ぶりから察するに、蘭堂は『水蚤』よりこっちに興味がありそうだ。

「この『鬮』の漢字の中に、ミジンコみたいなのがいるというんだ。たしかに見えなくもない。『鬮』のかまえ、部首のことだけど、『鬮』のかまえは『もんがまえ』ではなく『とうがまえ』、別名『たたかいがまえ』というらしい。闘構えだね。この中に『龜』と書かれていて、これは『亀』の旧字体のようだ」

 ノートに書かれている『鬮』の漢字をよく見ると、たしかに『もんがまえ』ではない。左右の端にある縦棒の部分を壁と見立てると、壁を背に王が二人向かい合っているように見える。その二人の王の下に亀がいる。

「昔は、亀の甲羅で吉凶を占っていたという。二人の王様が亀の甲羅で占いをしているのが、くじ引きの『鬮』なのかもしれないね」

 そして蘭堂は「ミジンコが亀に変身するような物語があったらおもしろそうなんだけど、そこはまだ創っていない」と笑った。

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