短編 / 深海魚はバレリーナの夢を見ない
しまったと思った瞬間、もう遅かった。
手からフォークが滑り抜けてカップの淵に当たり、カシャンと音を立てた。これでこの日の勝負は僕の負けだ。偏屈ジジイの視線がサッとこちらに向くのを肌で感じた。
僕はリスニングルームを退室した。
ここは喫音堂という。サービス業の看板として掲げるには少々危なっかしいネーミングセンスの喫茶店だ。
店名にも記されている通りこの店の客が嗜んでいるのは茶というよりもむしろ音のほうであり、店内奥にはクラシック音楽を鑑賞する為の専用のリスニングルームが備え