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ゆめじゃなかった

こんは、懐かしい空気が充満してた。
一番生きてる心地してたあの時間とか空間とか、夢か気のせいやったんかなと思ってたけどやっぱ夢じゃなかったんやって安心したし、その場所をふるえながら守ってるよんえるさんに(勝手に)励まされた。

キャプションより

大学に入って初めて自分の好きなように服を着ることの楽しさを知ったというのは、つまり他者の存在がその空間まるごとすべて心地よかったんだと思う。
少なくとも排他的な疎外感や自分が異常者に仕立てあげられるようなことは無かった。

人によっては有ったかもしれないから必ずしもその場所が誰にとってもそうだとは言い切れないけど私にとってはそんな場所だった。

そこから出た後、舞台の界隈なり、仕事場なり、一瞬だけ働いた広告メディア業界だったり
大体の場所はなんらかの形で素の自分だと排他的に扱われるだろうという雰囲気があった。
特に就職活動中はピークで、久しぶりに呼吸がのどにひっかかり肺まで落ちてこない感覚に陥った。その感覚は高校生の間ずっとあったものだったからむしろ懐かしいな、なんて呑気に思ったりもしたけど久しぶりにそうなるまで以前そうだったことを忘れていたくらい、大学とその周辺は当たり前のように呼吸ができる空間だった。

卒業してから大体7年ほどになる。後輩とのつながりでいまだに学内には顔を出すし人間関係のつながりで言えばまだまだ縁遠くはなっていない場所ではあるけど自分自身の学生時の体験は記憶になってぼんやりしていく一方なので、体験した事実であるようで私が美化した勝手な理想郷なんじゃないか、とうっすら思っていた。

でも、夢じゃなかった。
やっぱりそこにあった。

あの空間で呼吸をしていた人が、その空気を知っている人たちが、全国のいろんなところで自分のあいしてる空間を守ろうと必死にふるえているんだな、と思うと、それだけで励まされた。

夢じゃなかったし、綺麗事でも机上の空論でもなくそこに確かに存在してたんだから
だから私もあの空間を忘れたりあきらめたりせず自分の手の届く範囲だけでも守れたらと思う。
なかなかどこに行ってもすごく孤独で、自分でも自分が扱い辛くてつらいけど、なんとかみんなで生き延びようよ。
それでまた会おうね。とりえず私はハイセンを守って待ってるよ。

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