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(中)バックパッカー料理人 第8便

スロヴェニアのおっちゃんは歳とったら大体ハイジのおじいちゃん...

旧ユーゴスラビアのひとつ、スロヴェニアへの道のりは近いようで遠い。
北イタリアから入るには、飛行機で首都のリュブリャナへ飛ぶか、国境を電車で山越えしていくかだ。今回の目的地であるコバリッドはスロヴェニアの中でも、北の山奥の小さな村、夏にはヨーロッパのセレブたちが避暑地としてバカンスに訪れる隠れたリゾート地でもある。

初めて行く国は、国境越えるまで、越えてからも頭の中で色々と想像するだけでとても楽しいもんだ。スマホの中のマップを見ては勝手にファンタジーな世界観をイメージし気分を上げて、駅で切符を買っていく。

強面な名前がそそるイタリアの端っこの街ゴリツィアから電車で山越えし、国境を越えることにした。
ゴリツィアの駅は国境沿いでそこそこ大きいけれど改札なんて何もない。あるのは一つのバーだ。そこで、1時間半に1本しか来ない電車をビールを飲みながら待つ。もう空気は冷たい。まだイタリアだけれど、そこはスロヴェニア語まじりのイタリア語が飛び交い、英語はほぼ通じない。ビールもスロヴェニアビール。バーのおっちゃんたちと話してみたら、みんな電車を待っているわけじゃなかった。引退生活をおくる地元のおっちゃんたちだった。


電車にゆられ、山を越え、コバリッドから一番近いトルミン州一番の栄えた村モスト・ナ・ソチで暖をとることにした。夜中につき、道も分からないなか、地元に帰ってきたという20代前半くらいのお兄ちゃんたちとタクシーを相乗りし、宿近くの駅まで向かった。さて、ここからどうやって宿へ向かおう。比較的動きやすそうな場所の洗濯機も付いている民宿を僕はとっていた。Google マップで見ても近いのか遠いのかよくわからない、夜で真っ暗で尚更のこと。駅の隣のバーで一杯スロヴェニアの赤ワインを飲みながらお店のお姉ちゃんに聞くと歩いていける距離だというが、初めてでもう夜だからタクシーを呼んであげるよと、待つこと20分。初めてのスロヴェニアワインはローヌワインのような味わいで、柔和で口当たりがよかった。スロヴェニアはワイン国としても有名で、特に自然派のワインが多い。
宿へ着くとハイジのおじいちゃんを二回り若返らせたようなおじちゃんが迎えてくれた。疲れたろうと、お支払いやパスポートなんかは翌朝しようと、とても優しいおじちゃん。

童話のように、鳥の鳴き声と朝陽で目が覚め、外へ出てみると、童話のような世界が広がっていた。 


面白いことに、どこの家も自家菜園をしており、泊まっている宿の畑の野菜を勝手に僕はかじり始めた。うまい。おじちゃんと話してると地元の人たちは、お金を使うということはほぼ無いという。最低限の生活用品やガソリンや車くらいで、食材なんかはほとんどが物々交換の生活という。そんなほのぼのとした村もシーズンには各国からたくさんの人が訪れ、賑わい、村の中心では蚤の市も開かれる。特にカヌーのメッカとしても知られ、直接会うことはなかったが、カヌーの日本代表も合宿で来ていたという。

10月の今はシーズンオフのため、観光客もほとんどいない。本来だったら雨か雪であまりいい時期じゃないらしいが、そこは神並に晴れ男の運命か、涼しく最高の天気に恵まれた。モスト・ナ・ソチにはソカリバーというコバルトブルーの川が広がり、ここで漁れる川鱒は地元の名産。

そして車で10分ほどのところには、ダンテが籠り神曲を書いたとされている山がそびえる。ソカリバーの上流にあたり、山の中にもコバルトブルーの川が流れ、気のせいか神聖な気が満ちているようだ。写真家でもある宿のおっちゃんは、シーズン中は有料でこの山を案内もしているというが、料理修行のために世界を周り、ここスロヴェニアの僻地まで1人きた僕を気に入ってくれ、案内してくれた。
山の入り口にある食堂では、スロヴェニアでその昔工場や炭鉱で働いていた人たちが食べていたというヘビーソウルフードを食べれるという。おっちゃんと一緒にランチしようと店入り、かなりヘビーだぞっと念を押されながらも、これも勉強とソウルフードを頼み、いつもの如くキッチンへ入り見学させてもらう。


幾層にもジャガイモと地物のチーズを重ね大量のバターで焼き、溶いた卵でまとめ、仕上げにさらにチーズチーズチーズ。味付けは塩のみ。スプーン一つで胸焼けするほどの重さ。真冬は極寒になるこの地域で肉体労働をする人たちには安く、このぐらいパワーのあるご飯じゃないと日々は超えていけなかったという。今でこそ、観光業も盛んになり、様々な道が開かれたというが、一昔前は村の人の半分以上が仕事を選ぶことはできなかった。



山を探検したり、村中の牛さんたちにちょっかいかけて、もうそろそろ日もくれる頃だろうと歩いて村へ戻るがまだ店も開いてない時間。暇をつぶすにも何もない。とりあえず、河辺で向こう岸へ向かって夕飯の時間まで平たい石を見つけては水切りをして遊んだ30歳の秋。気付けば2時間ほどやり続け、気付けば右肩が激痛に襲われた30歳の秋。



2日ほど滞在し、いよいよレストランのあるコバリッドへ向かう日、おっちゃんが僕が泊まっている宿の2階にあるおっちゃんの部屋へと案内してくれた。僕の部屋も綺麗だったけど、おっちゃんの部屋はとても洗練され、設計家の事務所のように素敵だった。すると、おっちゃんが「面白いのがあるんだ、味見してくれ!」と自家製のリキュールと地元のチーズを振る舞ってくれた。これがまたうまいんだけども、アルコール度の強さよ。いろんな国々の地元の人たちから自家製のアルコール類を飲ませてもらったけど、共通してめちゃくちゃ強い。地元の果物やコーヒーで作ったというリキュールは、紹興酒のように深みがあり、チーズとも相性がよく美味しかった。


朝からおっちゃんも一緒に相当飲んだはずだが、スロヴェニアの人たちは強いのか、ちょっと赤くなった顔もむしろシラフより健康的に見えてくる。そのままコバリッド行きのバス乗り場まで車で送ってもらった。バスの中で食べなさいと、先ほどのチーズを挟んだサンドウィッチもくれて、バスの時間までは一緒にバス乗り場のカフェでアルコール入りのコーヒーでカフェタイム。
山間の村々を大型バスで走ること2時間。乗客の9割は地元のおじちゃん、おばちゃんと帰省する学生たちで思いのほか満席だった。村の中では壁すれすれの中、上手に運転していく。田舎の人たちは本当に運転がうまい。普通の車でさえ、幅が怖いくらいな中、大型バスを慣れた手つきでスイスイと進んでいく。

コバリッド村にひとつしかないチーズ工房兼大きいスーパーの駐車場がバス乗り場にもなっていた。村にはでかいホテルがひとつ、あとは民宿がいくつもある。ここもシーズンは避暑地として観光客がたくさん訪れるようだ。歩いても30、40分ほどで見回れるほどの小さい村だが、大通りにはinstaのフォロー推しの強いアイスクリーム屋さんがあったりと、活気に満ちて楽しい。荷物を置いたら、街へと今晩の夕飯と明日のランチのための情報収集と地元のスーパーに食材探しへむかう。

To be continued...

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